第150話 異世界で点Pは突き進む
◇異世界で点Pは突き進む◇
「ねぇ…ハルト。私、王都の学校に行ってみたいかもしれない」
ランタンの明かりがたかれ、木と石でできた宿の食堂を煌々と照らしている。目の前のテーブルに並んだ夕飯を食べながらナナが俺らにそう呟いた。すでにメルルやタルテはその話をナナから聞いていたのか、驚くことは無く俺の意見を伺うようにこちらを見詰めている。
「それは勿論構わないけど…。何か、決心する切欠があったのか?」
俺はナナに尋ねる。大方予想はついてはいるが、ナナの気持ちはしっかりと把握しておきたい。
「それはまぁ…、グルカさんに領府は頼れないと言われてしまったしな…」
ナナが少し悔しそうにしながらそう呟いた。確かにグルカさんは領府のことを悪しきように語っていた。税を納めているのに、野盗からも自分自身で身を守る必要があるとなると庇護されているとは感じないのだろう。
…しかし、領府の立場に立ってみれば、辺境の村に兵士を在中させるほどの予算は無い。むしろ、村から得た税を有効活用させることで、領内の経済活動の発展や、非常時のための食糧備蓄など、遠まわしであるが村のためになることに手を施している。
つまりはお母さんに奪われたお年玉状態なのだ。あなたのために使うからと言って奪われたものの、それが実際に自分のために使われているかは解からない。
…冷蔵庫や電子レンジなど、子供が直接使わないものが新しくなったりすることもあるが、その恩恵にあずかってないとも言い切れない。
「後は、ノンナさんが言ってたことかな。そう、別の選択肢を作って起きたいって思ったんだ。…私は将来、領府に携わるつもりは無いのだけれど…、それでも何が有るか解からないからね。そのときに備えて手札を増やしておきたいんだ」
少し真面目なことを語ったためか、ナナは恥ずかしそうにしながらも、意思の強い目でそう言い切った。ナナは、すぐさま照れていることを誤魔化すためか、皿に乗ったステーキをフォークに刺して口へと運んだ。
「じゃあ、来春は王都ですか…!?私…、王都は初めてなんです…!」
タルテが楽しそうにしながらそう呟く。その顔は修学旅行前の学生のようだ。
「俺も初めてだな。そもそも、ネルカトル領から出たのが数えるほどだ。…王都の飯は美味いところが多いと聞いているから、少し楽しみだな」
俺は夕飯を食べながらそう口にした。辺境に接するネルカトル領は自然豊かな環境ゆえに食材に富んではいるが、王都はそんな食材が各地方から集まって来ている。
「三人とも…、楽しみにするのはいいのですが、何かお忘れじゃありませんか?」
メルルがそう言って俺らに鋭い視線を向ける。メルルが何に釘を刺したのか解からず、俺らが首を傾げると、溜息と共にメルルが席を立つ。
「お勉強ですよ。お勉強。ちょっと待っていてくださいまし」
夕食を中座して、メルルは早歩きで自身の部屋に向かう。ものの数秒で戻ってきたが、その手には何冊もの書籍が抱えられていた。メルルはテーブルの上の料理を脇に寄せると、その書籍をそこに積み上げた。
「ご存知だと思いますが、王立学園には入学試験があります。今頃他の受験生は受験勉強中でしょうね。…タルテも、私が推薦状を用意いたしますが、合格できるほどの勉強をしておきませんと入学してから困りますわよ?」
メルルはそう言って俺らに厳しい目を向ける。…彼女は依頼の合間であっても少しずつ受験勉強を進めていたが、俺らにはそれは無い。…ナナは幼少時に家庭教師などで学んでいるため、彼女の不安は俺とタルテに向けられているのだろう。
俺は目の前に詰まれた書籍の一冊に手を伸ばし、それを開いてみて目を通す。…どうやら、過去の入学試験の過去問題集らしい。
「なになに…、点Pは下図に示す正方形ABCDの辺上を、AからB、Cを通ってDまで毎秒1cmの速さで動く。点PがAを出発してからx秒後の△APDの面積をyとするとき、xとyの関係を式に表しなさい。……意外と難易度が高いな」
マジかよ。異世界でも点Pは移動するのかよ…。
「その問題は特に難易度が高いものですが、それでも勉強もせずに解ける問題はございませんわ」
なるほど…。数学も単純な四則演算ができれば合格という訳ではないというわけか。
…よくよく考えれば前世でもピタゴラスの定理が証明されたのは紀元前だし、地動説と天動説を騒いでいた時代であっても、星の軌道計算を行っていたのだから、この世界でも数学史はそこそこ進んでいるのだろう。
大学数学であり、世界で最も美しい数式と言われるオイラーの等式も文明的には今頃じゃないだろうか…。そういえば江戸時代の寺小屋でも数学のレベルはかなり高かったという話もあったな…。
心の内では地理や歴史を勉強すれば余裕だろうと思っていたが、数学なども勉強しなおす必要がありそうだ…。
「タルテは…大丈夫か?かなりの詰め込み教育になりそうだが…」
前世の知識がある俺ならば、それでも何とかなるだろう。しかし、タルテはナナとメルルのように貴族教育を受けていないし、俺のように前世の知識も無い。…メルルの推薦状で合格をもぎ取って、入学後に必死に勉強するべきか…。
「…それが、ハルト様。タルテはあまり心配する必要が無いようです。…タルテ。現王法において要である王権を明文化したのは?」
「ふぇ…?三代前のレスガルヘルト王ですよね…?」
「人の活動時間を大きく伸ばしたとされる魔道灯の発明者は?」
「コレイア・ネムルスカーソンさんです…!ですが、本当の発明者は別にいるとのもっぱらの噂です…!」
「一から百までを全て足すと?」
「5050です…!101が百個でその半分と考えたほうが早いですね…!」
俺とナナが絶句してタルテを見詰める。王様も発明者も俺は知らないが、メルルの表情を見る限り正解のようだ。
「え?…タルテちゃん…勉強できるの?」
驚愕のためかナナが失礼な文言で質問をする。
「えへへ…。里や教会では小さい子の先生もしていたので…。それに教会は本も読み放題だったのでいっぱい勉強しました…」
タルテは嬉しそうにしながらもそう答えた。もしかして…タルテが一番賢い?
「いいですか?これからは依頼の時間以外は勉強に回しますからね。…ナナ。あなたは数学がかなり苦手でしたわね。決心したのですから、しっかり学んでもらいますわよ」
そういってメルルは俺とナナにそう宣言した。ナナは相当数学が嫌なのか、渋い顔をしながら小さくハイと返事をした。
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