第154話 家族はいつでも
◇家族はいつでも◇
「兄ぃちゃ…!おかえり…!」
客が誰もいないことを確認して、実家の宝飾店の扉を開ける。扉に取り付けられたベルの音が澄んだ音色を響かせて、それに反応して顔を上げたのは愛しの妹であるマジェアだ。どうやら以前の俺のように店番のお手伝いをしているらしい。
マジェアは顔を上げるとカウンターから飛び出してきて俺に抱きつく。あまりの勢いに俺はたたらを踏みながらも何とか耐えてマジェアの頭を撫でる。…身長が着実に俺へと迫って来ている。明らかに年齢からみてもマジェアは大きいほうだろう。最終的には母さんぐらいになるのだろうか…。そうなると確実に俺より大きくなってしまう。
「ただいま。マジェア。久しぶりだね。…随分大きくなったね。もう少し小さくてもいいんだよ?」
「…小さいと兄ぃちゃを持ち上げられない。…もっと大きくなる」
表情の乏しい子だが、それでも解かりやすく目を鋭くさせ鼻息を荒くして俺に決意表明をする。…タルテなら身長の縮む薬を作れないだろうか…。
…母さんが父さんや俺を小脇に抱えて移動するのを見ているせいか、マジェアはそういうものだと認識している節がある。…マジェア。お兄ちゃんはサイドバックじゃないからね。母さんの真似しちゃだめだよ?
ちなみに父さんはもう諦めているのか、幼子を愛でるように母さんに抱えられても、死んだ目をして無抵抗で耐えている。
「あぁ。ハルト。帰ってくるの今日だっけ?おかえり。久しぶりだね」
「ただいま。…手紙でちゃんと伝えたでしょ。父さんも変わらないね」
今度は工房から顔を出した父さんが俺を迎えてくれる。淡白にも思える印象だが、ハーフリングは旅をしたがる一族でもあるため、家族が離れて暮らすのも当たり前のように捉えている。かといって家族愛が希薄という訳ではない。旅をするが故に家族でなくても同じハーフリングであれば助け合う同族意識の高い種族だ。むしろ距離や会う頻度を気にしないほど絆が強い種族と言うわけだ。
「ふふ。じゃぁ今日は早いけど店じまいにしちゃおうか。僕は晩御飯の買出しに行ってくるね。悪いけど、ハルトはマジェアの勉強を見ててもらえるかな?」
「うぇ…。お勉強…」
マジェアは嫌な顔をするものの、カウンターの上にはちゃんと勉強用の本が広げられている。店番をしながらもしっかり勉強はしていたようだ。むしろ勉強のために店番をしているのだろう。宝飾店は客の多い業種でないし、店内は明るく照らされているため勉強に適している。
「それじゃあ行ってくるね」
父さんは店の前の看板を店内に仕舞うと、可愛い財布を片手に外に出て行く。淡白な反応ではあったが歓迎はしてくれるのだろう。今夜の晩御飯は期待しても良さそうだ。
俺とマジェアはカウンターに並ぶようにして腰を下ろす。俺はマジェアの教材の横に自分の勉強用の書籍を開く。マジェアはその書籍を見詰めて可愛い目を瞬かせた。狩人である兄が未だに勉強をしていると思わなかったんだろう。張り合うようにして途中だった勉強に手を付け始めた。
「兄ぃちゃ…、ここ解からない…」
「ああ…そこはな…、口で喋るときと字で書くときでは表記が変わるんだ…」
俺も勉強を頑張る妹に励まされるようにして自分の勉強に取り掛かる。静かな店内に紙をめくる音と物を書く音が静かに響く。見た限りマジェアの勉強内容はしっかりとしたものだ。マジェアが将来なにになるとしても、だいぶ選択肢が広がるはずだ。
そうして、日が暮れるまで勉強をしていると母屋の方に人の気配を感じた。風で確認してみれば父さんと母さんだ。父さんは買い物が終わって帰ってきたようだが、母さんが帰ってくるには早い時間帯だ。
「ただいまぁ。ハルトが帰って来たんだって?」
そう言いながら店の奥の扉を開けて母さんが姿を現す。
「おかえり。そしてただいま。今日は仕事じゃなかったの?」
「ああ、気ぃ使われて早めに帰されたんだ。ハルトより先にナナの嬢ちゃんが挨拶に来たぞ?お前は薄情な息子だな」
母さんはからかう様にそう言いながら俺の頭を乱暴に撫でる。どうやらナナ達は分かれた後、領府に居る母さんに会ったらしい。大方タルテに領府を案内でもしていたのだろう。
母さんは勉強中だというのに俺を持ち上げて抱きかかえた。父さんと違って俺は人族程度の体格だというのに、母さんには関係ないらしい。マジェアはその光景を羨ましそうに眺めている。母さんがこんな感じだらかマジェアが真似しようとするのだろうな…。
と言っても俺もあまり抵抗する気にはなれない。俺も淡白なハーフリングであるはずなのだが、久々の家族の抱擁は嬉しいものでもあるのだ。たまの帰郷であるのだからこれぐらいは甘えてもいいだろう。
母さんが開けっ放しにした扉の向こうからは、父さんの鼻歌と料理の香りが漂ってくる。俺は懐かしむようにして家族の団欒をゆっくりとかみ締めた。
◇
「それでじゃ、マジェア、父さん、母さん。行ってきます」
俺は実家の扉の前に立ち、見送ってくれている家族に別れの挨拶をする。
季節はようやく冬の寒さが和らいで来ており、街路の影には冬の間に積もった雪がその姿を残しているものの、彼方から吹いてくる柔らかな風は僅かに春の気配を孕んでいる。山野に分け入れば気の早い山菜が冷えた大地を突き破って新緑の葉を芽吹かせていることだろう。
「兄ぃちゃ。学校頑張ってね。また今度、新しいお話聞きたい」
「おう。気張ってきな。まぁハルトの場合…王都は少し窮屈かもしれんがな」
「ハルト。中央の人は風魔法使いを下に見ることが多いから気をつけてね」
四人で温もりを確かめるように交互に抱き合う。勉強のために領館に赴くことが多かったが、ここまで長い期間、実家で寛ぐのも狩人となって家を旅立ってから初めてのことだ。一時的な帰郷とはわかっていたものの、今回は比較的近場のアウレリアではなく、遠方の王都への旅立ちとなるため後ろ髪をだいぶ引っ張れてしまう。
「王都で住所が決まったら直ぐに手紙を出すよ。多分寮に入ることになるかな?」
「あい。楽しみに待ってます」
マジェアに手紙の約束をして、俺は荷物を背中に背負い込む。依頼主が街門前で待っているためあまり別れを惜しむ時間も無い。そこには旅の仲間も待っているはずだ。
俺を見送る家族の存在を風で感じながら、次なる新天地に向けて足を進めた。
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