第140話 獣より獣に近しい奴ら
◇獣より獣に近しい奴ら◇
「おお!あったよ!コロコロウンチ!ペスカやったね」
「キュゥ~ン…」
ペスカの先導の元、草の陰に隠れたウンチが発見される。メニアはそのウンチを見つけてたいそう喜んでいる。子供ならではの好奇心によるものか、メニアちゃんは小枝を拾って糞をつつき始める。多少大人びた印象を受けていたが、このような光景を見せられると歳相応の無邪気さを感じる。
「…これで三つ目か。凄いな。ウンチ発見師として食っていけそうだ」
字面は酷いが、野生動物の糞を見つける能力は狩人にとって有用な能力だ。実際に、鹿や野兎を狙う居着きの狩人は犬を飼っているものが多い。犬に獲物を追跡させて、自身の弓で遠方からしとめるのだ。
「ハルト。これは鹿の糞だよね。…まだ新しいし、この分だと森が荒れているわけじゃ無さそうだね」
「そうだな。まだ広範囲を調査したわけじゃないが、森の中で異変が起きている様子は見られないな。…そもそも前回の調査から時間が空いているんだし、もし何かしらの影響があった場合、それは広範囲に波及するはずだ」
「…では、単にこの子の気分で、メニアちゃんと一緒にいる訳ですか」
俺らは鹿の糞を囲んで考察を話し合う。メニアちゃんが足を踏み入れているだけあって、危険な魔物も少ない森だ。そしてその生態系は今も崩れているようには思えない。
…本格的な調査が目的ではないため、そろそろ引き上げるべきか。少なくともメニアちゃんを引き連れた状態で、これ以上森の奥に進むのは不味い。普段から森に入っているため、かなりの健脚ではあるようだが、無理させる訳にも行かない。
「まぁ収穫は無いが…、そろそろ村に戻るか…」
俺がそう言うと、側にペスカが近づいてくる。そして、その二つの瞳で俺をつぶさに観察すると、俺の服を甘噛みして引っ張り始めた。
「お、おい。どうした?撫でて欲しいのか?」
「グゥ…!グゥルル…!」
今までにないペスカの対応に、俺は混乱しながらも手を伸ばす。前世でも実家では犬を飼っていたが、こんなことをされるのは初めてである。…まぁ、家の犬は馬鹿な奴だったからな。撫でると粗相をしてしまう可愛い奴ではあったが…。
「…ハルトさん…。その子、ハルトさんに来て欲しいんじゃないですか…?」
「来て欲しい?」
「バウ!」
タルテがそう言うと、ペスカは正解とでも言うようにひと鳴きして森の奥へと走り始めた。
「ペスカ!?待って!どこいくの!?」
いきなり走り出したペスカに、メニアちゃんが慌てて声を掛ける。しかし、ペスカは振り向きはするものの、足を止める様子は無い。むしろ、その瞳は俺を見詰めており、何かしらの行動を望んでいるようだ。
「ペスカが…どこかいっちゃった…」
「…。俺が追いかける。すまないが三人はここでメニアちゃんを見ててくれ」
既にペスカの姿は木々の向こうへ消えてしまっている。ペスカちゃんを引き連れた状態では、流石に追いつくことができないだろう。
二手に分かれると危険性が増すが、俺だけで様子を見に行こう。…なにより、直前のペスカの行動がそれを望んでいたかのようにも思える。
俺はペスカの後を追いかけるように森の中を駆け抜けていく。幸いにして、ペスカは少し離れたところで、足を止めて俺を待っている。
「バウ!オウ!クゥ~ン」
自身の位置を知らせるようにペスカが吠える。俺は木々の間を抜けるようにして、ペスカの元へとたどり着いた。
そこは開けた場所となっており、その光景を見れば、一目で何のためにペスカがそこに案内したのかが理解することができた。
「お前…、これを俺に見せたかったのか。…それも、メニアちゃんに内緒で…。俺より気配りができるじゃねぇか」
ペスカが佇んでいた場所には、焚き火の後が残っていた。明らかに人間がこの地で過ごしていた証だ。
「…複数の足跡。一人や二人じゃない。かなりの大所帯だ。そして、左足の跡が濃く出ているものが多い…。帯剣して重心が左に傾いているな」
俺は地面に残った痕跡を観察する。こんなところに人が来ると思っていなかったのか、あるいは隠すつもりが無かったのか、痕跡はかなり色濃く残っている。
「…アンデッド騒動の調査員にしては痕跡が新しい。それに魔物の少ないこの森では大所帯の狩人ってのも考えずらいな。
流石に粗雑な藁沓で行動する狩人は聞いたことがない。いても山村のみで活躍しているような小規模な狩人だけだろう。
…なぜ、ペスカが俺だけをここに招くように行動したのかは推測できる。ポレロさんから聞いてはいたが、メニアちゃんの両親は野盗によって殺されたらしい。あまりにも賢いこの犬はメニアがこの現場を見ると恐怖すると理解しているのだ。
それでいて、メニアちゃんに警戒を促がしたいがために、俺をこの現場に誘ったのだ。
…そして最近になって森の中で常に付き纏うようになったのも、この野盗が原因なのだろう。何かあったときに、メニアちゃんを守れるように。
「ようするに、俺らにもメニアちゃんを守って欲しいんだろ?」
「バウ!」
普通なら信じられないような内容ではあるが、この犬の賢さはここまでの道中で証明されている。もしかしたら、動物の糞に案内したのも、この野盗の痕跡に近づくように懇意的に選出された可能性もある。
「…ポレロさんの話を信じるなら、まず野盗が狙うのは食料だろうな。一旦戻ろう。村の人間にも注意を促がしたい」
ここの痕跡の新しさと、ペスカが未だにメニアちゃんを警護していることから、野盗は未だにここら近辺に潜んでいる可能性が高い。
俺に意思が伝わったからか、ペスカは尻尾を振りながら俺を見詰めている。俺はペスカを引き連れて、四人が待つ場所へ向かうため来た道を引き返した。
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