第158話 翼を授ける
◇翼を授ける◇
「金切り鳥の羽は素材にも良いし、お肉も美味しいから狙い目なのよね」
彼女は背負ったクロスボウを抜刀するかのごとく前方に振り抜いて構える。すると畳まれていたクロスボウが一気に組みあがって本来の形状へと変化する。単なる素木ではなく、暗緑色に塗装され、金属部品も鈍い光沢を放つクロスボウは、それが上等な一品であることを教えてくれる。
「フリューゲル…。それがそのクロスボウの名前か…」
彼女が乗合馬車から身を乗り出して構えたクロスボウの横合いには金色の塗料で文字が掘り込まれている。中型のクロスボウだが、彼女が構えるとヘヴィクロスボウのように大きく見えてしまう。
「そう。いい名前でしょ?私の大切な相棒よ」
彼女がそう言うと、クロスボウの弦が独りでに巻き上がる。
「勝手に弦が絞られる魔道具…、いや魔弩か?」
その魔弩を見て俺は僅かに寒気を覚える。その機能はある意味銃に至るものだ。もちろん機構としてはクロスボウのままなのであるが、とある観点でみれば銃に近いものがあるのだ。
旧来の武器と銃などの近代武器を比較した際に、一つの基準となるのが人力か否かだ。クロスボウはそれこそ張力を挙げればその分強力になる。しかし、結局は人力によって稼動するものであるため、弦を引き絞るためには脚で押さえつけて全身を使って引いたり、クランクをひたすら回して引いたりするなどの労力が必要となる。
一方、銃は人力ではなく炸薬の力で弾丸を飛ばすため、トリガーを引く力だけあればいい。…もちろん、銃弾の作製の手間を人力と捉えれば必要な労力は変わらないかもしれないが、それでも戦闘時間という括りで見れば、人力ではなく何かしらの外力で稼動する武器というのは、武器の歴史のターニングポイントの一つだ。
彼女のクロスボウは金属部品によって補強されており、かなりの張力を持った物であると推測できる。それこそ、人力では引き絞れないほどの張力であるため、魔法によって引き絞る機能が備わっているかもしれない。
「おい!金切り鳥が飛び立ったぞ!間に合うのか…!?」
俺は風の変化で目標が馬車から飛び立ったのを感じた。しかし、俺の忠告を聞きながらも、彼女は余裕を持ってクロスボウを構えている。
通常とは異なるクロスボウを見て、内の女性陣の目線も集めるが、彼女が懐から取り出したボルトを見て更に怪訝な顔をした。
「…そのボルトはなんだ?なぜ矢みたいな羽が付いているんだ?」
クロスボウは弓の親戚みたいなものだが、矢を使わず、ボルトと呼ばれる短い杭のようなものを使用する。そしてそのボルトには小さい矢羽が備わっているものの、矢の矢羽のように鳥の羽ではなくボルトの素材である木で作られているのが一般的だ。
しかし、彼女の取り出したボルトには鳥の羽が取り付けられている。明らかに店売りのものではなく、彼女独自のボルトであろう。
「…なぜ羽がついているかって?そんなの、飛ぶために決まっているじゃない」
彼女はボルトをクロスボウに込めると、上空に向かって飛翔する金切り鳥に向かって照準を合わせる。金切り鳥は遥か高みにまでその身を飛ばしているが、彼女は冷静にクロスボウをトリガーを引く。
空気を割く音と共にボルトが金切りどりに向かって飛翔する。俺には、ボルトが風のレールを作りながら突き進んでいることを感じ取ることができた。単に真っ直ぐ進むのではなく、上空の金切り鳥に向かって常に進行方向を補正しながらボルトは突き進んでいく。
あのボルト自体が風魔法を発動するための触媒となっているのだろう。俺が感じ取れる限界の距離であっても、ボルトは風のレールを作製しながら突き進んでいき、最終的には金切り鳥の心臓に向かって突き立った。
上空でその命を散らした金切り鳥は、錐揉み回転しながら地上へと落下していく。
「なるほどな。風の魔法と相性のいい羽を触媒とすることで、ボルトを簡易的な魔道具にしたわけか」
「そういうこと。魔法の距離限界が格段に延びるし、なんなら燕のように曲げることも可能よ?…というより、ハーフリングの常套手段のはずだけど、あなたはそんなことはしないのかしら」
彼女の視線が俺の腰に携えたマチェットに注がれる。ハーフリングの標準装備は短弓だ。彼女も短剣程度は使うのだろうが、俺のようにマチェットを使うのは異端寄りだろう。…といっても剣術自体は春の一族に伝わる短剣術を納めているんだがな。
彼女がわざわざ鳥の羽を集めていたのは、自分でボルトを作製するためだろう。俺も罠を自作することはあるが、魔法を絡めないため、触媒を罠に用いたことはない。
…上手くいけば風魔法で遠隔発動する罠なんかも作れるかもしれない。学院に行ったらそっち関係を学んでみるのも良いかもしれない。
「ねぇ…。回収してくれないかしら。私、馬車から降りたくないのだけれど」
そう言って彼女はクロスボウを乗合馬車の淵に突き立てるようにして軽く叩く。それだけでクロスボウは勝手に動くようにして畳まれていく。高飛車な物言いだが、確かに彼女の体躯では馬車から降りて追いつくのは一苦労だろう。
俺は仕方なしに落下した金切り鳥に走りよって回収する。その際にボルトを確認してみれば、緻密な文様が刻まれており、それが魔法的な効果を発揮しているのが見て取れる。
俺は金切り鳥を背負うようにして
「ありがと。悪いわね。助かったわ」
彼女は金切り鳥を受け取ると、先ほどと同じように毛を毟り始めた。今になってよくよく観察してみれば、彼女は羽に薄っすらと魔法を通している。形状よりも自分の魔法との相性を確認しているのだろう。
「ハルト。彼女は狩人なのかな。あれを打ち落とすってことは中々のものだよね」
「ああ。遠距離から一方的にあのボルトを打ち込めるとなると活躍できる機会は多いだろうな」
ナナが小声で俺に尋ねてくる。旅装であるためはっきりと判別はできないが、恐らくは俺らと同じ狩人なのだろう。
…認識範囲外からの遠距離射撃。もし、あのクロスボウがこちらに向いた場合、俺は反応することができるだろうか。初めて会う家族以外のハーフリングであり、初めて会う戦い方の狩人だ。
早々に広がった見識に、俺は旅の効果を感じずにはいられなかった。
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