第142話 グルカさんの顔は怖い
◇グルカさんの顔は怖い◇
「なにそれ!そんなこと言ってきたの!?」
ダンクスから言われたことをナナに伝えると、彼女は信じられないような顔をして驚いている。
あの後、ダンクスはノンナさんに耳を掴まれ、村の奥へと引っ張られていった。どうやら、ノンナさんはダンクスの姉貴分らしい。村では年上の子が纏めて子供の面倒を見ることも多い。年齢差から推測するに幼い頃のダンクスの面倒を見たのは彼女なのだろう。
「まぁ、悪気があったんじゃないだろうが…、単純に世間知らずな野郎だった」
シンプルゆえに解決しがたい問題だ。これが権力を得て調子に乗ってるとかであれば一回痛い目にあえば治るんだが、残念ながら彼につける薬は存在しないのだ。
「弟も微妙な感じだったが、村人がそっちを担ぐのも解からなくはないよ」
「あー、ハルトは見て無いだろうけど、あっちも酷かったよ?」
俺が弟に言及すると、ナナが目を逸らして苦笑いをこぼす。
「ここに来る前に、弟の…コルタナさんでしたっけ?彼が私達のところに来たのですよ」
メルルが頬に手を当てて、溜息とともに説明をしてくれる。聞けば、兎肉をメニアちゃんの家に届けた後、コルタナが彼女達の元に訪れたそうだ。
「なんか凄い私達を引き止めていました…!もとより一泊する予定でしたが…あれは邪な邪気を感じましたね…!」
「ハルト様…、夜は私達から離れないで下さいね?どうやら羽虫が多そうですの」
「特にメルルを見る目は凄かったよね…。…まぁメルルは美人だから…」
虫除け代わりに俺を側に置いておくってことか。まぁ吝かではないが、恐らく夜は別のことで忙しくなるだろう。なんて言ったって野盗が近場をうろついているのだ。流石にゆっくり眠れるとは思っていない。
今はのんびりしているものの、野盗の話しが村に広まれば、流石に厳戒態勢になるだろう。
そんなことを考えていたからか、ちょうどポレロさんが一人の男性を引き連れてこちらの方に戻ってきているのが目に付いた。その男は長閑な村に似合わず、以外にもしっかりした体付きの目の鋭い男だ。頬には刀傷もあり、傭兵と言っても通じそうな人相だ。
「おや、皆さん。勢ぞろいで。店番をしてもらってすいません。…こちらが自警団を率いているグルカさんです。もう一度例の話をして頂いてもよろしいですかな?」
「…お前が、野盗の痕跡を見たって狩人か。すまんが詳しく話を聞かせてもらうぞ」
グルカさんが俺に向かって尋ねる。脅すつもりは無いのだろうが、グルカさんの持つ剣呑な雰囲気に空気が多少鋭くなる。
「いいですよ。こちらとしても見過ごせないですし」
俺は野盗の痕跡を見た位置、予想できる規模などをグルカさんに説明する。俺の話を聞きながら、グルカさんは顎に手を当てて深く考え込む。
「クソッ…!思いの他ちけぇ場所だな…。しかもそこから移動したとなると…。街道の方に移ったってのは虫が良すぎる予想か…」
「もし街道に移っているのなら、時間的にこの村に向かっていた俺らと克ち合わせになっているはずです。それが無かったのですから、恐らくはまだこの近辺に潜んでいるでしょう」
俺は自身の見解を話す。この村までの道中は風を使った索敵をしていたため、街道の脇に隠れていたとしても直ぐに気が付いたはずだ。流石に幾ら野盗でも街道から外れて道なき道を突き進んでいるとは考えずらい。
「ポレロさん。野盗について予測をしていたようですが…、領兵にはそのことを…?」
「いえ、ごめんなさい。ギルドの方から話は上がっているかもしれませんが、私の方から通報はしておりません」
俺がそう尋ねるとポレロさんが申し訳無さそうに呟いた。
「無駄だよ。無駄。こんな辺境に領がわざわざ兵隊を出してくれるわきゃねぇだろ。奴らは税だけとって後は何もしねぇさ」
「なっ!?助けを呼べばちゃんと討伐に来てくれるはずだよ!?」
グルカさんが領府の悪態をつくと気に食わないのかナナが食って掛かる。
「あん?嬢ちゃん、兵士に関係者でもいんのか?…いいか?良く考えてみろ。主要な街道や町ならともかく、こんな僻地の野盗なんて大した被害をだしゃしねぇんだよ。それこそ兵を差し向けるほうが高くつく。野党を野放しにするより兵を出すほうが損をするんだから見て見ぬ不利さ。誰だってそうする。俺だってそうする」
グルカさんは丁寧に説明するようにナナに言い聞かせる。…グルカさんの言っていることも一理ある。最初から達観して領府に話を挙げないのはどうかとも思うが、実際には兵を出すのではなく、補助金でも出してお茶を濁すことになるだろう。…もしかしたら母さん辺りが憂さ晴らしに乗り込んでくる可能性もあるが…。
「ぐぬぬぬぬ…」
ナナもその言い分に一定の理解があるのか、悔しそうにするも言い返せずにいる。
「それでも、全く話しを回さないのは頂けませんわ。ただでさえ領府の目が向きづらいのですから、そんなことをすればより目を向けられなくなりますわ」
「んん…?まぁ、それもそうだが…」
メルルがナナの代わりにグルカさんに忠告を入れる。と言ってもグルカさんの言い分を覆せるものではない。…領主の娘であるナナからすれば、あまり受け入れがたい事実ではあるが、こればかりは致し方ないだろう。
「ま、領府に助けを求めるにしろ、まずは守りを固める必要があるな。…その後はアウレリアにでも行って傭兵でも呼んでくるか…。あまり時間は無さそうだがな」
グルカさんはちらりと俺らを見るが、力不足と判断したのか、傭兵に話を持っていく腹積もりらしい。まぁこっちも今はポレロさんの護衛任務の最中だ。あまり村の方に注力することもできない。
「領府と傭兵ギルドには私が遣いになりますよ。…ただ、傭兵ギルドには私が依頼を出せばいいのですが…、領府に話を持っていくには必要なものが…」
ポレロさんが伝言役を買って出るが、言葉の途中で何かに気がついたのか、途端に口が重くなる。
「必要なもの…?」
「えぇ…、その…嘆願書を…。村としての正式な書類になるので…、村長が書いたものが必要になります…」
「…あいつに書かせるのか?領府向けの書類を…あの盆暗息子に…?」
グルカさんは野盗の話しを聞いたとき以上に悩ましげな顔をしてそう呟いた。
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