第141話 閉鎖社会の弊害

◇閉鎖社会の弊害◇


「なるほど…。野党がこの近くに…。…その、野盗は村を襲うと思いますか?」


 村へと戻った俺は、まずポレロさんに野党の痕跡のことを話した。通常ならば村長に話すべき内容なのだが、例の息子たちのことを考えると躊躇ってしまう。


「痕跡の規模を考えると、微妙なラインですね…。村を襲うには少々心許無い人数ですが、できなくは無い人数です。村の人に話を通すとしたら、誰が適任ですかね。…ほら、村長は寝込んでいるんでしょう?」


 ポレロさんは定期的に行商に来ているだけあって、この村の人間関係にも通じている。あの二人の息子が野放しになっている時点であまり期待はできないが、変わりに村を統率している人間がいればいいのだが…。


「そうですねぇ…。グルカさんが適任でしょう。自警団を統率している人です。まぁ、自警団と言っても名ばかりで、実際は素人に毛が生えたようなものですが…」


「自警団ですか…。野盗と戦えるレベルならいいのですが…」


 危険が身近なこの世界では、どの村でも大なり小なり自警団を抱えていたりはする。といっても、傭兵のような存在ではなく、村民の男衆で構成される団体に過ぎない。錬度も農閑期に多少の 訓練をする程度なので腕前はあまり期待できない。


 もっとも大半の野盗も大した腕前ではないから、付け焼刃の自警団でも何とかなることは多い。兵士や狩人に傭兵。この世界は暴力が十分に売り物になる。そんな中で、野盗に身を窶すのは売り物になるほどの暴力を持っていない連中だ。


 …もっとも、人殺しの経験の有無が自警団と野盗の間に腕前以上の差を作っているのだが…。


「グルカさんはちょっと気難しい方ですから、まずは私の方から話を通しておきます。後でグルカさんが話を聞きに来るかもしれませんから、そのときは対応をお願いします」


「ええ、解かりました。じゃぁ変わりに俺が店の方を見ておきますよ」


「あぁ、すいません。お願いします。もうあらかた売り切っていますのでさほど忙しくは無いはずです」


 見れば馬車の脇には未だに人だかりができてはいるが、商品を見ているのではなく単なる井戸端会議になっている。


 俺に店番を任せて、ポレロさんはグルカさんとやらを探しに村の中へと消えていく。


「あら、森から帰ってきたのかい?狩人が店番なんてなんだか変な光景だね」


「えぇ、メニアちゃんを引き連れてあまり奥には入れませんからね。早めに切り上げて来ましたよ」


 ポレロさんに代わって露店の椅子に座った俺にノンナさんが話しかける。…この人、アレからここでずっと話し込んでいるのか…。良く見れば話し相手のおばさんやお姉さんの顔ぶれも変わっていない。


 俺は愛想笑いをしながら、さり気無く商品の整理を始める。暇そうにしていたら話し相手として巻き込まれる可能性があるだろう。


 俺への興味を無くしたのか、ノンナさん達女性陣は再び店の前での井戸端会議にもどる。彼女も俺の一人にしておいてくれオーラを感じ取ったのだろう。


 しかし、代わりにそんなオーラを感じ取れない人間が一人、俺の下へと向かってきていた。


「おい。お前、狩人だろ。聞いているかもしれんが俺は村長代理のダンクスだ。ちょうど良いからこれから狩りに行くぞ」


 俺に声を掛けて来たのは、村長の息子のダンクスだ。今回は後ろに取巻きを引き連れている。それを見て井戸端会議をしていた女性陣が顔を顰めている。


「…それは、俺に狩猟の手伝いを依頼しているってことでいいのか?」


「依頼?良く解からんが今日の晩飯の分だ。もちろんそれ以上に狩ったっていい。余った肉は冬の蓄えにまわせばいいしな」


 ダンクスは得意げにそう言い放った。取巻きもニタニタと笑みを浮かべている。悪意を持った笑みというよりは、権力に酔った狐のような笑みだ。


「まぁ、とりあえず条件は聞いておこう。依頼料は狩猟数で決めるのか?それとも今から夕暮れまで一括か?俺一人なら銀貨二枚が相場だが…」


 今は店番をしているが、それはナナ達に代わってもらえばいい。…妖精の首飾りの女性陣は近くの川原で帰りがけに狩った野兎を解体している。もちろん、その肉はメニアちゃんに渡す予定だ。村人に振舞うほどの量は無い。


「は?銀貨?お前らも今夜は村に泊まるんだよな?美味い飯を用意しようって話だ。なんで金取るんだよ?」


「え?…お前、もしかして無償で俺を働かせるつもりだったのか?」


「ああ?狩人は獲物を狩るのが仕事だろ?なんで金が掛かるんだよ?」


 いや、仕事だから金が掛かるんだろうが…。俺は珍獣を見る目でダンクスを見つめる。村長の権力で俺を働かせる腹積もりなのだろうか?それにしては言っていることが妙に噛み合わない。


「いい加減にしな!ダンクス!アンタの道理は村の者にしか通じないよ!持ちつ持たれつで済むのは村の者だけさ!」


「ひっ…!?なんだよノンナさん。怒鳴らなくたっていいだろ」


「ああ…。なるほど。田舎にありがちな共産主義か…」


 ノンナさんの台詞でダンクスの主張にあたりがついた。こんな辺鄙な村では物々交換が当たり前だ。狩人は獣を狩って肉を村に分配する。そしてその代わりに野菜などを融通してもらう。


 ある意味、晩飯に出される肉以外の料理が俺への報酬なのだ。狭い田舎で生活が完結しているから、仕事は皆で協力するものであるとの潜在意識もあるのだろう。


 前世の実家でも稲刈りなんかは共同作業だったりもしたな。稲刈り機などは個人持ちではなく、地域の農家がお金を出し合って買うことが多いから、共同作業になりやすいのだ。恐ろしいことに中型の稲刈り機や田植え機、トラクターなんかはどれも一千万以上する。北海道で使うような大型のものはフェラーリよりも高い超高級車だ。


「その、失礼ですが…。次期村長にしてはあまりにも世間知らずでは…?」


 俺は近くにいたおばさんに小声で話しかける。


「若い世代はねぇ…。昔は出稼ぎが多くて外のことも村に伝わっていたけど、開拓が成功して村の中で生活が完結しちゃったからかしら。頑張った弊害がこんな形で現れるとは思わなかったわよ…」


 おばさんは憂鬱そうな顔でダンクスを見詰めている。メニアさんに叱られているダンクスは肩を縮めて借りてきた猫のように小さくなっている。


 野盗の影がちらつくこの状況で、あまりに頼りない村長代理だ。俺とおばさんは合わせるようにしてため息を吐いた。


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