第153話 一つ上の女

◇一つ上の女◇


「ナナリアお嬢様。よくお戻りになりました。旦那様も首を長くしてお待ちですよ。メルルお嬢様、バルハルト様、アスタルテ様もよくお越しくださいました」


 趣のある大きな門の前で俺らを執事の方が丁寧に迎え入れる。ナナの実家…というかネルカトル家の領主館に俺らは訪ねてきていた。


 リンキーさんに移籍の手続きをしてもらった後、俺らはブラッドさんやミシェルさん、教会の方々、…それと流浪の剣軍などに挨拶を済ましてあの街を旅立った。別れなど狩人や傭兵とは良くある話なのだが、今回は長期で離れるとあって意外にも昨晩は皆で送別会を開いてくれた。


 そしてエイヴェリーさんの奢りと言うことで、散々飲み食いしたせいだろうか、テスト飛行では問題なかった四人乗りハンググライダーが妙に飛ばしにくかった。…つい油断すると重いという単語を発してしまいそうだったので、飛行制御以上に気を使う空の旅であった。


「すいません…、少し休ませてもらって言いですか?」


 高出力で魔法を展開し続けたせいか、俺は既に疲労困憊だ。縋るようにして執事の方に頼み込む。


「私も少々、疲れてしまいましたわ。…申し訳ありませんけど、ご挨拶はその後で…。タルテ、少し回復の魔法を頼めますか?」


 メルルも俺の発言に合わせるように執事の方に頼み込む。…メルルも魔法を展開してはいたが、そこまでは疲れてはいないはず。おそらく、ナナが久しぶりの帰宅のため気を使ったのだろう。


「…ありがとう。それじゃ、ちょっと行って来るね。…皆の案内よろしく」


「ええ。畏まりました。それでは皆さん、ご案内いたします」


 俺らはナナと分かれて執事の方の案内のもと、応接室に通される。高級なソファーに身体を沈みこませて、俺はゆっくりと息を吐き出す。タルテはそんな俺に活性の魔法を施してくれる。


「ありがとう。タルテ…」


「いえ…!長距離の飛行お疲れ様です…!」


「やはり、荷物が多かったこともありますが、四人はかなり大変そうですわね…」


 王都までの飛行を断念したのはやはり正解であった。魔法の疲労は肉体的な疲労と異なるため、体を休めても直ぐには楽にならない。こんな調子では王都に着く前に参ってしまうだろう。


「あ…!メイドさん…!コレを茶葉に混ぜて頂いていいですか…?」


 そう言ってタルテは自分の荷物を漁りはじめる。どうやらお目当てのものは奥底にあるようで、テーブルの上に乾燥させた葉っぱや何かの根っこなどを並べ始めた。それを見てメイドさんは顔をしかめるも、すぐさま取り繕って来客向けの笑顔に戻る。


 その様々な乾燥物はタルテが自分で採集したり育てたりしていた生薬の類だ。大半を教会に寄付してきたのだが、それでも結構な量がある。俺も人のことが言えないが、タルテにも収集癖があるようで、今残っているものは希少な薬草が多い。…タルテはペスカから希少な妖精の雨傘フェアリーリーフを貰っていた。治療のお礼ということなのだろうが羨ましい限りだ…。


 そしてタルテは奥底に入っていた小袋を取り出すと、それをメイドさんに渡す。メイドさんは困惑したもののタルテから突き出された小袋を受け取って中身を確認する。


「…タルテ。少々無作法ですわよ。…それは魔法の使いすぎに効く薬草茶です。紅茶に少々混ぜて頂ければ問題割りませんわ」


 メルルがタルテを窘めて、メイドさんに茶葉を使うように促がす。そしてメイドさんは中身を確認し、次に疲労困憊の俺を見て納得したのか、乾燥した薬草を茶葉に混ぜて紅茶を淹れてくれる。


「どうぞ。お待たせいたしました…」


「ありがとうございます」


 俺は目の前に差し出された紅茶を手に取り、その香りをゆっくりと吸い込み、静かに口をつけた。鼻腔を抜けていく香りが俺の精神を癒していく。タルテが言うにはこの香りが魔法の使いすぎを癒してくれるらしい。


 そうして俺らが疲れを癒していると、応接室にノックの音が飛び込んでくる。メイドさんが扉を開けて外にいた人物を部屋の中へと案内してくれる。


「ああ。遅くなってしまいすまない。少しは旅の疲れが癒えただろうか?メルル嬢も久しぶりだな。この前、丁度そなたの父君と会ったばかりだ。…君の冒険を随分心配していたよ」


「テオドール様。お久しぶりでございます。…父は少々心配性の上に子煩悩なところがありますので…」


 部屋に入ってきたテオドール卿にメルルがカーテシーをして挨拶する。そしてテオドール卿が初めて会うであろうタルテへと視線を移す。


「父上、この子が手紙にてお知らせした新しい仲間のタルテです。かなりの土魔法と光魔法の使い手で、回復だけでなく戦闘もこなせるのですよ」


「ア…アスタルテ・ジヴァムートと申します…!お、お初お目にかかります…!」


 テオドール卿が相手だから、緊張気味に自己紹介をする。その名前を聞いて、テオドール卿は眉をピクリと動かす。…その名前から古い一族だと判断したのだろうか。あるいは辺境伯ともなれば豊穣の一族のことを把握しているのかもしれない。


「テオドール・ネルカトルだ。今は単なる父親として会っているから、そう緊張しなくてよい。…どこぞの倅は暢気に紅茶を飲んで寛いでいるだろう?そこまでとは言わないが、力を抜いてくれ」


 嫌なものを見るような目でテオドール卿は俺を見詰める。俺も始めは母親の上司であったため気を使っていたのだが、貴族の面よりも父親の面を多く見せているため、何時の間にか慣れてしまってきている。


 テオドール卿とナナが俺らの正面に腰を下ろすと一息入れて俺らに話しかけた。


「それで、暫くは領都に滞在するんだったな。…入学試験の勉強のために。それならばこの領主館に泊まりなさい。…まぁハルト君は家に帰るんだろ?」


「え、えぇ。俺も久しぶりの帰郷なので実家で過ごしますよ」


 テオドール卿の発言が少々俺の予想と異なったため、返答が少しつっかえてしまう。そのことがテオドール卿にも伝わったのか、自嘲するようにして俺に目線を合わした。


「意外かな?私が特に文句を言わないことが」


 ナナが貴族に関ることをテオドール卿は反対していた。火傷痕を持つ令嬢など周囲からの嘲笑の的になるからだ。ナナが狩人になったのもそこに理由があったりする。


「言っておくが、私はまだ反対している。行くことで得るものも有るだろうが、確実に傷つくことになる…」


「ですから、父上。物理的に傷つく狩人になっている時点で今更ですよ。それに、あの頃から私も成長しました。今なら他人の目を気にして自分の人生の選択を狭めることの方が愚かだと思えるようになりました」


 俺はその台詞を聞いて感心してしまう。…ナナが狩人になったのはある意味逃げの選択だ。会った当初は気丈に振舞っていたが、取っていた行動は卑屈な行動とも言えよう。しかし、今では自然に振舞うことができている。そして立ち向かう勇気をいつの間にか育んでいたのだ。


「…こう言われてしまってはな。流石に強引に未来を決めるほど狭量な父親ではない。…もちろん男女関係は別だが」


 テオドール卿はナナの成長を肯定しつつも俺に釘を指してくる。…相変わらずそっち関係は狭量だ。もしかしたら俺の藁人形にも釘を刺しているかもしれない。


 父親が反対しつつも認めてくれたのが嬉しかったのだろう。ナナは笑顔で今までの冒険譚をテオドール卿に語り始めた。 


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