第165話 試験後ティータイム
◇試験後ティータイム◇
「ほんと信じらんない…!なにあの風魔法!品が無いわよ!品が!」
苦言を呈すように俺に文句を言うのはハーフリングのヒメイブキだ。どうやら、彼女は俺が入学試験で見せた風魔法にご立腹らしい。彼女は怒りながらも、机の上に並べられたクッキーを啄ばみ、紅茶でそれを流し込んだ。
試験終了時、俺とタルテの姿を確認したヒメイブキは俺に苦言を呈しながらも、そのままゼネルカーナの館まで成り行きで同行することとなったのだ。
既にメルルとナナの試験は昨日に終了しているため、お疲れ様会と言うべきか、応接室のソファーに妖精の首飾りのメンバーとヒメイブキを加えた五人で優雅に菓子と紅茶を楽しんでいるというわけだ。
「ふふふ。ハルト様も随分ご活躍だったようですね。ハーフリングの風魔法でも結構個性がでるのでしょうか?」
メルルが微笑みながらヒメイブキの話に耳を傾ける。
「まぁ、ヒメイブキさんの魔法はかなりの技巧だったね。俺でもあれは真似できないな」
「な、なによ。イブキで言いわよ。気持ち悪いから敬称もいらないわ。あなたはハルトでいいでしょ?」
俺が素直に褒めたからか、イブキは多少照れながら呼称を訂正する。実際、彼女の魔法に感心したのは真実だ。父さんの剣技のような魔法の使い方。あれと比べると、俺の魔法の使い方は巨人の魔法に寄っているのかもしれない。
「二人とも凄い魔法でしたよ…!特にイブキさんの魔法は審査の人を黙らしちゃいました…!」
風魔法にいい印象を持ってなかったであろうダインと呼ばれていた教師は、イブキの魔法を見て舌打ちと共に評価をしていた。周囲の他の審査員の注目を集めていたため、不当な評価をされたということも無いだろう。
「ふぅん。じゃあ三人とも合格は硬そうだね。筆記と実技も問題なかったんでしょ?」
ナナが一般入試組の俺らにそう尋ねた。俺とタルテの力量は知っているだろうから、その質問はイブキに向けられたものだろう。
「まぁ、私は問題ないわよ。…遠距離専門だから実技はちょっと梃子摺ったけど、問題ないぐらいの実力は示せたわ」
「俺とタルテも問題ないかな。筆記も実技も問題なし。ナナとメルルは結局どうだったんだ?問題なしとしか聞いていなかったが…?」
二人は一日早く試験があったが、俺とタルテに余計な心配をさせないためか、具体的な内容は話されていない。明るそうな雰囲気から言って特に問題は無かったと思うが…。
「貴族はほぼ無条件で合格だからね。試験自体もそれこそ手続きみたいな雰囲気だったよ」
「ええ、まぁ言葉を選ばなければその通りですわね。中にはお茶会に来たのかと思える方々もいらっしゃいましたわ」
試験内容は一般入試と変わらないはずだが、合格が決まっているのだから一般入試のようなメンチビーム合戦は発生しなかったのだろう。
「…昨日の夜に知り合いの貴族に聞いたけど、ネルカトルのお嬢様は随分活躍したそうじゃない…」
ナナとメルルの発言を聞いて、イブキがそう呟いた。俺はナナが他の貴族で絡まれたのかと思い、ナナに視線を向ける。
「あははは…。模擬戦でちょっと張り切っちゃっただけだよ。…ハルトが心配するこっち関係は意外なほど静かなものだったよ。ちょっと視線が刺さったけどね」
そう言ってナナは自分の頬の火傷痕を指差す。注意深く観察するが、ナナは少しも気にした素振りは見せない。
「そうですわね。…私も多少なりとも陰口を囁かれると思っておりましたが、どちらかと言うと好奇の視線ばかりでしたわね。まぁネルカトル家はある意味外様の家ですから、わざわざ陰口を立てて敵対するような者は少ないのでしょう」
自身のテリトリーの外の存在であったがために、陰口という攻撃対象にはならなかったというわけか…。だが、これから学園の中で共同生活をする上では、そういった輩も増えていくこととなるだろう。
「それこそ、模擬戦の相手は私の傷を見て戦う者と判断したらしくね。…別に戦闘でついた火傷じゃないんだけど…、まぁ、それでちょっと互いに熱くなって派手な模擬戦をしてね」
「何がちょっとですか…。模擬戦で決着がつかなかったからと、次は的当てで魔法勝負をしていたじゃありませんか…」
頬を掻いて照れるナナをメルルが冷めた目で見つめる。俺はそれを聞いて驚いた。正直言って俺らは同年代で上位の戦闘力を持っていると自負していたため、ナナと引き分けるような貴族が試験に参加しているとは思わなかったのだ。
「私が聞いた話じゃ、空を舞う火の鳥が的どころか土嚢すらも火に変えたと聞いたのだけれども…」
「あははは…。その…的当ては苦手でね。全て灰燼に帰せば問題ないかなと…」
イブキがそう言うと、ナナは居心地悪そうに身体を揺らした。…まさか、紅蓮の鳥を使用したのか。あれは周囲一帯を火の海に変える魔法だ…。ナナのノーコンは知っていたが、まさかそれをカバーするために危険な範囲魔法を使用するとは…。
狩人業務の弊害か、時折ナナは蛮族めいた発想をする。まだ校舎が残っていたということは一応は加減はしたのだろうが…。
「いいか。ナナ…。的当ては的の中央を狙うものであって、一帯を吹き飛ばすものじゃないんだぞ…?」
「何言ってんのよ。あなただって土嚢ごと破壊したじゃない」
イブキは黙っててくれ。俺はダガーを一旦的に当てたから問題ないのだ。
「ふぇ…。私ももっと派手な魔法を使ったほうが良かったのでしょうか…?」
「タルテ…。的当ては魔法の発動速度や制御能力を見るものですから、それこそ初級程度の基本的な魔法で問題ないのですよ。…男の子は見栄を張って規模の大きな魔法を使ったりしますが」
ナナに毒されてタルテが不穏なことを言う。それをメルルが頭を撫でながら優しく嗜めた。聞けばメルルは血魔法すら使わず、水魔法で的を貫いたらしい。悔しいが、土嚢破壊組は俺とナナだけらしい。
俺とナナは言い返すことができずに、誤魔化すようにお菓子に手を伸ばす。それでも、試験勉強から開放された喜びからか、ナナは楽しげに会話を楽しんでいる。
「それじゃ、私はそろそろ行くわ。私にも報告しなきゃいけないとこがあるの。…お菓子とお茶ご馳走様」
菓子がだいぶ減ったころ、そう言ってイブキは紅茶を飲み干すと席を立った。
「あら、もう少しゆっくりしていけば良いのに。…報告ついでに、私が宜しく言っていたと伝えてもらえますか?」
「…知り合いなの?まぁいいけど。それじゃぁ、まぁ学院に行くことになったら宜しく。それともギルドで会うほうが先かしら?」
メルルが意味深なことをイブキに伝えると、イブキはそれに答え軽く手を振って館を後にする。単に俺と同じような狩人かと思っていたが、メルルとイブキの口ぶりから判断するに、貴族の関係者なのかもしれない。
俺はそんなことを考えながら、館を去る彼女を見送った。
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