第162話 タルテの角は砕けない
◇タルテの角は砕けない◇
「そこまで!下がって怪我の治療を!」
教官が声を掛けて二人の受験生を止めに入る。やはり戦闘経験者が集められているらしく、中々様になる模擬戦であった。二人が同程度の力量であったということも大きいだろう。
それから何人かの受験生が対峙して模擬戦が行われる。傾向から判断するに、模擬戦の相手は受験生の傾向から選択されているのだろう。騎士流の剣術を扱うものは同じく騎士流の剣術を扱う者と。傭兵仕込みは同じく傭兵仕込みと。
「次!バルハルト・ルドクシア!ネイヴィルス!前へ出て準備を!」
狩人と戦うのは同じ狩人と。俺の名と共に名を呼ばれたのは俺と同様に狩人然とした青年だ。俺と同じ年齢だとしてもその体格は大柄で、その目線は自信に満ち溢れている。
俺は比較的、普段使っているマチェットに近い片手剣の木剣を選定して握りこむ。
…これまでの受験者を見る限り、戦闘技能は高いものの、妖精の首飾りの面々と比べればまだ下だと判断できる。自惚れるわけじゃないが、どこぞの厄介さんのお陰で俺らは破格の経験を積んできている。
試験などには全力で挑む性質だが、多少は加減をしてあげよう。流石に瞬殺してしまってはネイヴィルス君の見せ場が無くて可愛そうだ。
「なんだよ。こんなチビが相手とはついてるな」
…瞬殺しよう。首を跳ねれば俺より身長が低くなるはずだ。一頭身の肉体へとフォルムチェンジしてやる。ネイヴィルス君敗北者の姿だ。
「おい。聞こえてんだろ?何か言ったらどうだ」
挑発するようにネイヴィルスは俺に向けて木剣を構える。…アウレリアに居たときはこんな輩も多かった。あの地は駆け出しの狩人が集まりやすく、女連れの俺は何かと目立った。そして俺が若いこともあって何かと絡まれるのだ。
「私語は慎め。減点するぞ…!」
教官がネイヴィルスに注意を飛ばす。それにネイヴィルスは舌打ちで答えた。受験というのにふてぶてしい態度だ。…なにかしら教授陣にコネでもあるのだろうか。
「それでは…、両者構えて…始め!」
号令と共にネイヴィルスは俺に向かって切りかかってくる。バスタードソードの木剣の上段からの振り下ろし。俺はその斬撃を間合いに飛び込みながら受ける。
太刀筋は拙いものの、その剣速と重さは破格のものだ。十中八九、身体強化の使い手だ。模擬戦は魔法の使用が禁止されているが、身体強化は魔法未満であるため使用が認められている。
しかし、身体強化以外にも認められているものがある。それは所謂、種族特性と言われる物。種族特性の大半は止めろと言われて止められるものではない。
「ハァ…!?」
上段から振り下ろされた木剣を俺は片手剣の木剣で難なく受けきる。ネイヴィルスはよほど膂力に自信が有ったのか、両手で振り下ろした木剣を片手で受け止められたことに動揺している。
体重差が有っても上段からの振り下ろしならば関係ない。俺はそのまま押し上げるようにして更に間合いを詰める。
「ほい。お終い」
剣を弾いて出来た隙に、内股、脇下を軽く叩き、そのままネイヴィルスの首に木剣を優しく添える。ネイヴィルスは口をパクパクとしながら俺のことを見詰めている。まるで酸欠の鯉のような振る舞いだ。
「この…!?」
「そこまで!両者共に下がれ!」
ネイヴィルスが戦闘を再開しようとするが、その前に教官からの模擬戦の終了が言い渡される。それでも彼は俺に向けて手を伸ばすが、俺はかわす様にして後ろに下がる。
「待ってくれ!まだ戦える!」
「今ので決まってなければ、戦士は戦場で死ぬことは無い。指示に従ってそのまま下がれ」
教官にネイヴィルスが食って掛かるが、勿論それが認められることは無い。多少強引に割り込むようにして俺らを別つように教官が間に入る。
「ハ、ハルトさん…。お疲れ様です…!その…、凄い睨まれてますよ…」
脇に下がった俺をタルテが迎え入れてくれる。しかし、タルテの視線は不安げに俺の背後に向けられている。試験で力量を示せなかったことよりも、舐めていた俺に良いようにあしらわれたことが悔しいのだろう。
「気にするな。恨まれるのを承知でやりたいようにやったんだ」
俺がもっと大人なら、相手の見せ場を作ってから倒すことも出来ただろうが、そこまで大人に成りきる事が出来なかった。
それよりも不安なことが一つある。模擬戦を行ううえでどんな武器があるか確認したが、篭手の類は置いていなかったのだ。…勿論、入試なので普段の武器は持ち込んできていない。
「次!アスタルテ・ジヴァムート!ホフマン・サスフィード!」
「あ…!私の番です…!行って来ますね…!」
タルテは俺に声を掛けてから中央に向けて走っていく。その途中で模擬専用の武器置き場を覗いたが、彼女は軽く悩むような素振りを見せた後、何も取らずに武器置き場を後にする。
「…君はそれで良いのか?」
「はい…!大丈夫です…!」
教官が確認を取るが、それでもタルテは武器を取ることはない。篭手が無いため、無手にて挑むつもりのようだ。
「ま、待ってくれ!その…、女性だからと侮るつもりは無いが…、武器なしで挑むつもりなのか…!?」
混乱したのは対戦相手のホフマンと呼ばれた男だ。そりゃ小柄な女の子が無手で挑んでくるとなれば、舐められていると思うより困惑する気持ちの方が大きいだろう。
「…珍しいが徒手空拳で戦う者もいる。騎士科などに進めば、組手甲冑術などの授業もあるぞ。戦場で武器を失っても敵と戦うための術だ」
「…解かりました。…君、悪いが僕は手を抜くつもりは無い。先に怪我をさせたらすまないと謝っておくよ…」
「大丈夫です…!私…光魔法を使えますので…!」
教官が彼の混乱を鎮めるように説明を行う。流石は教官だけあって無手の戦いにも理解があるようだ。対戦相手のホフマンも粛然とはしていないが、なんとか納得したようだ。
「それでは…、両者構えて…始め!」
「…シィ!」
躊躇って様子見していたホフマンにタルテが一足飛びで距離を詰める。無手で向かってくる相手は慣れてないのか、ホフマンの反応が一拍遅れる。
しかし、それでも練度が高いのか迷わず後ろに下がり距離を取りながらタルテに剣を向ける。的確にタルテの胴体を狙うような切り払いだ。
しかし、タルテも無策で距離を詰めたわけではない。身を低く伏せると彼女は剣に向かって頭を差し出した。
「…ッ!?」
胴体を狙った剣に、彼女が頭を当てに行くと思わなかったのだろう。ホフマンはその後の惨事を想像して顔を青くし剣を止めようとするが、それでも勢いのついた剣を止めるには間に合わない。
木剣はそのままタルテの頭に向かい…、その巻き角に強かに打ちつけられた。…知識があれば剣を止めようとは思わなかっただろう。羊人族の角でさえかなりの硬度を誇っている。真剣を振るったとこで多少傷がつく程度だ。ましてやタルテは豊穣の一族。その角の硬度は竜のそれだ。
剣の速度を緩めたことが正解へと繋がった。もし緩める事無く振るっていれば、今頃剣は粉砕されていたことだろう。
「硬…ッ!嘘だろ?」
「このまま…!行きますよ…!」
高硬度の角を打ち据えて手が痺れたのだろう。ホフマンはその衝撃に顔を歪ませる。そしてタルテはそのまま勢いを殺す事無く距離を詰める。飛び込んできたタルテにホフマンは反射的に剣を振るうが、今度はタルテは跳ね上がって剣を受ける。
…篭手は持ってきていないものの、彼女の履く靴は日頃冒険に用いているものだ。作成者である俺は知っている。徒手空拳で戦う彼女の為の特別仕様、俺と同様の金属入りのブーツだ。
靴底でホフマンの剣を受け止めて、そのまま空中で一回転。彼女の後ろ回し蹴りが、ホフマンの顎を掠めた。
脳震盪を起したのだろう。ホフマンはそのまま事切れるようにその場に膝をついて倒れた。タルテは息を吐き出しながら残心をする。教官はその様子を見て終了を宣言し、傍らで受験者の治療を行っていた治療員が、慌ててホフマンに駆け寄った。
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