第145話 夜討ちは暗闇に限る
◇夜討ちは暗闇に限る◇
「おい…!何があった!こんなときに諍いとは穏やかじゃねぇな…」
コルタナの怒鳴り声を聞いたのか、グルカさんがきつい目付きでこちらに歩いてくる。だが、俺らの反応が硬いことに気が付き、より一層目を険しくした。
「どうやらコルタナの坊主が失礼をかましたってだけじゃないようだな…」
「人様に麻痺薬を飲ませないのがマナーであるならば、失礼程度で済みますがね。…一応聞いておきますが、この村ではそんな文化がおありで?」
俺の言葉を聞いてグルカさんが地面に零された果実水に目線を配る。そして杯を手に取ると、残っていた果実水の臭いを探るように嗅いだ。
「おい…。…コルタナ。…何か申し開きはあるか…?」
臭いで判別したのか、グルカさんは残りの果実水を捨て去ると、地面に押さえ込まれているコルタナに近づいてそう尋ねた。怒りによるものなのか、彼の額には血管が浮き出て小さく震えている。
「グルカさん…!こいつらを拘束してくれ!話はそれでついている!こいつらを引き渡せば村は無事なんだよ…!」
土で顔を汚しながら、コルタナは唾を飛ばすようにしてそう叫んだ。その言葉を聞いてコルタナが何を企んでいたのか得心が言った。
こいつは野盗と取引をしたのだ。狩人を引き渡すから村を襲わないと。
勿論、そんな取引が守られるとは思えない。妖精の首飾りの女性陣が美人揃いだから取引材料になると思ったのだろうが、状況から判断するに、今回の野盗は女より食料だ。十中八九、こちらの戦力を落とすための方便だ。
「わざわざ野盗と話をつけたんだぞ…!危険を顧みずに!こいつらを引き渡せばこんな村を手にかけず他に行くと言ったんだ!」
「…この馬鹿野郎がっ…!そんな与太話を信じたって言うのかよ…!」
グルカさんの顔が真っ赤に染まる。うちの女性陣も冷ややかな視線を注いでいたのだが、あまりの間抜けな言い分に珍獣を見るような視線に変わっていく。
「すまねぇ…。村のもんが迷惑をかけた。…こいつは事が済んだらアウレリアの衛兵に受け渡す。…おい!コルタナを縛り上げろ…!コイツは野盗と内通していた…!」
俺らに向かってグルカさんが頭を下げる。そして、遠巻きに見ていた自警団の人間に声を掛けて、コルタナを拘束していく。衛兵に突き出すという言葉を聞いて、コルタナは顔をさっと青くする。
「良く考えれば、わかるはずなのに何故こんな事を…」
「恐らく、悪意に触れた機会が少ないのでしょう。…それでもこんな風になるのか疑問は残りますが…」
ナナが呆れたように呟くと、それにメルルが答える。
「おい…!止めろ…!こいつらを差し出せば助かるかも知れないんだぞ!どうせ今のままじゃ村が滅ぼされる!こいつらは村のもんじゃないんだぞ!」
抵抗するようにしてコルタナが叫ぶ。俺らに対する信頼度がいやに低い。傭兵や狩人は土壇場で裏切るとでも野盗に言われているのだろうか。
自警団は躊躇しながらも、一応はコルタナを縛り上げた。まさか、野盗がやってくる前に村人、それも村長の息子を拘束するとは思わなかっただろう。
「はぁ…。どうするかな。とりあえず、コルタナはそこの木にでも縛り付けておけ。…俺は村のもんに説明してくる…」
グルカさんは自警団へと指示を出すと、眉間に手を当てながら、悩ましげにそう呟いた。
しかし、どうやら村人への説明会を開いている暇は無さそうだ。…俺は索敵範囲に何者かが侵入したのを感じ取ったのだ。
「グルカさん。…どうやら、彼のお友達が来たようです。村の正面から真っ直ぐこちらに向かって来ています」
「クソ…!?おい!警鐘を鳴らせ!見張りの奴らはそのまま待機で、戦闘組はこっちに集合しろ!」
グルカさんの号令とともに自警団が動き始める。…村長は寝込んでおり、息子はこんな体たらくであるが、自警団はしっかりと動いている。…ある意味、軍権を掌握しているグルカさんがこの村の真の支配者なのかもしれない。
俺は石壁に飛び乗り、夜の闇の中で目を凝らす。そして俺に続くように女性陣も石壁の上に身を躍らせた。
「うわぁ…。松明片手に夜襲とは、隠れる気は無いみたいだね…」
「ああ、風で確認する限り二十名以上はいるな。松明の数もそんなもんか?」
村の入り口から幾つもの松明の明かりがこちらに向かって進んで来ている。コルタナから俺らの話しが伝わっているのに、ここまで堂々と攻めてきてる辺り、完全に舐めてかかっているのだろう。
「ハルト様どうしますか?私やタルテの魔法ならここからでも仕掛けられますけど…」
「そうだな…。下手に攻撃をすると、延焼する恐れがあるしな…。まずは奴らの周囲を夜の闇に戻すか」
俺はそう言うとナナに目配せをする。
「それは構わないけど、流石にこの距離は厳しいかな?向こうまでエスコートしてくれる?」
「あぁ。メルルとタルテはここで防衛を頼む。俺とナナでまずはかき乱してくる」
そう言って俺は堀を跳び越すようにして飛び出した。ナナも俺に続いて隣に着地する。
「二人とも、程ほどにしてちゃんと戻ってきて下さいね。外に逃げられると面倒ですわ」
「ああ。こちらに追い込むようにするからな。むしろ二人の方が危険だから気をつけて」
メルルにそう言い返すと、俺とナナは夜の闇に溶け込むようにして先に進んで行く。星明りしかない暗闇だが、俺は風にて地形を把握することができる。ナナも俺に手を引かれることで、迷う事無く足を運んでいく。
「うん。ハルト。ここらなら大丈夫だよ。ちょっと時間は掛かるけどね」
野盗の近くまで忍び寄ると、ナナがそう言って魔法を構築し始める。…野盗が夜襲を仕掛ける場合、最も気をつけることは放火であるのだが、俺らはそこまで放火を警戒してはいない。メルルの水魔法もあるし、何よりナナの火魔法があるからだ。
火魔法が燃費が悪いと言われるのは、風魔法などは周囲の物質を操れば済むのだが、火魔法は炎を生成する必要があるからだ。
勿論、周囲に火が焚かれていればそれを操ることができる。しかし、火とは連鎖的に原子が電離する現象であるがために、火だけを操作し燃焼物と引き離すと連鎖反応が発生しないのだ。
「瞳を閉じれば、そこに暗がりが灯る。…灯消しランタン」
村を進む野盗の持った松明の炎がナナの手元に吸い取られるようにして消失する。
…言ってしまえば火とは火によって絶えず産まれ、消え去るもの。ナナによって操作された火はすぐさま燃え尽きて消失する。そして松明は火と引き離されたことで、次の火が産まれず鎮火するのだ。
火魔法使いは火を操るが故にその消失さえも手の内だ。一瞬で明かりが消え去ったことで、動揺する野盗の声が俺の風に乗って耳元に届いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます