第156話 ハーフハーフリングのハーフハーフジャイアント

◇ハーフハーフリングのハーフハーフジャイアント◇


「ハルトのお父さんって大きいほうだったんだね」


 結局、あの後ハーフリングの少女?は俺らの護衛する乗合馬車に乗り込んで出発することとなった。満員に思えた乗合馬車も、詰めれば子供の体躯である彼女を乗せるスペースが確保できたからだ。


「父さんはあれでもハーフリングじゃ大きいほうらしいぞ。なんだかんだでドワーフの女性ぐらいはあるしな」


 ドワーフもハーフリングと同様に背の低い種族だ。と言っても骨太で筋肉質な体型をしているため、力は平地人よりも強い。鍛冶で有名な種族であるが、頑丈で力の強い種族であるため、俺らのように狩人や傭兵として活躍する者も多い種族だ。


 今、乗合馬車の幌の中で過ごしている彼女はハーフリングらしいハーフリングと言えるだろう。その背丈は少女と言うより幼女と言ってもいいかもしれない。


 …初めて会う父さん以外のハーフリングだが、流石に同種族だからといっていきなり話しかけたりはしない。というよりも向こうは俺が同種族とは思ってはいないだろう。俺はハーフリングとしては規格外に大きいからな。


 変化があったといっても、俺らのやることは変わらない。商隊キャラバンの護衛をしながら長閑な旅路を進む。油断をするわけじゃないが、大きな商隊キャラバンの中央の護衛なんて気楽なものだ。


 何かしらの襲撃があるのは高確率で先頭か最後尾であるため、そこまで気を張っておく必要は無い。俺らに求められるのは先頭や最後尾に何かしらの異変があったときに、後詰めとして対応することだ。


 商隊キャラバンが河川の近くを通りかかる。日の光が水面に反射して葦原の向こうで煌いている。水の流れに寄り添うように商隊キャラバンはそのまま川沿いの道を進んで行く。


「お…!。メルル。水の矢を用意してもらっていいか?」


「…?ええ。構いませんけど」


 道の脇の葦原は背が高かったため、俺は何かが潜んでいないかと広めに索敵の風を展開していた。そのため、葦原の中にいるそいつらに気が付くことができた。俺はそいつらの向こう側に向かって自分の声を飛ばす。そいつらは唐突な人の声に驚き、逆方向…つまりは俺たちのいる方向に向かって逃げるように移動する。


「そら、メルル。上だ。ばっちり当ててくれよ」


「ああ、なるほど。そういうことですか。もう、先に言って下さいまし」


 俺らの頭上を飛び去っていくシギの群れにメルルの放った水の矢が飛んでいく。直ぐ脇の葦原から飛び立ったためそこまで鴫の高度は高くない。十分に彼女の魔法の射程圏内だ。


 メルルの放った矢は見事に一羽の鴫に突き立った。俺は落下するそいつを風で引き寄せながら落下予想地点に駆け込むようにしてキャッチした。暴れることも予想していたが、メルルの水の矢は的確に雁の首を貫いており、抵抗する事無く俺の手の内に収まった。


「あら、川原なのに珍しい。山鴫ヤマシギですか。いい物を捕らえましたわね」


「ああ。今日の晩飯に使おう。悪いが血抜きを頼む」 


 メルルは鴫の死体に残った血を操って外に排出する。生きているならともかく、完全に死んだ死体から血を抜くことは彼女にかかればさほど難しいことではない。


 この世界で育ってきて一つ驚いたことは野鳥の美味しさだ。前世では鶏が完全に家畜化されていたため食べる機会が無かったが、野鳥の肉は美味しい上に個性に富んでいる。それこそ鳥肉と一くくりにするのを躊躇うほどに味が違うのだ。


「ナナ。血を抜き終わったので毛を焼いてもらえますか?…流石に取っておいて売るのは手間でしょう?」


 一応、羽毛は寝具や羽ペン、矢羽として利用されているため売ることができるが、鴫の羽では二束三文だ。ナナはメルルから鴫を受け取ると、手の平に火を灯した。


「ねぇちょっと…!燃やすくらいならその羽、私にもらえないかしら?構わないでしょ?」


 唐突に俺らに掛けられた声の主は乗合馬車に乗っている一人の少女だ。緑掛かった俺と同じ髪色の小さな少女。彼女の気の強そうな瞳が俺らに向けられる。


「まぁ、別に構わないけど…」


「じゃあ貸して。流石に羽を毟るぐらいは自分でやるわ。変に毟られて形が崩れるのも困るしね」


 ナナがその子に鴫を渡すと、その子は乗合馬車から身を乗り出すようにして羽を毟り始める。


「ねぇ、そこのあなた。…あなた、その髪色ってことはハーフリングが血に入っているの?」


 彼女は羽を毟りながら俺に語りかける。目線は吟味するために抜いた羽に注がれているものの、時折、俺の頭にも向けられている。


「ん?ああ。俺の父親がハーフリングだ。だからハーフハーフリングってとこだな。といっても魔法適性はハーフリング寄りだから一応一族の名は継いでるぞ」


「父親が…?先祖とかではなく?それでその身長?…それに名を継ぐってことは本流ってことなの…?」


 隠すことでもないからありのままを告げたのだが、彼女からは胡乱な視線が注がれる。…どういうことだよ。ハーフリングは一族皆友達のハッピーな種族じゃないのか?


 彼女は一旦、羽を毟る手を止めて、上から下まで嘗め回すように俺をねめつける。まぁ、ハーフリングと平地人のハーフであった場合、魔法的特長や身体的特徴はハーフリングの血が濃く出る傾向にある。俺の身長は母さんが魔法種族である巨人族だったからこそ適った特異なものである。


「…私は秋風の一族。アマツェルトのヒメイブキよ。あなたは?」


「…俺は春風の一族。ルドクシアのバルハルトだ…」


 俺の言葉を聞いた瞬間、彼女の瞳は寄り一層険しくなる。あまり好意的とはいえない反応にナナとメルルも警戒心を引き上げる。


「…お母さんから聞いたことがある。巨人族と結婚したルドクシア。あなた達、私の母親に大分恨まれてるわよ?」


「は?なんでまた。他の一族と争っているなんて聞いたこと無いぞ?」


 他の一族の話は聞いたことは有るものの、恨まれているなんて話は父さんにも、始まりの地の婆さんにも聞いたことは無い。そもそも春風も秋風も共に生れ落ちた兄弟であるが、今となってはお互いの血は交じり合っている。その上、旅をしがちなハーフリングは徒党を組まないため、ルドクシアもアマツェルトも名目上一族の名を継いでいるに過ぎない。


 俺のそんな疑問も露知らず、彼女の勝気な瞳は、相変わらず突き刺すように俺に注がれていた。


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