第146話 人は城、人は石垣、人は堀
◇人は城、人は石垣、人は堀◇
「おい!何が起きた!なんで松明がいきなり消えるんだよ!」
「知らねぇよ!いいからあの篝火に向かって進め!ここまでくりゃ松明はいらねぇだろ!」
いきなり消えた明かりに野盗達は戸惑ってはいるものの、前方の村人達が集う村長宅には誘蛾灯の如く篝火が焚かれている。野盗達は足並みは多少乱れたが、その篝火に向かって暗闇の中を進み始める。
「あれ?ばれなかったね。てっきり戦闘になると思ったけど…」
俺の横でナナが残念そうに呟く。どうやらひと暴れしたかったようだが、当てが外れたようだ。一斉に松明が消えるという不可解な現象ではあるが、言ってしまえばそれだけだ。魔法によるものだと気が付く野盗もいないし、首をかしげながらも前方の篝火にむかって進んで行く。
「まぁ、家屋の延焼を未然に防げたんだし、第一目的は達成だ。…あとは、後ろから少しずつ削っていくか」
俺は音を消して、野盗達の後ろに回りこむ。…暗殺者というと、闇っぽいイメージが有るが、最も適しているのは風魔法使いだ。暗闇でも周囲を把握し、音を消して忍び寄る。
一番後ろを歩いている野盗に飛び掛り、引き摺り倒すようにして首を絞める。
「がぁっ!?なんだ…!?あがぁ…ぁぁ…!?」
野盗は暴れるが、俺が風壁を張っているため、その音は他の者には届かない。酸欠によって意識を失った野党を、今度はナナがすぐさま縛り上げる。殺したほうが手間は無いが、生け捕りのほうが報奨金が高いため、念のために生かしておくのだ。
「よし、次の奴を取ってくる。ちゃんと縛れてるか?」
「うん。まぁ、あまり見えてはいないけど、縛るぐらいなら手探りでできるよ」
俺は忍び寄って再び最後尾の野盗を手に掛ける。そして締め上げてはナナに引き渡して拘束していく。違和感に気が付いて振り向く野盗もいるが、俺らの姿は闇が覆い隠してくれるため気付くことは適わない。
「お、おい…!トーマス…?トーマスがいねぇぞ!」
「あん?前の方に行ったんだろ。暗いんだからあまり暴れるんじゃねぇよ」
不安がる野盗もいるが、全体を見渡せていないために異常事態だと判断ができていない。俺とナナは着実に野盗の人数を後方から削っていく。
「ハルト。意外と捕らえたれたね」
「ああ。だけどそろそろ、潮時だ。これ以上は流石にばれる」
すでに防衛拠点にだいぶ近づいているため、篝火の明かりで照らし出されてしまう。俺とナナは建物の影に隠れて身を潜める。…別にばれたところで戦闘になるだけなのだが、できればナナとメルルで二面作戦を取りたい。
「おい!居やがった!女の狩人だ!あの小僧、しくじりやがった!」
「別に良いだろ。あんなもん保険だ保険。むしろわざわざ向こうから出て来てくれたんだ。もてなしてやろうぜ」
前方から野盗の怒号が響く。俺の願いが通じたらしく、とうとう先頭の野盗達が二人と接敵したらしい。そして何拍かの後、怒号と悲鳴、剣戟の音が聞こえてくる。
「ナナ。戦闘が始まったようだ。俺らも仕掛けるぞ」
「うん。このままじゃ私、火を消しただけで終わっちゃうもん」
俺とナナは物陰から飛び出して、防衛拠点を攻める野盗を後ろから襲い掛かる。残念ながらここまできたら捕らえて拘束する暇は無い。背後を見せてこちらを警戒していない野盗をナナとともに切り伏せていく。
「あっ…!」
「クソッ!おい!こっちにも居やがる!シミュラ!後ろだ!」
挟み撃ちに気が付いた野盗が向き直るが、すでに袋の鼠だ。左右は家により塞がれており、片方には俺とナナ、もう片方にはメルルとタルテが布陣している。逃げ場の無い野盗が端から削られていく。
「畜生!一旦退け!立て直すぞ!」
「退くってどっちに行けばいいんだよ!押すんじゃねぇ!」
既に野盗は抵抗するというよりも、何とかこの場を凌ごうと逃走経路を探し始めている。始めからできていたかは怪しいが、集団としての統率が破綻しているため、俺とナナは多人数相手であっても、余裕をもって戦うことができている。
「この前の骸骨達と比べれば…!まだマシな部類だね…!」
ナナがテレムナートでのことを引き合いに出す。あの骸骨達は戦場並みの密集度であった。あれに比べれば、野盗の小集団など随分楽な部類だろう。
「あ…!ハルトさん…!ナナさん…!ご無事でしたか…!」
瞬く間に野盗達は倒されていき、とうとう野盗の向こう側にメルルとタルテの姿が見えるようになった。もう残っている野盗は僅か数人だ。
「なるほど、人は石垣とはこう言うことだったのか…」
野盗達はタルテの魔法で作り出した石壁にたどり着いてすらいなかった。なぜなら、メルルの血魔法で拘束された野盗が積み重なっており、人間石垣となって他の野盗の進入を拒んでいるからだ。前世で人は石垣といった武将がいたが、似たような戦法を取ったのだろう。
「さぁさぁ。悪い子はどんどん仕舞っちゃいましょう」
「おい!何だよこれ!?ま、魔法か!?」
メルルが血魔法で野盗を拘束し、それをタルテが人間石垣に積み上げたり、邪魔にならないように堀の中に投げ落としていく。…そういえば人は堀とも聞いたことがある。恐らく、こういうことなのだろう。魔法使いといえども、前世の兵法から学べるものがあると実感する。
「おいおい…まさか自警団の出番が無いとは思わなかったぞ…」
石壁の上からグルカさんが顔を覗かせて戦況を確認する。彼の眼下では、今まさに最後の野盗がメルルによって拘束される。風で広範囲を再度確認するが、潜んでいたり、別方向から攻めようとしている存在も確認できない。あっけないが、これで戦闘終了である。
「グルカさん。出番ならありますよ。魔法で一時的に拘束してるだけですから。人員を回してください」
「あ、ああ。解かった…。おい!縄もって表でろ!心配しなくても全員のされてやがる!」
グルカさんが声を掛けると、突貫で作った木製の門が開かれて、中から男衆が現れる。彼らのためにタルテが上空に明かりを灯すと、暗がりの中で呻いていた野盗達がいっせいに露になる。その様相に男衆は驚くものの、なんとか手分けして野盗を縛り上げ始める。
「ナナ。死体の方は俺らで村の外に運ぼう。流石に村人は慣れてないはずだ」
「それもそうだね。…この場はメルルとタルテに任せようか」
俺がナナにそう声を掛けると、ナナは同意しながら、明かり代わりの火球を頭上に浮かべた。俺らは息を引き取った野盗を担ぐと、それを村の外に運び、帰りに闇討ちした野盗を回収していく。
「これだけの数を生け捕りだと、領兵に連絡して引き取ってもらったほうが良いな…」
「そうだね。となると、タルテちゃんにお願いして牢屋を作ったほうが良いかな」
そんな会話をしながら、再び防衛拠点の前に戻るが、何故だか防衛拠点が妙に騒がしい。風を展開するまでもなく、石壁の向こうから怒声が聞こえてくる。
「!?どうした!何があった?」
俺は急いで駆け寄り、メルルやタルテ、作業をしていた男衆に尋ねる。
「ダンクスの野郎が、コルタナの拘束を解きやがった…!」
俺の質問に、グルカさんが苦虫を噛み潰したような顔でそう答えた。
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