第137話 兄と弟のボレロ

◇兄と弟のボレロ◇


「あぁ、皆さん。お久しぶりです。如何ですかな、今年の実りは」


 村の広場には既に、十数人の人が垣根を作っていた。ポレロさんは御者席から手を振りながら人垣に向けてゆっくりと馬車を走らせていく。俺らはそれの後に続いて村の広場に脚を踏み入れた。


「ちょうど、塩が足りなくて困っていたのよ。これで冬の保存食が作れるわ」


「鎌を出してちょうだいな。狩りいれのときに一本駄目にしてしまったの」


「それよりも布は無いのかい?孫に新しいおべべを繕いたいんだよ」


 まだ荷卸しが済んでいないというのに、ポレロさんの荷馬車に奥様方が集まっていく。この村は既に小麦の作付けが終わっているのか、丁度農閑期に当たって


 熱気を孕む女性陣の向こうで、男性陣と子供達が遠巻きにこちらを窺っている。彼らもポレロさんの売る品々に興味があるようだが、女性陣の熱気に押されてしまっている。ここで強引に前に出ても、痛い目にあうと経験により理解しているのだろう。


「あら、お嬢ちゃん達は狩人かい?こんな辺鄙なとこに良く来たねぇ」


「かぁ~。見て御覧なさい。この髪の艶…!やっぱ都会の子は違うわねぇ…!お人形さんみたいじゃないか…!」


「こんな白い肌なんてここいらじゃ見やしないよ。これに比べりゃアタシらなんてジャガイモだよ!ジャガイモ!」


 いつの間にかおばさんの群れの興味がウチの女性陣にも飛び火している。あまりの圧に、ナナやメルルも苦笑いをしながら後退している。


 あばさん連中によって注目を集めたせいか、次第に男性陣の視線も女性陣に向けられていく。メルルにいたっては特に熱烈な視線を集めている。狩人の格好をしてはいるが、長い銀髪と白い肌はまさにお嬢様然とした風貌だ。英雄譚サーガ御伽噺フェアリーテイルでしか聞いた事の無い存在に男性達の視線は釘付けだ。


 …これは、村であってもしっかりと夜警をする必要があるな…。こういった田舎は夜這いの風習があったりする。それは彼らにとっては決まり事によって定められた常識の範囲内の儀式ではあるが、その風習の外で生きる者にとっては許されない行為でもある。


 それこそ、夜這いをした男性は自身の行いの何が間違っていたのか理解できぬままひき肉の塊タルタルステーキになる可能性がある。…特にメルルの技はグロテスクなものが多いからな…。


「それじゃぁ、妖精の首飾りの皆さん。私は販売を始めますので…、申し訳ないのですが昼餉の準備をお願いしてもらっても良いでしょうか?食材はこちらが出しますので。もちろん村内での警護は大丈夫です」


 そう言ってポレロさんは食材を俺に引き渡す。おばさん達から売却してもらったばかりの食材だ。依頼の内容では、食材や料理は個別で用意ということになってはいたが、多少の融通は良くあることだ。


「お姉さん。そこの空き地で煮炊きをして大丈夫ですか?」


「あらやだね、そんなおべっか使って。今日は風もないし、自由に使ってもらって大丈夫だよ。何ならアタシがついでに作ろうかい?こっちもこれから煮炊きするからね」


 俺は食材を受け取って、近場に居た女性に尋ねる。本人はおべっかと言うが、二十代半ばの女性をおばさんと言うのは抵抗がある。前世の感覚から言えば十分お姉さんだ。


「いえ、料理するのは好きですから。ご好意は嬉しいですが、自分で作ります」


「そうかい…?なにか足りないものがあるんなら、遠慮せずに声掛けてもらっていいからね」


 そう言って俺はポレロさんの荷馬車の後ろに陣取り、調理の準備に取り掛かる。一応、何かあったときにすぐさまポレロさんの前に展開できる位置だ。


「ハルトさん…!窯はこの位置でいいですか…?」


「ああ、そこで問題ない。今日はそこまで凝ったものは作らないから、スキレットが乗れればそれで良いよ」


「それじゃ、私とメルルは薪と水を取ってくるよ。調理はよろしくね」


「あぁ、気をつけてな」


 タルテは土魔法で竈を作り出し、荷物の中からスキレットを取り出してその上に置き、匙や皿などを準備し始める。俺もまな板を取り出し、荷物を降ろして空荷になった馬車を机代わりにして野菜を細かく切っていく。


 男性陣の注目を集めていたナナとメルルが別行動であるのが多少心配だが、メルルはその辺に関しては鋭いから問題ないだろう。むしろ、ぽやぽやしたタルテを一人にしておくほうが心配だろう。


 切った干し肉と野菜、大麦をスキレットの中に入れる。後は軽く炒めてから煮込むだけだ。俺はナイフやまな板を片付けようとしたが、不穏な声が聞こえてきたため、手を止めてポレロさんの方に気をむけた。


「おい!もっと値段を安くしろよ!俺が頼んでるんだぞ!」


「いえ、一人だけ割引すると角が立ちますので、値段を変えるつもりは…」


「ちげぇよ!俺だけじゃなくて全員分安くしてくれって頼んでるんだ!それなら問題ないんだろ!?こんな値段じゃ村人が困るだろう!」


「その、かなりぎりぎりの価格ですので、全員分安くするのはちょっと無理が…」


 短髪の青年がポレロさんに食って掛かっている。かなり強引な値切りにポレロさんの苦笑いを浮かべている。


 さり気無く値札を見てみるが、取り分け高価と言うわけではない。正直言って、此処まで運ぶ手間を考えれば安価と言っても良いだろう。特に塩等の生活必需品は驚くほど安い。流石にこれ以上の値引きを行えば赤字になる可能性が高い。


「兄さん。そんな恫喝まがいの値切りで安くしてもらえる訳無いでしょう。もっと良く考えてください」


「あ?お前はしゃしゃり出てくるんじゃねぇよ!」


「ポレロさんだって慈善事業じゃないんですよ?無理を言えば次からは来て貰えなくなります」


「チッ…!勝手にしろ!」


 そんな青年を止めたのは、同じ髪色をした一人の青年だ。口ぶりからして短髪の青年の弟だろう。ばつが悪くなった短髪の青年は、唾を吐き捨てるとその場を後にした。


「兄がすいません。見ての通り考え無しですので…」


「いえ、ダンクスさんが村を思って値下げを要求しているのは解かっておりますので」


「ええ。確かに村のことを考えるのでしたら、値下げしていただいたほうが助かります。そこだけは僕も同じ考えでして…。ですが、僕は兄とは違います。このままで値段を下げろとは言いませんよ」


 そう言って、弟らしき青年はいくつかの商品を指差す。兄の強引な値切りを止めたかと思えば、今度は弟がポレロさんに値切りをし始めた。


「随分、酒類が多いですが、これらの品はウチの村には必要ありません。これらを積載している分、塩などを詰んでいただければ、その分運搬費用は抑えられますよね?」


 その台詞を聞いて、遠巻きに様子を見ていた男性陣が眉をひそめている。何人かは殺気を孕んだような視線を青年に向けているが、青年はどこ吹く風だ。


「その、こちらのお酒は他の村人から要望があったので揃えたものですので…」


「そのような要望は聞かなくて結構です。この様な物を買うから、ウチの村は貧乏なままなのです」


 それは正しいようで、間違いでもある。乗せている酒類を塩に変えたところで、その量は高が知れている。そのため、運搬に掛かった経費を割り振っても大して安くはならないはずだ。


 そもそも、値段を見て判断するに、ポレロさんは塩の売却で殆ど利益を出していない。その分を酒類の売り上げなどで補填しているような価格設定なのだ。


「次からは、詰んでくる品目の吟味をお願いします。ウチの村には生きていくうえで必要なもの以外は買う余裕はありませんので」


 そう言って青年は、先ほどの兄のようにその場を後にする。自身に満ちた口ぶりではあったが、周囲の村人からは冷たい視線が向けられている。


「何あの人?馬鹿なのかしら?」


 いつの間にか戻ってきていたメルルが冷ややかな声でそう呟いた。その声が聞こえたのだろう。ポレロさんはこちらを向いて、苦笑いしながら頭を掻いていた。


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