第164話 無詠唱大規模魔法
◇無詠唱大規模魔法◇
「そんなこと言ってもねぇ。君ぃ。どうせ風魔法は的に傷も付けられないだろぅ?審査するのも面倒なんだよねぇ」
そんなことを言ったのは、こちらの女教師と同じく、向こうの審査員であろう小太りの男教師だ。陰鬱そうな垂れ目には異様に黒い隈ができており、口元にはガイフォークスのような洒落た髭が蓄えられている。
その男に食って掛かっているのは、いつか見た顔。俺と同じハーフリングのヒメイブキだ。どうやら彼女もオルドダナ学院を受験しに来ているらしい。
「だから!このボルトを使えば的を狙えるって言ってるの!」
「それは、魔道具じゃないのかい?そんな物の使用は認められないよぉ」
「なんでよ!さっきそっちの人は発動の補助に杖を使ったじゃない!第一、このボルトも風魔法に対する感度を上げているだけだから魔道具じゃなくて触媒よ!」
彼女のボルトは王都までの道中でちらりと見たが、あの時と同じものなら確かに魔道具ではなく触媒といったほうが正しいだろう。
魔物や魔法植物などは、死後もその体に魔法的な特性を残す。例えばナナが良く使用するのは火食い鳥の尾羽だ。あの鳥の羽は適切な加工を施せば、魔力で作られた火を蓄える性質を示す。魔法使いは高度な術を使う際はそのような物を触媒として魔法の補助として用いるのだ。
そしてその触媒を使用する技術が魔術であり、複数の触媒を多数組み合わせて、魔力を込めただけで、或いは魔力を込める事無く魔法的な現象を引き起こす道具が魔道具だ。
だから、ある意味触媒と魔道具は陸続きの概念だ。残念ながら全国魔道具協会などが魔道具の定義を定めているわけではないので、個人の定める魔道具と言う言葉の範疇はバラつきがある。
「あの…、この試験で触媒の使用はどこまで認められているのですか?」
俺は近場に立っていた女教師に尋ねる。受験要項には、触媒の使用は問題ないと書かれていた。しかし、たしかにあの教師の言うとおり魔道具の使用を認めては試験にはならないだろう。
「その…、その辺は審査員の匙加減によるとしか…。あの、ちょっと待っていてくださいね」
そう言って女教師はヒメイブキと男性教諭の下へ小走りで駆け寄っていく。
「ダイン先生!触媒を利用する場合はその性能を記述して試験する事となっていますよ!内容は確認したのですか!?」
「サテラ先生…。風魔法ですよ?これが触媒だとしても大したことはできませんし、どうせ魔道具に決まってますよ…」
小太りの男性教諭。ダインと呼ばれた教師は呆れた顔をしながらヒメイブキの持つボルトを見詰める。その視線には差別的なものを感じ取ることができる。父さんが中央は風魔法使いを下に見るものが多いと言っていた。あの教諭も風魔法を下に見ているのだろうか。
サテラと呼ばれた教師が、ヒメイブキのボルトを受け取って精査する。彼女のボルトはハンドメイドの一品物であるため、一目でその性能を判別できないのもこの騒動の原因の一つだろう。
「…これは、たしかに彼女の言う通り風魔法の感度を上げているだけですね。…ただ、素晴らしいものです。彼女が自分で作ったというのならば、これはこれで評価に値しますよ。……この学院も、こういった技能を評価する試験項目を作るべきですよ…」
「ほら見なさい!言っておくけど、私が使う魔弩と合わさればもっと凄いことができるんだからね!」
魔道具では無いと認められたからか、ヒメイブキが声高々に叫ぶ。一方、ダインと呼ばれた教師は嫌な顔をしながらため息を吐く。
「はぁ…、それで何ができるというのです。言っておきますがぁ、その魔弩とやらの使用は認められませんよぉ…」
「ふん。こんな近場の的、魔弩を使うまでも無いわ。見てなさい」
ヒメイブキはボルトを手の平で転がすと、それをそのまま上空に軽く投げる。すると、そのボルトは落下することはなく、ヒメイブキと戯れるように彼女も周りを泳ぐように飛び回る。
固体であるボルトを操るのは土魔法の領分であるが、先ほど言ったように屋羽を備え触媒へと加工されたボルトは風魔法への感度が上がっているのだろう。
「有象無象の区別無く、私の翼は逃しはしない。
弾かれるよにして彼女の元から飛び立ったボルトは、…近距離、中距離、遠距離、用意されていた全ての的の中央に傷をつけた。
「見なさいほら!三つ全てに当たったわよ!」
彼女のボルトは的を貫通したわけではない。的は一直線に並んで置かれているわけではないし、そもそも的は土嚢に密着しておかれている。
…むしろ貫通してくれたほうが難易度が低かっただろう。彼女のボルトはそれこそ意思を持ったように自由自在に空を飛び回り、近距離と中距離の的に掠めるようにして傷を付け、遠距離の的に突き立ったのだ。
「彼女は…ハーフリングかな?さすがの制御能力だね。人族のそれを逸脱してるよ」
ホフマンが感嘆したかのようにそう呟いた。彼女の技に父さんの言葉が思い起こされる。生き物を殺すのにたいした力は必要ない。それこそ、人は一寸斬り付ければ死ぬ…。敵の弱点に必要なだけの最低限の力を込めることに注力するのは、ハーフリングの共通理念なのだろうか。
彼女は近場と称したが、これだけの範囲をボルトが飛び回り、頚動脈などに最低限の傷を付けるようにしてボルトが飛び回るのだろう。剣士と射手の違いがあるが、父さんと似たようなものを感じてしまう。
「お待たせしました。それではこちらも試験を再開しましょう」
「ハルトさん…!頑張ってください…!」
女教師が俺らの元に戻ってきて、受験票を受け取ろうと手を伸ばす。直前に俺が試験を受けようとしていたため、彼女のその手は俺に向けられている。
「あら、あなたも風魔法使いなのね。大丈夫、彼女のあれは特殊なものだから緊張せずに挑んでね」
サテラと呼ばれた女教師は、俺から受け取った受験票を見てそう言った。…適当にエアインパクトでも見せようかと思っていたのだが、ヒメイブキの後だと妙にやりにくい。
「その、心配しなくても攻撃性能だけで魔法は評価されないわ。むしろ、風魔法使いは街兵や、それこそ近衛にも人気の属性よ?」
俺が躊躇ったせいか、女教師は俺を励ますようにそう言った。…たしかに、外で戦う外延騎士などはともかく、街兵や近衛は人の居るところで戦うため風魔法の方が活躍するだろう。火魔法を街で使えば何を巻き込むか解かったものではない。
「いえ、何を使うか迷っていただけですよ。それではやらしてもらいます」
さすがに彼女のボルトのように俺が飛び回って的を壊すわけには行かない。俺でもそれがルール違反だということは解かる。
…普段の戦闘では基本的に俺は近距離戦闘だ。妖精の首飾りでの俺の立ち居地が回避タンクという事もあるが、俺の心が、遠距離チマチマは面倒くせえぇぇッ!切ったら死ぬ!それが真実だろォ!?と叫び始めるのだ。
と言っても、何も遠距離の攻撃方法を持っていないわけではない。一応、手札を増やすつもりで鍛えてはいるのだ。その中の一つ。殺傷性が高い魔法を使用しよう。学生相手に使うつもりは無いため、ここで知られてしまっても構わない。
俺は鎧に隠すように装備していた触媒を取り出し、女教師にそれを見せる。木製のダガーに金属の刃先をつけたものだ。ダガーでありながら、大部分が木で作られている特殊なつくりだ。
「…風柳の木を加工したものです。刃先には風葬花から取れた油を塗っています。」
「風を捉え成長する草木ですか。…解かりました。使用を認めましょう」
女教師からそのダガーを受け取ると、俺はダガーに魔力を込める。すると、ダガーの刃先にゆっくりと不可視の風の刃が形成される。…といっても鎌鼬や真空の刃と言うわけではない。実際、風の圧力を高めても風で切断することはほぼ不可能だ。
今、ダガーの刃先に形成されているのは、まるでガラスのような硬質の刃だ。魔法の力で強引に固めているのだ。ある意味では風壁の魔法の応用だ。
俺はそのダガーを近距離の的に向けて投擲する。本来なら俺から離れすぎると制御が外れ風の刃が霧散するのだが、触媒となるダガーの本体の力で的に刺さってもそれが保持される。
「…風の刃を作り出すのは見事だが…、わざわざそれを使用する必要性は?」
俺の使用した魔法にホフマンが首を傾げる。確かに風の刃を作り出さなくても、あのダガーであれば問題なく的に刺さったであろう。しかし、女教師は俺が何をしたのか理解しているようで、投擲が終わったというのに採点を始める気配が無い。
「あー、本来なら相手の魔法的な抵抗で勝手に風の刃の構成が解けるのですが…、今回は俺が解きますね」
単なる的でしかないので、魔法的な抵抗がない。俺は自分自身で風の刃の制御を止める。すると、刃を構成していた風が開放される。…小さな刃に見合わない大量に圧縮された空気が、的の内部で瞬間的に膨張する。
爆轟の音を伴って、的が炸裂するように吹き飛ぶ。土嚢の土砂が巻き上がり、一拍置いて辺りに降り注いだ。
「…前言は撤回するよ。あの一瞬であそこまでの空気を圧縮するとは…。…どんな出力してるんだい?」
「ハルトさん…!お疲れ様です…!」
ホフマンは両手を軽く上げてそう呟いた。タルテはこの魔法を知っているため、あまり驚かず、ニコニコしながら俺を出迎えてくれた。
「実用的なよい魔法ですね。…ですが、大規模なものは控えるよう言ったはずです…。的はいいのですが、土嚢を破壊するのは大規模の範疇ですよ…」
女教師は手伝いの係員…、土魔法使いであろう者に土嚢の再生を指示すると、採点表に俺の評価を書き込んでいく。…苦笑いと呆れがない交ぜになったその笑みは、前世で俺の通知表に人の話しを聴か無い子ですと書き込んでいた教師に良く似ていた。
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