第149話 朱に交われば赤くなる

◇朱に交われば赤くなる◇


「いやぁ。皆さん、今回は本当にお世話になりました。…本当に野盗の討伐も依頼内任務の扱いで報告して頂いていいのですか?」


 辺境都市アウレリアの街門にて、ポレロさんと握手しながら別れの挨拶を交わす。夕方前の街門は街に入る狩人や商人でごった返しており、人々の顔には疲れや達成感などがない交ぜになった表情が浮かんでいる。


「ええ、あれぐらいならば身を守る範疇です。…ただ、僕らはいいのですが、狩人ギルドが何と言うかわかりませんよ?」


 ポレロさんとの間に交わされた依頼は大規模な野盗の討伐や、村の警備は含まれていない。本来であれば追加で依頼料が発生する案件だ。といっても、その辺は狩人ギルドの裁量に任されている。依頼内任務での報告は、妖精の首飾りは今回の件についてはそこまで拘らないとの意見をギルドに示すことにしかならない。


 あまりにサービスをしすぎると、他の狩人が活動する際にサービスが悪いと問題になる。ある意味、武力を売りにする俺らが無償で腕を振るうのは、狩人ギルドにとっては、商品の横流しをされることと同義なのだ。だからこそ、幾ら俺らが気にしないと言っても、狩人ギルドが追加の依頼料を請求するのだ。


「それでは皆様がた、また機会があればよろしくお願いします」


 そう言って、ポレロさんは商業ギルドに向けて街道を進んで行く。俺らも街の中に向けてゆっくりと足を運ぶ。俺らの帰還に気が付いた顔なじみの狩人が手を挙げて挨拶し、俺らもそれに手を挙げて答えた。


「ハルト、この後は真っ直ぐ狩人ギルドに行く?」


「そうだな。農家と幼子の守り犬カペルスウェイトのスケッチも提出したいしな。俺だけいれば十分だし、三人は宿を取っておいてくれよ」


 この前、狩人ギルドで魔物のスケッチを描いた際に、以降も描けば買い取ってくれるとの話を受けている。討伐対象になることが無い農家と幼子の守り犬カペルスウェイトの資料に価値がつくかは解からないが、駄目もとで聴いてみるつもりなのだ。


「解かりましたわ。ご報告の方、お願いいたします」


「遅くなるかもだから、先に公衆浴場にでも行っててくれ。流石にそろそろ湯船が恋しいだろ?」


 三人とも女性だからか長湯の傾向がある。先に行っててもらえれば、ちょうどいい塩梅だろう。タルテが湯船を作り、メルルが水を集め、ナナが沸かせれば旅の道中でも風呂には入ることができるのでが、流石に護衛任務中にお風呂に入るのは憚られる。


 予定が長引いただけあって、俺らにとっては久しぶりの湯浴みだ。三人とも嬉しいのか多少上機嫌になる。


「んじゃ、さっさと報告してくるよ。宿の手配よろしくな」


 そう言って俺は三人と別れ狩人ギルドに向かって足を運んだ。



「凄いですね。またも特殊な個体に遭遇したのですか…。持っていますね」


 俺の報告書に目を通しながらリンキーさんが呆れたようにそう呟いた。夕暮れ時の忙しい時間帯だが、特殊な案件の処理に該当しているため、時間を掛けてリンキーさんが対応してくれている。


 ギルド内は仕事終わりの狩人の体臭や、併設されている酒場の料理の臭い等、様々な臭いが充満しているため、俺は受付周りの空気だけでもと魔法で換気する。空気が変わったのを感じたのか、他の受付嬢の方が手振りでお礼を言ってくれる。


 人気の受付嬢を独占しているためか、周囲からうらやむような視線を注がれるが、俺は弟ポジションと思われているため、そこまで敵意に満ちた視線は無い。


農家と幼子の守り犬カペルスウェイト…。なるほど、村の女の子に憑いている訳ですか。それならばあの村の収量も上がりそうですね」


 農家と幼子の守り犬カペルスウェイトは一種の土地神めいた存在だ。村に恵みを齎し、幼子を守る守護妖精。豊穣の効果はささやかなものではあるらしいが、それでも小さな村にとっては馬鹿にならない効果だ。言ってしまえば農村限定の座敷ワラシだ。


「スケッチも…よくここまで描けていますね。近場で見れたので?」


「近場どころか、目の前で女の子と戯れていましたよ。こっちが要望すればポーズもとってくれました」


 本来は牧羊犬などにしれっと混ざっている存在で、遠巻きに人の暮らしに交わる存在だ。ペスカは妖精化により生まれた固体であるため、あそこまでメニアに懐いているのだろう。


「妖精化という特殊な個体ではありますが、農家と幼子の守り犬カペルスウェイトの生殖器を描いた資料なんて、恐らく世界でも数えるほどですよ…」


 リンキーさんは俺の描いたペスカのセクシーなスケッチをまじまじと見詰めている。あまり期待はしていなかったが、意外と評価してくれているようだ。学術的な価値を見出してくれたのだろうか。


「あとは野盗の処理ですが…、こちらも面倒な事態になっておりますね。…村長の息子の内通に…、あぁ、野盗の出没自体も例の調査の影響の可能性が高いわけですか…」


 眉間を軽く指で押さえながらリンキーさんは愚痴を呟くようにそう言った。磔の儀式槍スケアクロウのための広域調査が野盗の行動に影響を与えた。…狩人ギルドに責任があるわけではないが、完全に無視を決め込むと商人ギルドに隙を見せることになるのだろう。


「他の狩人や傭兵からは話は上がっていないのですか?ポレロさん…商人の方の口ぶりから判断するに、商人の間では広く知られているようでしたが…」


「…アウレリアは狩猟依頼を受ける方が大半ですからね。それに傭兵の方々は情報を秘匿しがちですので…」


 めんどくさそうな顔をしながらリンキーさんがため息を付く。…なぜだか、リンキーさんが俺を見詰める目が、エイヴェリーさんを見詰める目と似ている気がするが、恐らくは気のせいであろう…。


「そ、それじゃぁ…報告はしましたので…。今日はこの辺で失礼しますね…」


 俺は足早に狩人ギルドを後にした。


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