第152話 銀は一人前の証
◇銀は一人前の証◇
「おめでとうございます。依頼の達成が確認されたため、現在を持ちまして妖精の首飾りの皆様は銀級へと昇格になります」
リンキーさんはそう言うと、俺らのギルド証を回収して、新たに銀でできたギルド証を渡してくれる。俺たちはギルド証の記載に間違いないこと確認すると、それを首に通した。
ここまで長かった。リンキーさんから斡旋された依頼の大半は今まであまりやって来なかった種類の依頼が多かった。恐らく、信用度を稼ぐだけじゃなく狩人として経験不足を補う狙いもあったのだろう。
鉄級狩人に混じって薬草採集に行くこともあった。…なぜか土蟲が大量発生していて途中から蟲狩りに変わってしまったが…。
死体回収…。消息不明となった狩人の捜索。…行方不明期間から考えて死体の回収をすることもあった。…ちなみに遺体は土蟲に食い荒らされていた。
商人が紛失した荷物の捜索…。に見せかけたスパイ行為。依頼してきた商人が違法行為に手を伸ばしている噂があるので、あえて依頼を受けて商人の内部を調査する依頼だ。…ちなみに紛失物は鉱石に見せかけた土蟲の卵で、盗んだのは前述の狩人らしい。
どうやら持ち込み禁止の土蟲の卵を鉱石に見せかけて持ち込んだはいいが、高価な鉱石だと思われて盗まれたらしい。…盗んだ狩人はほとぼりを冷ますつもりで依頼に託けて森に身を潜めたと思われるが、そこで卵が孵ってしまったのだろう。
一番苦労したのは鼠の駆除だ。流石の俺でも閉所で鼠に追いつくことはできない。定石に乗っ取って逃げ道に罠を仕掛けて追い込もうとしたのだが、追い込むためにタルテの竜鎧に咆哮してもらうのは間違いだった。
周囲一帯の鼠を含む動物が恐慌状態になって街に飛び出し、肝心の罠を仕掛けた倉庫にいた鼠は、咆哮に近すぎたため逃げる事無くその場で気絶することとなったのだ。仕方なく一匹ずつ拾って捕まえたが、捕獲が終わった頃には俺らが衛兵に捕獲されることとなってしまった。
なんとか厳重注意で済ましてもらったが、参考人として呼び出されたリンキーさんからは、彼女が普段おっさん冒険者にしているような冷たい視線が俺らに注がれることとなった。…駆け出しの冒険者ではなく、他の冒険者と同じように…つまりは一人前と扱ってもらえるようになったと考えよう…。
「ふふふ…。とうとう私達も銀級冒険者だね」
ナナが嬉しそうに首に掛けられたギルド証を眺める。そして、ギルド証に刻まれている竜狩りの刻印を指でなぞった。ギルド証は新しくなったが、勿論竜狩りの証は新しいギルド証にも刻んでもらえている。むしろ、ちゃんとした職人に刻んでもらったからか、銅のギルド証よりもはっきりと刻んでもらえている。
「ふぅ…これで出発までは勉強に集中できますわね」
メルルは銀級のギルド証などさして喜ぶほどのものではないように振舞っているが、唇の端が僅かに持ち上がって、によによとした笑みを浮かべている。…内心では結構喜んでいるらしい。
「…!…!…!」
タルテは言葉に表さないものの目を輝かせてギルド証を掲げている。
「勉強に集中するということは、出発まで狩人業務は休む予定でしょうか?」
メルルの発言にリンキーさんが反応する。その口調は攻めるといったものではなく、それに伴う諸々の手続きのための質問だろう。
「ええ。冬場は勉強に集中する予定です。一旦、領都に帰って…出発する頃合にまた此方に窺うつもりです」
「…アウレリアに戻るのは護衛依頼のためですよね?それでしたら、見繕っていたうちの一つが領都発のものですから、そちらはいかがでしょう」
そういって、リンキーさんは何枚かの紙束から一枚の依頼書を取り出してカウンターの上に置いた。そこには俺らの望んでいた王都までの護衛依頼の内容が書かれていた。
「時期はちょうど良いね…。
「ここ見てみ。
俺は依頼書の一部を指差す。四つの商会で構成される
「妖精の首飾りの皆様がそうであるように、冬明けは春に向けての人の往来が増えますからね。ですから普段は普通の商品を運ぶ商会であっても乗合馬車を運用したりするのですよ」
商人は空荷を運ばない。予定していた物の買い付けが終わったとしても、馬車に空きがあれば、その場で何か適当に買い付けて空きを埋めてから出発するのだ。もちろん損する訳には行かないので、大抵は手堅いものだ。
手堅いのは農家が農閑期の副業で作る木工品。腐ることが無いうえ、その地特有の物なので他の地の方が安いということはまず無い。逆に麦なんかは相場を知らないとかなり危険だ。仕入れ値以上で売れずに損をする可能性もある。
そして冬明け限定で手堅い運搬物が人なのだろう。他の時期は都合よく空荷を埋める人がいるとは限らないが、その時期であれば臨時の乗合馬車を運用しても人が十分に集まるというわけだ。
「他に不自然な点もありませんし、良さそうな依頼ですわね。…多少、依頼料が安いですが…、乗合馬車のスペースが私達にも割り当てられています」
「…ああ。俺らみたいな存在が依頼を受けることを見越してるんだな」
俺らも生活基盤を王都に移すため、ギルドに預けている荷物などを移動させる必要がある。通常の護衛依頼なら荷物をそこまで持ち込めないが、この依頼なら多少の大荷物になっても問題ないだろう。
「それでは受注の手続きを…、ついでに王都のギルドへの移籍届けも作製しておきましょう」
そう言ってリンキーさんは事務処理を続けていく。既に話を通していたためか、手早く書類が用意されていく。そしてそれを封筒に納めると、蝋をたらして封蝋をそこに押し付けた。
「ではこちらを王都のギルドに提出してください。…本当は、護衛依頼は領都からの発注になるのですが…、アウレリアからの移籍としておきました。王都でもアウレリアの名前は通じますので箔となるでしょう」
リンキーさんは微笑みと共に封筒を俺に渡してくれる。
「さぁ、王都に言ってネルカトル育ちの狩人の強さを見せ付けてくださいね」
鼠騒動で一時は冷え切った彼女の視線は、いつものように暖かいものへと戻り、俺らの旅立ちを祝福してくれていた。
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