第151話 今後の計算

◇今後の計算◇


「あら、みなさんで勉強会ですか。熱心ですね。他の狩人もこのぐらい勤勉だといいのですが…」


 狩人ギルドの講習室を間借りした俺らにリンキーさんが声を掛けてくれる。階下では先ほどまでは狩人達が騒ぐ声が聞こえていたが、依頼に出発したのか漸く静かになってきている。リンキーさんも、朝方の忙しい時間帯を超えたため、休憩がてらにこちらに顔を出したのだろう。


「勉強っていっても、狩人の勉強ではなく受験勉強ですよ?」


「いえいえ。知識はどのような分野でも生かせますから。むしろその身一つで仕事をこなす狩人にこそ知識は必要です」


 リンキーさんが諭すように俺にそう言った。


 講習室の中は静まり返っており、窓の外の訓練場から狩人の声が遠巻きに聞こえてくる。勉強会をするにあたって、狩人ギルドの講習室を借りるのはいい選択だったといえるだろう。宿は全員で勉強するには手狭で、今のように机の上に参考書を広げることはできないだろう。


 他にも、教会や流浪の剣軍のクランハウスを借りるという選択肢もあったが、不用意な貸しを作ってしまう。前者はちょっとした肉体労働のお手伝いで済むだろうが、後者に至っては、貸す代わりに何かしらの厄介事を押し付けられる可能性がある。


「あら?ナナさん。そこの計算間違っていますよ?」


「えぇ?嘘…!?…本当だ。何でこの数字が出てきたんだろう?」


「あまり焦らず、途中計算をしっかりと書いて解いたほうが間違えずに済みます。間違えたときも再計算が楽ですしね」


 リンキーさんがナナの解いていた計算を指差して間違いを指摘する。ナナはメルルの指摘したとおり、数学が苦手なようだ。公式などは覚えているのだが、いかんせん計算にミスが多い。こればかりは量をこなして計算間違いを減らしていくしかない。


 そして意外にもメルルもナナと同様に数学を苦手としているらしい。今はナナと並んで計算問題を解いている。そして、その計算問題を作成したのはタルテだ。ためしにとやってみた過去の入学試験問題を解いてみたところ、タルテはほぼ全問正解。勉強の必要無しとして、ナナとメルルの勉強を手伝い始めたのだ。


 …俺は数学は高得点で有るもののタルテに負け、地理や歴史は目も当てられない状態だ。現在は地理の参考本を読んでは、タルテお手製の問題集を解いている。


「なるほど、この国も一応海に面しているんだな…」


「ハルトさん…。それも知らなかったんですね…。普段が博識なので意外です…」


 俺の呟きにタルテが答えてくれる。俺らが普段使っている塩が岩塩だったので内陸国だと思っていたのだ。粉上の海水塩のようなものも出回っているが、それは岩塩の鉱脈に水を流し込み、その水を窯炊きして塩を作り出したものらしい。


 俺が地理で知っているのはネルカトル領を中心としたもの程度だ。ネルカトル領は北東から北に向けて魔境という未開の地を抱え、西にはガルム帝国と接している。この国境地帯と北東の未開地の向こう側が亡国カーデイルの旧領土と言うわけだ。


 残りで知っていることは南西の方向に王都があるということだろうか。この参考書によると、その王都の更に南に港があるらしい。この国の北方にも海はあるらしいが、北はまた別の国であり海に面してはいない。つまり、北側の未開地である山脈をずっと東にたどっていけば、北方の国との国境が見えてくるというわけだ。そして北の未開地はその国にも跨って北の海まで続いているらしい。


「うへぇ…入試には各地の特産品まで出てくるのかよ…。これならもっと早めに旅立って体験してみるべきだったな」


 物流の乏しいこの世界は遠方の品物を手軽に入手することはできない。とくに生鮮食品ともなると実際に足を運んで味わったほうが早いだろう。俺は資料を眺めながらその地の情報を頭に入れていく。…海はそのうち行こう。魚が食べたい。


「あぁ、そういえば皆様。勉強中に申し訳ありませんが、王都には何時頃向かう予定か教えていただけますか?このまま行けば銀級になれますから、望めば護衛にねじ込めますよ?」


 リンキーさんが俺らに訪ねる。まだ冬支度が始まったばかりの季節ではあるが、何もリンキーさんの疑問は時期尚早と言うわけではない。王都までの道のりは半月近く掛かるうえ、日程どおりに進めるとも限らない。受験に確実に間に合わせるために早めに出立するというのも良くある話だ。


 更に言えば、近隣の村や街への護衛依頼などと違い、王都までの護衛依頼など都合よく存在はなしない。王都まで手を広げる商会は規模も大きいため、大抵は馴染みの護衛がいる。といっても、規模が大きいため、手を回しておけばねじ込める枠もあるというわけだ。


「…ハルト。あの移動手段で移動するつもり?」


 ナナが小声で俺に尋ねる。ナナの言う移動手段とはハンググライダーのことだ。ハンググライダーは依然使ったときから更に改造を施しており、メルルの血魔法とあわせれば何とか四人乗ることができる。…が、流石に四人乗せるとかなり疲れるのだ。半日の移動でもかなり消耗する。


「俺の体が持たないから、馬車移動で考えてくれ。こっから領都に向かうのとは訳が違う…」


 無理をすればできなくは無いが、依頼などの緊急事態以外では四人乗りは遠慮したい。試験前にここから王都までの強行軍など行いたくない。


「どうします?学院に入って依頼の頻度が下がるのなら、多少なりとも稼いでおくのも手ですが?」


 メルルが俺らにそう尋ねた。そこまで躍起になって稼ぐ必要も無いが、折角の道中なのだから金を稼いで行きたい想いもある。なにより駅馬車でいく場合、交通費が掛かるため、差額を考えると結構な価格になる。もちろん、俺らだけで向かうことは夜警のことを考えると遠慮したい。


 俺は三人に視線で尋ねると、頷くようにして答えてくれた。


「そうですね。春先に間に合うようにですから、冬明けの商隊キャラバンがあればお願いできますか?」


「ええ、解かりました。予定に変更がありましたら早めにお願いしますね」


 そう言って、リンキーさんは席を立つ。どうやら休憩時間は終わりらしい。


「あ、ナナさん。そこ、また間違えていますよ」


 最後にリンキーさんはナナの計算間違いを指差してから講習室を後にした。


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