第143話 平和は戦いから産まれる

◇平和は戦いから産まれる◇


「おい…!サボってないで板を運べ!夜までには仕上げるんだ!」


 グルカさんの大声が村に響き渡る。あれから村人に召集が掛けられ、野盗が近場に潜んでいる可能性が高いことが伝えられた。そのため、今は村人総出で防衛体制を整えているのだ。…ちなみに領府への手紙は、臥せっている村長をたたき起こして書かせているらしい。


 残念ながらこの村は死者の行進デッドマンズウォーキングに遭遇した村のように防衛設備が整っていない。あの村は程よく都心部と離れており、それでいてそこそこ裕福であったため、野盗に狙われやすい立地であった。その上、森もアウレリアの大森林と繋がっていたため危険度も高く、村の周囲は獣と賊から身を守るため堅牢な木柵が施されていた。


 しかし、この村は近場の森の危険度もさほど高くなく、更に言えば辺境の開拓村であるため貧乏だ。貧乏であるため防衛設備を整える余裕は無いし、更に言えば野盗もわざわざ貧乏な村を狙わない。


 碌な防衛設備が無い村は、野盗にとっても狙い目に見えるが、余裕の無い村を襲うということは即座に殺し合いに発展する。真っ当…という表現が正しいかは解からないが、真っ当な野盗であれば、まずは脅しをかけて金や食料をせびる程度で、無闇に人を殺したりはしないのだ。


 殺し合いを覚悟で村を襲ったとしても、貧乏な村ゆえに碌な儲けが少ない。更に言えば、流石に村が全滅したとなれば、領兵も動く可能性が高い。


 勿論、殺人上等の刹那を生きる野盗も存在するが、そんな突っ張った輩はもうちょっと上等な獲物を狙うだろう。


「はぁ…野盗に目を付けられるのはもうちっと先だと思ってたんだがなぁ…」


 グルカさんが俺の側に来て、頭を掻きながら愚痴を言う。村の発展具合を見るに、ちょうど今から防衛設備を整えていく段階なのだろう。


「今晩は、お前らの戦力を当てにしてもいいんだよな?」


「流石にとまっている村が襲われているのに依頼じゃないからと暢気に眠っているつもりは無いですよ。…ただ、村の全方位を守るのは難しいです」


 柵と門などで敵の進入経路を制限できるなら守りきる自信もあるが、流石に全方位となると厳しい。この村は家々が密集しているわけではないので、全周が中々広いのだ。


「ああ、それなりゃ問題ねぇ。緊急時は集会場…というか村長の家に集まることになってんだ。そこに立て篭もるから、家の周りを守れれば十分だ。今回は事前に金目の物も運び込めるから避難も直ぐに済むはずだ」


 他の家々を荒らされるのは目を瞑ると言うわけか。確かに村長の家は集会場代わりに利用されることもあるためか、全員を収容できるほど広く頑丈なつくりだ。立て篭もるにはうってつけだろう。


「ふぅむ…。ハルトさん…!あれぐらいの広さなら、私…いけますよ…!」


 タルテが立て篭もる予定の村長宅周辺を観察しながら、そう言葉を放った。


「ああ、なるほどな。ただ、あまり無理はするなよ?何かあったときのためにタルテには十全に回復魔法を使えるようになっていて欲しい」


「えぇ…。これぐらいなら、多少時間を空ければ十分に間に合います…!ちょっと軽くやって見ますから、グルカさんは場所の指示をお願いします…!」


 そう言ってタルテは前に出ると手甲ガントレットを装着した。そして、勢い良く両手を打ち付けると、そのまま手を組んで祈るようにしながら魔法を構築していく。


「…汝平和を欲さば、戦への備えをせよシー・ヴィス・ベラム・パラ・ベラム


 タルテの目の前の大地が蠢くと人の背丈を越えるほどに隆起する。隆起した分の土は手前の地面から賄われているため、同時に堀も形成されることとなる。


「おいおい、嬢ちゃん魔法使いかよ…。こりゃ、昔に見たことあるぜ。陣地形成のための魔法か…」


 グルカさんが感心しながらタルテを見詰めている。タルテが使ったのは土壁を作り出すシンプルな魔法であるが、戦場で用いられ研鑽された土壁の魔法…、つまりは堀と壁を作り出すことを目的に調整された土壁の魔法だ。


 ちなみに俺が良く使う矢避けの魔法も戦場で発達した魔法だ。いまいちパッとしない風魔法ではあるが、索敵と矢避けが使えるため、戦場では大人気である。


「そんな手札があるなら心強い。嬢ちゃん。悪いが指定した場所に壁と堀を作ってくれ…!おい!手の開いた奴は椅子でも机でも何でもいい!土壁の向こうに立ち台を取り付けろ!」


 村人に向かってグルカさんの大声が飛ぶ。見れば村人もいきなり現れた土壁に目を白黒させていた。恐らく初めて見る、それも小さな火や風をおこす程度ではなく、戦いで用いれるほどの魔法だ。驚くのも無理は無いだろう。


「こうなってくると、私達は暇ですわね。どうします?水でも堀に引きましょうか?」


 活躍するタルテを尻目にメルルが呟いた。


「流石に溺れるほどの深さは無いからなぁ。…水でも汲みに行くか?飲み水や消火用に結構な水が必要になる筈だ」


「ふぅん。じゃぁ私はその水を煮沸しておくかな。今沸かしておけば暫くは平気でしょ?」


 そう言うとナナとメルルは村人に声を掛けて壷と台車を借りると、二人して井戸へと向かっていく。メルルの魔法があれば、直ぐにでも壷に水を満たせるだろう。


「…もうそろそろ、日暮れが近いですが…、野盗は来るのでしょうか…」


 ポレロさんが不安そうに呟く。商人だけあって、夜に来る野盗の危険性を把握しているのだろう。夜に来る野盗は、確実に殺して全てを奪うことが目的だ。脅して幾ばくかの金銭を…等とは考えていない。


「ポレロさんの予想が確かなら、野盗は例の事件の調査によって長らく身を潜めていたのですよね。餓えた輩なら、無理をしてでも村を襲うことは考えられます」


 ポレロさんには悪いが、村のことを考えるなら、それこそ今夜襲ってきたほうが都合がいい。村人の緊張感が最も高く、何より俺らが居る。


 奴らが使用していた拠点を移したとなると、潜むための場所から、村を襲いやすい場所へ移ったと判断するのが妥当だ。ポレロさんがアウレリアまで戻って傭兵や領兵を引き連れて戻ってくるまで待っていてくれるとは考えづらい。


 ポレロさんは健気に防衛設備の作製を手伝うメニアちゃんを心配そうに見詰めている。自分の身を心配するのではなく、村の心配をするあたり、かなりのお人良しなのだろう。


「…そこまで心配なら、明日になったら俺らが潜んでる野盗を探しますよ。一日あれば、周囲の森の全域を調査できます。出発はその分遅れますが、構わないでしょう?」


「…お願いできますか?魔法使いと知れば、グルカさんも文句は言わないでしょう」


 俺の索敵範囲の広さを知るポレロさんは、素直に俺に野盗の駆逐をお願いしてきた。まだ見ぬ野盗の腕前は不明であるが、流石に俺らを上回っているとは思えない。今夜を乗り切れれば、こちらが勝ったといっても間違いないだろう。


 …今夜、攻めてこないといいな。


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