第147話 農家と幼子の守り犬
◇農家と幼子の守り犬◇
「へ?んじゃ逃げ出したんですか?」
正直言って、非戦闘員のコルタナが逃げ出したところで大した脅威には思えない。しかしそれにしては妙に防衛拠点が混乱している用にも思える。俺は状況を確認するために、風を纏って石壁を駆け上る。身軽なハーフリングにとって、こんな壁はあってないようなものだ。
「…!?あの糞野郎…!」
石壁の上に身を乗り出して防衛拠点の中を見渡すと、何故ここまで混乱しているのかがわかった。
「コ、コルタナさん…!メニアちゃんを放してください!」
「うるさいッ!いいからもっと下がれ!」
コルタナは目を血走しらせながら、ナイフを片手にメニアちゃんを抱え込んでいる。ポレロさんはコルタナを刺激しないように遠巻きから声を掛けてメニアちゃんを離すように訴えているが、興奮したコルタナには届いていない。
「おい、小僧。なんか魔法で解決できないか?」
「流石にそこまで万能じゃないです。メニアちゃんを無傷でとなると…」
俺は周囲を観察する。篝火が倒され、散らばった薪が地面で燃え盛り、辺りを照らすと同時に、村人達とコルタナを別つ壁となっている。
ナナに頼んで先ほどと同じように火を消してもらい、その暗闇に乗じて襲うか…。あるいはタルテの石飛礫でコルタナをピンポイントで狙うか…。どちらも、確実に安全とはいえない手段が故に躊躇してしまう。
メルルの血魔法であれば、隙を着いて瞬間的に拘束することも可能であろうが、彼女は現在、野盗の拘束に意識を割いているため、あまり頼ることが出来ない。
「コルタナ…!馬鹿なことは止めな!何を考えてるんだい…!」
ポレロさんに続いてノンナさんがコルタナに向かって叫ぶ。彼女のその手は血に濡れており、後ろには鼻から血を流して倒れているダンクスの姿もある。コルタナを開放したからか、それを咎められてノンナさんに殴られたのだろう。
「ボ、ボクの……ボクのそばに近寄るなああーッ!!!」
「やめて…!痛い…!」
コルタナがメニアちゃんを引き摺るようにして、防衛拠点から外に移動する。自警団の男衆がコルタナを囲むように動くが、メニアちゃんの存在により、一定以上近づくことが出来ずにいる。
「ハルト…。どうする?このまま見逃す?」
「そうだな…。無理してメニアちゃんを傷つけるよりは、見逃したほうが良いだろう…。さすがに奴もこのままずっとメニアちゃんを連れまわすとは思えない…」
コルタナが冷静な状態とはいえないため不安が残るが、メニアちゃんを人質に取ったのは逃走のためだろう。このまま村の外れに行けば開放される可能性が高い。そして後から一人になって村の外に逃げ出したコルタナを山狩りすればいい。
最悪はメニアちゃんを人質にしたままの立て篭もりやポレロさんに馬車を引かせての逃走だが、そうなればそのときに対応すれば問題ないだろう。
厄介な状況だが、解決の道筋はちゃんと残っている。
「おい…。あまり刺激するな。…お前らは野盗の捕縛を続けろ…」
グルカさんも同じ結論に達したのか、自警団を下がらせる。
「クソッ…!なんでボクがこんな目に…!」
コルタナは俺らを睨みながらも、村の端へとゆっくりと移動していく。そして篝火の明かりの届く境界へと到達した。
既に俺らとは大分距離が離れている。俺は気付かれないように暗がりに身を潜めて、何かがあれば即座に対応が出来るように近づいていく。
「!?おい…。ここでお前が出てくるか…!?」
俺は索敵のために展開した風で、メニアちゃんとコルタナに向かって高速で接近する影を捉えた。てっきり森の中にいると思っていたが、村の近くにまで接近していたとは…。
「グルゥウ!バウ!」
「ガァ…!?なんだコイツ!?」
暗がりから飛び出て来て、コルタナに噛み付く一匹の老犬。メニアちゃんを掴むコルタナの腕にその牙を深く突きたてる。
「ゥゥゥゥウウウウゥゥゥウウ!!」
「痛い!やめろ!おい!!」
「ペスカ!?やめて!ペスカが死んじゃう!!」
ペスカはコルタナに噛み付いたまま馬乗りになるものの、コルタナが反撃するようにペスカの身体にナイフを突き立て、一人と一匹は血塗れになって行く。
メニアちゃんはコルタナの束縛から逃れたものの、傷つくペスカを助けようとコルタナに縋りついた。
「離せ!この馬鹿犬!!」
「やめて!やめて!死んじゃう!死んじゃうよ!」
再び勢いをつけてナイフを突き立てようとしたのだろう。ペスカから引き抜いたナイフを掲げたコルタナの腕を、俺はすれ違うようにして斬り飛ばした。
「あ?ひぎぃ!?手が!ボクの手が!?」
「ペスカ!ペスカァ!」
「この糞坊主!なんてことしやがって!」
俺に遅れて駆けつけたグルカさんがコルタナを押さえつける。コルタナは狂ったように暴れるが、片腕しかない状態では禄に抵抗することも出来ずに拘束されていく。
ペスカは大量の血を流し力が抜けたように蹲るが、それをメニアちゃんが抱きとめた。
「メニアちゃん…!ペスカを私に見せてください…!」
ペスカに縋りつくメニアちゃんにタルテが駆け寄る。ナイフが突き立った場所が不味かったのか、あたりには夥しい量の血で濡れている。
「クゥゥン……」
「ペスカ…!ダメ…!死んじゃだめ…!ひとりにしないで…。ペスカが死んじゃったら…また私、ひとりになっちゃう…」
「…これは…。ああ…」
メニアちゃんの細い腕に抱かれて、ペスカは荒い息を吐いている。タルテは寄り添うようにして光魔法をペスカに施すが、その反応は芳しくない。
「タルテ…。ペスカの傷は…」
俺がそう尋ねるとタルテは小さく首を横に振るう。
「魔法抵抗が異様に高いんです…。それに…この量の血は…致死量を越えています…」
「ウソ…!?ウソでしょ…!?ひとりにしないでぇ…」
タルテは懸命に魔法を施すが、ペスカの容態は一向に向上しない。
ペスカは力を振り絞るようにして顔を上げると、涙を流すメニアちゃんの頬を慰めるように舐めた。
ナナもメルルも掛ける言葉が見当たらず、泣きじゃくるメニアちゃんを見詰めている。
段々とペスカの呼吸が小さくなっていく。血を洗い流すようにメニアちゃんの瞳から涙が流れていく。
「待って…。なにか…、何かおかしいです…!?」
タルテが治療の手を止める事無く、そう言葉を放った。すると、タルテの光魔法の光とは別に、小さな蛍火のような光が周囲からペスカに向かって集まっていく。
「何…これ…」
「この光は…タルテの魔法じゃ…無いんだよね…?」
ペスカに集まる光はどんどんとその量を増していき、その周囲を柔らかく照らす。…俺は似たような光を見た記憶がある。…始まりの地に向かう途中、
「まさか…。嘘だろう?」
「ハルト?これが何か知ってるの?」
ナナが俺に向かって尋ねる。噂話程度でしか知らないが、光を宿すペスカの様子を見れば推測できる。先ほどまで死に掛けていたペスカだが、既に死の気配は消え去っている。
「妖精化だ…。そんなものをこの目で見れるとは…。ペスカはもうただの犬じゃない。妖精犬…、それも
俺の言葉に答えるように、光を纏ったペスカが小さく吠えた。
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