第144話 食後に毒杯を煽って

◇食後に毒杯を煽って◇


「おい!篝火を絶やすんじゃねぇぞ!こっちが警戒しているのを向こうに伝えるんだ!」


 夜の闇が辺りを包む中、村の中心部は篝火の明かりによって、薄っすらとその姿を照らし出されている。建物の中には不安そうな顔をした村人たちが身を寄せ合っている。


 本来であれば野盗が攻めてきてから、避難する予定であったのだが、俺らが翌日に山狩りを請け負ったため、一晩ぐらいならばと先んじて避難することとなったのだ。


 タルテの魔法のおかげで、予定よりも大きな防衛陣地を気付けたのも大きい。村長宅に加え、周囲何件かも塀の内側に納めることができたため、村人もスペース的にゆっくりと寛ぐことができている。


「…ハルト。皆浮き足立っているが、戦えると思うか?」


 俺の横に腰掛けたナナが神妙な顔で俺に尋ねる。


「仕方ないさ。自警団にとっては初めての実戦だろ?それも人が相手だとなぁ…」


 俺は自分が始めて人を殺したときのことを思い出す。魔物相手に剣を振るっていた俺でも、多少は高揚して冷静には動けていなかった。そのような状態でもまともに動けたのは、体が動きを覚えていたからに他ならない。こんな長閑な村の自警団であれば、体が動きを覚えるほどの訓練は積めていないだろう。


 そこはグルカさんも把握しているのか、自警団の装備は木槍だ。農兵の装備は槍であり、その槍で槍衾を作るのが常道ではあるが、これは突きだけを覚えさせれば何とか形になるからだ。単純な突きの動作であれば、少ない訓練時間でも身体に覚えさせることができる。それにリーチがあるため恐怖心も少なくて済む。


「その…確認しますけど、タルテは殺しの経験がありますか?」


 メルルが装備を確認しながらタルテに尋ねる。そういえば、タルテと行動する上でそれを確認することは無かった。俺はリーダーとして自身の失態に気がついた。


「すまん。俺が把握しておくべきだったな。ありがとう、メルル。…それで、タルテ。言い難いだろうけど教えてもらえるか?」


「ふぇ…。こ、殺しですか…。い、一応、里を出るときに…、一人前の証として…」


 タルテは悲しそうな顔をして俯きがちになりながらそう呟いた。今でも修道服を正装としている彼女は、本来は人を癒し助ける存在だ。殺しに関しては人一倍忌避感が強いのだろう。…俺は慰めるようにタルテの頭を撫でる。


「だ、大丈夫ですよ…!覚悟はちゃんと完了しています…!必要なときにはこの拳を振るうのです…!」


 そう言ってタルテは握りこぶしを作って、気合を入れるように掲げて見せた。


「うん。タルテちゃんは戦うときには戦士の顔付きになっているからね。心強いよ」


 ナナが意気込むタルテを微笑ましそうに見詰める。確かに普段は柔らかい印象を受けるタルテではあるが、戦闘中は凛とした雰囲気を纏う。ナナもそのきらいがあるが、最もその差が激しいのはタルテだ。


「おねぇちゃん…!おにぃちゃん…!おやしょく持ってきたよ…!」


 俺らに向かって、元気のいい声が掛けられる。見れば、メニアちゃんとポレロさんが蒸かし芋を入れた皿を掲げてこちらに歩いてくる。


「村の女集が夜警の者の為に作ってくれたのですよ。私が言うのもなんですが、遠慮せず召し上がってください」


「おお!メニアちゃん、ありがとう。丁度お腹が空いてたんだよ」


「うん…!わたしも作るの手伝ったんだよ!」


 ナナに頭を撫でられ、メニアちゃんは嬉しそうにそう答えた。俺らは礼を言いながら、蒸かし芋を受け取って、口に運ぶ。


「村人の様子はどうですか?あまり滅入ってなければいいんですが」


「ええ、意外と平気そうですよ。なんだかんだ言っても、体一つで村を開拓した面々ですからね」


 俺が芋を食べながら尋ねると、ポレロさんは村人の集まる家々を見詰めながらそう答えた。すると、その視線の先から一人の男がこちらに向かって歩いて来ていた。


「皆さん、芋なんかじゃ寂しいでしょう。果実水を持ってきましたよ」


 そう声を掛けたのは村長の弟のコルタナだ。コルタナは木のコップを板の上に並べると、水差し甕フラゴンから果実水を注いでいく。


「さぁ、どうぞ。あまり美味しい物ではないですが、ただの水より幾分マシですよ」


 そう言ってコルタナはコップを俺らに手渡していく。俺は芋を食べて口が渇いていたこともあり、勢い良く果実水を飲み干した。少々えぐみが有るものの中々濃い果実の味がする。少々、奮発して出してくれたのかもしれない。


「…ハルト。いくらなんでも、無警戒に…。あぁ、体質のせいで食べるものを警戒するという考えが無いんだね…」


 ナナが呆れたように俺に呟く。見れば、女性陣は誰も果実水に手をつけておらず、呆れるようにして俺を見詰めている。


「ど、どうしたのですか…?皆さんもどうぞ飲んでみてください…!」


 女性陣は、多少慌てたように果実水を薦めるコルタナを警戒するように見詰めている。


「私が味見をしますので…皆さんはまだ飲まないで下さい…!」


 タルテはそう言い、少量の果実水を口に含んだものの、味わっただけで飲み込まずに吐き捨てた。そして、すぐさまコルタナの襟元を掴むと、足払いをして地面に叩きつけた。


「ガァッ…!?」


「…ナコムベリーが入っています…!麻痺薬にも使われる毒の実です…!」


 すかさず、ナナとメルルが地面に叩き付けられたコルタナを拘束する。タルテは自身の髪に混じる蔦から一枚の葉を千切ると、それを口に含み咀嚼する。


「ハルトさんも…!念のために食べてください…!いっぱい飲んだのでいっぱい食べてください…!」


 タルテは新たに生えた葉を更に千切ると、今度は俺の口にそれを次々に押し込んだ。…タルテの頭に生える植物を食べるというと変な気分になるが、これは彼女の木魔法によって生やした植物だ。彼女は自身の摂取した毒に対する薬効を、自身の頭に茂る葉に込めることができるのだ。


 残念ながら直前に摂取した毒に限る上、限界も存在するため、万能の薬草を生やすことはできないのだが…。


「クソ…!男一人だけだと…!?」


 地面に押さえつけられたコルタナが悔しそうにそう呟く。…残念ながら俺には毒は効かない。俺はタルテの葉っぱを味わいながら、哀れむようにコルタナを見下ろす。


「それで、何でこんなまねをしたんだ?」


「ハルト様…。まんまと引っかかって飲み干した人がいっても、格好がつきませんわよ?」


 冷めた目で見つめるメルルを無視して、俺はコルタナに詰め寄った。…だって仕方ないじゃないか。父さんは訓練により、母さんは生来の耐性があるもんだから、我が家では毒草がスパイス代わりに使われることもあったんだぞ…。

 

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