第139話 賢い犬ペスカンタール
◇賢い犬ペスカンタール◇
「ううん…。傍から見ている限り、ただの森だな。」
皆で昼飯を頂いた後、俺らはメニアちゃんを引き連れて森へと足を運んでいた。村からさほど距離が離れていない何処にでもある森ではあるが、鬱蒼と生い茂る木々はここから先が人の領域とは異なる世界だといういうことを俺らに教えてくれている。
と言っても狩人である俺らは半分、そちら側の住人だ。そして森の恵みを得て暮らしているメニアちゃんもそれは同じことだろう。
「んとね、いつもここから森に入るの」
そう言ってメニアちゃんは、前方の獣道のような林道を指差す。多少地面は踏み固められてはいるものの、草木の茂り具合から見るに、ここを使用しているのはメニアちゃんぐらいなのだろう。
「ハルト。見た感じ獣の足跡は見当たらないね」
「あぁ、まあまだ入り口だしな。それにメニアちゃんが利用しているのなら、その臭いを避けて通っている可能性もある」
俺らは地面や木々の枝をつぶさに観察するが、獣の痕跡を見つけることはできない。いくつか折れた枝などもあるが、位置から言ってメニアちゃんが通過した際に折れたものだろう。
「少し進んでみよう。メルルはメニアちゃんの防御を真っ先に考えてくれ。…念のためな」
「ええ。解かりましたわ。メニアさん、何かあったら私の後ろに隠れてくださいね」
そう言ってメルルは
痕跡がはっきりとしているため、メニアちゃんが先導しなくても何とか道をたどることができる。俺は道を辿りながらも、周囲をつぶさに観察する。
「ハルトさん…、あの木の幹に何かの痕があります…!獣でしょうか…?」
タルテが直ぐ近くに生えている木の幹についた傷口を指差す。タルテは植生などには詳しいが、獣の習性や痕跡の見極めなどは絶賛学習中である。斥候でないのなら必須の技能ではないのだが、折角だから習得するつもりのようだ。
「あ、ああ。それは…、その…鹿の角研ぎだな。角を木の幹にこすり付けるんだ」
「し、鹿さんも角を擦り付けるのですか…」
タルテも人で角研ぎをするため、少し言いよどんでしまったが、一応正しい情報を与えておく。本人も自覚があるようで、視線を斜め下に逸らして恥ずかしそうにしている。
そんなタルテを眺めていたが、不意に索敵のための風に何者かが引っかかった。俺は片手を挙げて、全体に注意を促がす。
「グルルルル…」
俺らの目の前に現れたのは、一匹の老犬であった。喉の奥を鳴らすようにして、俺らを威嚇しながらゆっくりと距離を詰めてくる。
「ああ!ペスカ!あの子がペスカです!ペスカ!大丈夫だよ!」
メニアちゃんが一歩前に出て、その老犬に向けて手を伸ばす。すると、途端に唸るのを止め、メニアちゃんの下へと近づき、その手に頭を擦り付け始めた。
「…なるほど、俺らがメニアちゃんを強引に引き連れていると思ったのか…」
「メニアちゃんの反応を見て、すぐさま状況を理解したとなると、かなり賢いですね。…狼との交配種でしょうか…?」
犬種にはあまり詳しくは無いが、前世のシベリアンハスキーに似た犬だ。その瞳には知性の光が見て取れる。敵ではないと理解したため警戒は解いているが、その瞳は俺らを誰何するように見詰めている。
「へぇ。可愛いね。干し肉食べるかな?」
ナナが恐る恐る手を伸ばせば、ペスカと呼ばれた犬はその手の臭いを嗅いだ後、手の平を舌で舐めとった。
「おお、凄い…!人懐っこいね。本当に野生なの?」
「小さい頃、怪我したペスカに薬草を塗ってあげたんです!大切な友達です!ほら、ペスカ。ご挨拶!」
「バウ!」
メニアちゃんはペスカの喉を撫でながら、そう自慢げに呟いた。飼い犬というよりも家族を紹介するような振る舞いに、彼女がペスカをいかに大切にしているかが解かる。
「それで、このペスカちゃんが、最近になって付いて来るようになったと?」
「前は会えば少し一緒にいるくらいだったのです。でもこの頃はいつも一緒にいてくれます。森に入ってから村に戻るまで…」
「なるほどねぇ…。なにかを警戒している?それとも単に懐き度が上がっただけか?」
俺は顎に手を当てながら、ペスカの様子を観察する。女性陣は代わる代わるペスカを撫でているが、ペスカは動く事無く座った状態でされるがままになっている。
…耳は周囲を警戒するように動いているようにも見えるが、それは初対面である俺らがいるためなのかもしれない。流石にペスカの様子を観察して、ペスカの目的を推測するのは難しいか…。
「そうだな。このまま、ペスカを引き連れて、少し森を回ってみようか。何かしらの反応を見せるかも知れない」
今のところ、森の中は特に荒れているようにも思えない。だがしかし、何かしらのアンデッドが森の中で発生しており、それによりペスカの警戒度が上がっていると言うことも考えられる。
「また、
ナナが少し辟易とした顔で呟く。
「そうだな、動物の糞でも探してみるか?そんなもんが発生しているなら、糞はないはずだ。死体は排泄しないからな」
「うぅん。それなら、ペスカが知ってるかもしれません。ペスカ、ウンチの場所わかる?」
俺らの会話を聞いて、メニアがペスカを撫でながらそう尋ねた。その言葉の意味を理解しているのか、ペスカは軽く吠えたあと、俺らを案内するかのように先導して歩き始めた。
「嘘でしょ?…賢すぎない?」
「賢いで…済む話なのか?」
傍から見れば、ペスカとメニアは完全に会話を行っている。俺らは驚愕に目を見開きながらも、ペスカの後を追って、森の奥へと進み始めた。
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