第135話 野営の飯はそこそこ旨い
◇野営の飯はそこそこ旨い◇
「いやぁ~。助かりましたよ。規定以下の金額でしたので、受注していただけるとは思いませんでした」
街道を進む馬車、その御者席から小太りの男性が俺らに声を掛ける。彼は行商人であるポレロさんだ。今回、リンキーさんから斡旋された依頼の一つである、護衛依頼の依頼主だ。
狩人ギルドに寄せられる依頼は、ほぼ強制的に狩人に分配される。そのため、依頼主が依頼する段階で狩人ギルドから依頼内容の審査が入るのだ。あまりにも性質の悪い依頼や、金額が見合っていない依頼はそこで弾かれることとなる。
しかし、狩人ギルドの審査で弾かれるような内容の依頼…、規定を外れたものでもギルド側を納得させることができれば、依頼ボードに依頼書を貼り付けてもらうことが出来る。もちろん、その場合は狩人に依頼を強制させることは無いので、塩漬け依頼になりやすいのだが…。
審査を通っていないのに張り出される依頼…。それは例えば、知り合いの狩人が特別価格での受注を事前に了承しているから、やたら金額が低いとか…。例えば、以前の
そして、貧乏な村や社会的責任を果たそうとする商人などからの依頼もだ。今回の依頼はそれに当たるだろう。辺境の村に安価で生活必需品を売りに行くための行商。採算度外視の行商であるため、護衛料をまともに払うことができない。それでもダメもとで良いから依頼を出しておきたい。
俺らにその依頼が回されたのはかなり特殊な事例だろう。狩人ギルドとしても不利益のある依頼を狩人に強制することはできない。だからこそ、そういった依頼をこなす狩人の信用度は上がりやすい。…斡旋されている時点で意味が無いとは思うが、書類上は信用度が上がったことになる。
勢いに飲まれて受注してしまったが、銀級になるのは俺らにとっても望むべきものだ。単純に単価の高い依頼を受けられるようになるため、金銭的な余裕もできるだろう。もし、学園に入ったとしても隙間時間で充分に稼ぐことができるはずだ。
「いえ、今回は狩人ギルドに上手く使われてしまいましたね。…護衛だけではなく、以前のアンデッド騒動の余波の確認もありますから」
ついでと言わんばかりにリンキーさんから言い渡されたのが、辺境の村々からの情報収集だ。一応、騒動の最中に影響が無いことは確認したそうだが、時間を置いてからの確認と言うことで、世間話程度で良いので情報を得てくるようにお達しがあったのだ。
「えぇ。商業ギルドを通して、狩人ギルドからお話は頂いております。詳しくは聞き及んでおりませんが、何でも広範囲に影響のある魔性が現れたとか…。私達商人もいつも以上に耳を澄ましておりますよ」
狩人は目を光らし、商人が耳を澄ます。案件が案件であるがために話は領府にまで挙がり、商業ギルドにまで話が行ったのだろう。ポレロさんは穏やかな笑みを浮かべつつも、その目には警戒の色が見て取れる。
「…。その魔性自体はもう解決しましたので、最終確認のようなものですよ。念のためと言うやつです」
俺はポレロさんを安心させるためにそう呟いた。しかし、それでもポレロさんの微笑には妙な硬さが残っている。
「ポレロ様、そろそろ日没が近いですが、行程に問題はありませんか?」
メルルが日の傾きを見詰めながら、ポレロさんに尋ねる。目的の村には馬車で二日弱の距離にあるため、何処かで野営をする必要がある。ここが主要な街道であるなら宿場町なども期待できるのだが、辺境の村へと続く街道にはそこまで期待できない。
「あ、えぇ。もう少し行けばいつも野営に使う場所がありますので、今夜はそこで野営にいたしましょう」
そう言ってポレロさんは荷馬車を走らせる。流石に慣れている街道らしく、道中の内容は頭に入っているのだろう。長閑な田舎道をただ只管進む。俺にはポレロさんの横顔は妙に悲しそうに見えた。
◇
「おぉ…!焼きラビオリだ…!私これ好きなんだよね…!」
野営初日は事前に準備していた料理を使えるため、そこそこ豪勢なことが多い。今回俺が仕込んでいたのは焼きラビオリ…というか焼き餃子だ。
ラビオリはスープに入れたりして食べることが一般的だが、ちょっと形状の異なる餃子であるため、焼いて食べることを思いついたのだ。残念ながら酢醤油は無いが、前世ではレモン汁に塩コショウで食べることも多かったため、問題は無い。
俺は檸檬を絞り、胡椒をその汁に入れる。…胡椒と言っても前世のブラックペッパーそのものではなく、胡椒に類似した味の乾燥した葉っぱだ。辺境都市アウレリアの近く、大森林からたくさん取れるため、比較的安価なスパイスだ。
「すいませんねぇ…私までご相伴に預かってしまいまして…」
申し訳なさそうな顔をして、ポレロさんは浸けダレを入れた皿を受け取る。焼いただけとは言え、焼きラビオリは俺のオリジナル料理であるため、その目は興味深そうに料理に向かっている。
「いえ、使っているのは処分目的の干し野菜ですからね。…気に病むなら使った分の小麦をアウレリアに帰ったら融通してください」
「ええ。それぐらいでしたらもちろん」
そう言って俺らは焼きラビオリに手を伸ばす。フォークでスキレットから削ぐようにしてラビオリを掬いとり、取り皿に入れる。その姿はまるで金魚掬いのようだ。
ナナは既に食べたことがあるため学習しているが、タルテはフォークを突き刺して肉汁を溢れさせてしまっている。
「うん…。干し野菜だからどうなるかと思ったけど、むしろ肉汁を吸っていい感じだな。生地を厚くしたのも正解だ」
歯ごたえのある干し野菜に合わせるように、生地を肉厚にしたため中々食べ応えのある一品だ。
「むぅ…。これは焦らずゆっくりと掬い取るのが正解でしたね」
タルテは悔しそうな顔をするものの、食べる速度を緩めることがない。小さいからだではあるが、かなりの大食漢だ。
「…それで、ポレロさん。道中、何かを警戒していましたが、何か理由があるのですか?」
俺はさり気無く、かつストレートにポレロさんに尋ねる。まどろっこしい質問は苦手なのだ。見ればメルルが呆れた顔で俺を見詰めている。
「いぇ…その…警戒ですか…えぇ…。はい、その護衛についてなのですが…」
俺の言葉を聞いてポレロさんはしどろもどろになるが、俺らを見渡すと悲しそうな顔をした後、一息入れて申し訳無さそうに話し始める。
「あの…こんかいの行商ですが、かなり高い確率で野盗がでるとおもいます。それで、無理を言って依頼を出させてもらったのです…」
「…?なにか野盗の目撃情報があったのですか?」
「ハルト様、例のアンデッド騒動のせいでしょう。調査のために一旦は身を潜めた野盗が、そろそろ我慢できなくなって動き始めるというわけでしょう」
俺の疑問にポレロさんではなく、メルルが変わりに答えてくれた。言われてみれば確かに納得できる話だ。騎士やら狩人が領内を駆け巡ったために野盗は身を潜めたが、潜めている間にも腹は減る。そろそろ我慢できなくなって動き出すのが今頃ということなのだろう。
「えぇ…、はい。そちらのお嬢さんの言う通りです…。申し訳ございません」
酷く悲しそうな顔をしながらポレロさんが俺らに謝る。その視線は女性陣に向けられていた。その反応を見て、ポレロさんが何を心配しているのかが解かった。
野盗に襲われた場合、積荷を渡せば殺されないことが多い。向こうも無闇に殺せば討伐部隊が来る可能性が増えるのを理解しているのだ。…しかし、女性がいた場合、積荷以外に要求されることが増える。彼はそれを心配しているのだろう。
「ポレロさん。確かに危険度を秘匿するのは褒められた行為ではありませんが、目撃情報があったなどではなく、単に予想の話ですよね?それでしたら、まぁ咎められるほどのことではありませんよ」
そして野盗相手に投降するつもりが無いことも話した。おそらく、年若く女性陣の多い俺らを見て、投降するつもりでいたのだろう。
「その、本当に大丈夫なのですか…?多分、一人や二人では無いですよ?」
ポレロさんは心配と驚きの混ざった顔をしている。若さからくる自意識過剰か、本当に俺らに実力があるのか判別が付かないのだろう。
「ええ。その明日にでも実力を見せますよ。…こっちから聞いておいてなんですが、今は食べましょう。手が止まってますよ?」
俺はフォークで鍋を指し示す。俺らが話しながら食べている間にナナとタルテは速度を落とす事無く食べ続けていた。既に焼きラビオリの数はだいぶ少なくなっている。
ポレロさんは、今日一番の悲しそうな顔をしていた。
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