第138話 山犬のペスカ
◇山犬のペスカ◇
「あの二人は悪い子ではないのですよ。ただ、…最近になって関係が悪化してきたといいますか」
そう切り出しながら、ポレロさんは俺らに説明をしてくれる。先に顔を出した短髪の青年の名前がダンクス。そして後から顔を出した青年が、その弟であるコルタナという名前だそうだ。なぜ二人がポレロさんのところに値切りに来たかというと、あの二人は村長の息子であり、次期村長の座を争っていることが発端であるらしい。
つまりは、跡目争いのためのポイント稼ぎと言うわけだ。…まさか異世界で初めて遭遇したお家騒動が村長とは…。そりゃ、王族や貴族の跡目争いに巻き込まれたい訳ではないのだが、こんなしょぼい形でお約束を味わいたくは無かった。
「長男であるダンクスさんが継ぐのが普通なのですが、読み書きがあまり得意ではなく、その点、弟のコルタナさんはこざか…、いえ、知恵がありますので次期村長に推す声もあって、対立が深刻化しているそうです」
「ちょっと、ポレロさん。他所の人に変なこと吹き込まないでよ。騒いでんのは若いのだけで、アタシたちゃ辟易してるんだからさ…!」
事情を説明してくれているポレロさんに、買い物をしていたおばさんが口を挟む。行商として村に来ているだけのポレロさんがここまで知っているのだ。村人にとってはかなり耳の痛い問題ごとなのかもしれない。
「村長はどっちを指名しているんです?それに従えば波風たたないでしょうに…」
「村長は長男を指名しているんだけど…、そもそも村長が急に伏せるようになったのが事の発端でね。長男のダンクスが村長の仕事を始めたのは良いけど、碌に引き継ぎも無かったものだから、弟のコルタナが手伝うことになって、…そしたらいつの間にか二人が争うようになっちゃったのよ」
「ノンナさん…。私に注意したくせに、あなたが結局喋ってしまっているじゃないですか…」
「あら、やだね。ほんとにもう、お喋りは治らない病気だよ…。ポレロさん、お喋りが治る薬は置いてないのかい?」
「残念ながら、お喋りになる薬は置いているのですが…」
そう言ってポレロさんは先ほど、コルタナに文句を言われていた酒瓶を指差す。
「もう…!コルタナの坊主じゃないけど、買うつもりは無いよ…!これ以上お喋りになったら息をするのも忘れちまうよ」
ノンナさんと言われたおばさんは、そう言って必需品だけを購入していく。残念ながらポレロさんの売り上げにはそこまで貢献はしてくれなさそうだ。
「ノンナさん。ちょっと聞きたんのですが、最近、森などで異変とかは起きていないかご存知ありませんか?」
お喋りであるのならちょうどいい。ついでに異変に関する情報収集をしておこう。こういう人には様々な噂が集まっているはずだ。別段、秘するべき話ではないため、聞けば普通に答えてくれるはずだろう。
「異変…?少し前に似たようなことを調べに来た奴がいたけど、同じ類の話かい?」
「えぇ。時間を置いての再確認と言う奴です」
「そうだねぇ…。村の中の噂ならともかく、森の話でしょう?それならその子のほうが詳しいと思うよ?」
少し悩むような素振りは見せたものの、ノンナさんは俺の後ろを指差しそう言った。俺の後ろには作り掛けの昼食がある。既にそこには戻ってきていたナナの姿がある。そして幼いもう一人の少女も。
鍋の中身を見て、俺が何を作ろうとしていたか理解しているのだろう。ナナは拾ってきた焚き木に火をつけて、鼻歌を歌いながら鍋の中身を炒めている。
「ん?…ハルト。大麦のスープでいいんでしょ?炒めちゃってるよ?」
俺の視線に気付いたのか、ナナが不思議そうな顔で俺に尋ねる。
「あぁ、それはいいんだけどその子は…?確かメニアちゃんだっけ?」
ナナの傍らには、村の入り口近くで会った女の子が膝を抱えて鍋を見詰めている。
「焚き木拾いにいったら、メニアちゃんが山菜を分けてくれたんだよ。この子もお昼ごはんがまだだったから誘ったんだけど…、構わないよね?」
「ああ、それぐらいは全然構わない。おかわりもさせてやってくれ」
少し不安げな顔をしたメニアちゃんを見て、俺はすかさず声を放つ。幼子に上げる飯を渋るほど狭量ではない。ポレロさんもそれは同じだろう。
「メニア。あんた今日も森に入っていたんだろう?このお兄さんたちは森に異変が無いか調べてるみたいだよ」
ノンナさんが、ナナの横に座るメニアちゃんに声を掛ける。メニアちゃんはその言葉を聞いて首を傾げる。
「異変…?変わったことがないかってこと…?」
「えぇ、普段と違うことであれば小さなことでも何でも構いません。今の森はどんな状態ですか?」
メルルがしゃがみこみ、メニアちゃんと目線を合わせてそう尋ねた。
「うんとね。森はいつも同じ感じだけど、ペスカがいつも付いてくるようになったよ」
「ペスカ?」
聞きなれぬ単語にナナが更に尋ねる。
「ペスカはね、ワンちゃんだよ。たまに森で会うの。前まではたまに会う程度だけど、最近は森に入るとずっと付いてくるの」
森で会う犬と聞いて、俺とナナの視線が重なる。犬や狼は肉食だ。状況によっては狩人による討伐対象になる存在だ。
「…心配しなくても、ペスカはその子に懐いている山犬だよ。アタシも村外れで見たことがある。まぁ、半分飼い犬みたいな存在かね」
俺らの警戒を感じたのか、ノンナさんがペスカについて説明をする。
「…その山犬のペスカさんが最近になって、ずっとメニアちゃんに付いてきているのですか…」
メルルは俺らとは別の点に注目をしているようだ。…俺は単なる送り狼と思ったのだが、確かに最近になって変化したのであれば、そこには何かしらの理由があるのかもしれない。
狼は縄張りに侵入した存在を直ぐに襲ったりはしない。もちろん空腹時は別だが、食べるつもりが無い場合、不必要に争って怪我をする危険を犯すのではなく、縄張りを出て行くまで監視を続けるのだ。
狼は監視をしているだけなのだが、まるで森から無事に帰れるように送り届けてくれるように見えることから送り狼という伝承が産まれたのだ。実際、狼が近くにいるお陰で他の獣が避けてくれるという恩恵もある。…急な動きで狼を驚かせると襲われるという問題もあるが…。
「ハルト、どうする?念のため様子を見てみる?」
ナナが俺にそう尋ねる。…正直言って、調べるほどのことではないのだが、一つの重大な異変の前には、百の小さな異変があるともいう。ナナの言うとおり、念のため調べるというのも選択肢としてはありだ。
「…あの、なにかいけないことなのですか…?」
考える俺らを見てメニアちゃんが不安そうに尋ねる。恐らく、自分の発言に何か問題があったのかと思っているのだろう。
「いやいや、異変に関係あるか考えていただけだよ。…そうだな。考えるのは後にして、今はご飯の準備をしようか」
そう言って、俺はスキレットの中に水を流しいれた。
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