青年期03
第134話 妖精ほど信用の置けない存在はいない
◇妖精ほど信用の置けない存在はいない◇
「妖精の首飾りの皆様は…、十五歳になりましたら何処かの学院に行くご予定ですか?」
休暇によって十分に骨を休めた俺らが狩人ギルドに顔を出すと、依頼が貼り付けられているボードを見る前に、受付嬢のリンキーさんに呼び出された。
「学院ですか…?一応、メルルは中央の学院に行く予定ですが…。他のメンバーは悩んでいるところですね」
将来、爵位を継ぐ予定のメルルは中央の王府立の学園に行く必要がある。もちろん、必須ではないのだがコネクションと箔をつけるためには、入学しないという選択肢はない。…だから、少なくともメルルと一緒の狩人家業は来春まで。準備の時間も考えればもっと少なくなってしまう。
俺らも中央の学院に行くという案はあるのだが、問題はナナが貴族界隈と距離を置こうとしている点だろう。中央の学院に入れば、必然的に貴族に会う機会も増加する。
…今のナナは顔や体の火傷痕を気にする性質ではないのだが、いかんせん一度捨てたはずの世界に近づくのだ。そこには本人にしか解からない葛藤がある。
「その…、私が悩んでしまっていまして…。ハルトやタルテちゃんを振り回してしまっています…」
ナナが申し訳無さそうにそう呟いた。そしてそんなナナを慰めるようにタルテが心配そうな顔で背中を撫でる。
…正直、俺もタルテもどっちでもいいと考えているので選択をナナに押し付けてしまっているきらいがある。俺は魔物生物学、タルテは薬草学や植物学を学びたいとは思っているが、正直言って趣味の延長である。互いに狩人という仕事を持っており、老後は彫金師と治療院という飯の種の保持している強者の特権である。
そこもナナを悩ましている原因ではあるだろう。わざわざ学院に入学して何を習うか…。兵士科や戦術科なども存在するが、領府の騎士団から直で教えを受けられる立場にあるナナに、箔付け以外にそこで学ぶ必要性はあまりない。
「私は皆様と一緒に学園生活を送りたいのですが…。まぁ、無理強いはしませんわ」
「その、私も出来れば皆と一緒に居たいです…」
…ちなみにタルテは俺らより一歳年下だが、入学するのに問題はない。その辺はメルルのご実家に頭を下げれば一筆書いて頂けることになっている。貴族のご令息、ご令嬢が入学する場合、側付きも合わせて入学させることがあるため、多少の年齢の誤差は貴族パワーでごり押すことが出来る。
問題は一歳分背伸びをさせてしまうタルテの学力だが、十分着いていけるほどの知識を有している。入試もメルルの側付きとして推薦されるため、落ちることは有り得ない。
残念なことに、学園は多少のことならコネや権力で融通が利くのだ。野に埋もれがちな才能を発掘するために、その門は平民にも開かれてはいるものの、全ての人間に公明正大にしようとは王府も学院も考えていない。
ちょっと優秀なくらいの平民と平凡な貴族だったら、貴族の方が優先される。入試に関しても、試験の結果より、貴族や教授陣の推薦のほうが優先されるのだ。もちろん、金で推薦枠を買う輩も存在するが、あまりにも出来が悪いと推薦者の顔に泥を塗ることになるので乱発されることはない。
学園としてはその推薦やコネクションを跳ね除けるほどの成績を収める一握りの上澄みを平民から取れれば問題がないのだ。
「それで、なんでまたそんな質問を?狩人として長期の活動休止に入るからですか?」
俺はリンキーさんに尋ねる。活躍している自負はあるが、休止するにあたって事前に根回しが必要なほどの欠かせない存在にはなっているとは思えない。
「いえ、ランクアップに関してのことです。皆様は四人とも銀級として活動するための力量は十分。問題は信用…。…信用のほうも個人的には十分ではありますが、客観的に判別するには活動期間の累積が足りないことがネックとなっている状態です」
一応、狩人のランクには目安がある。…鉄級は見習い期間。新人研修中である。
銅級は一般的な依頼を解決するための最低限の力量があること。
銀級は一般的な依頼を解決するため十分な力量があり、非常事態にも対応可能であること。
金級は特殊な依頼を解決する力量が十分にあること。
魔銀級は深刻な問題に関して作戦立案から携わり解決に導ける能力があること。
魔金級は災害規模の問題に関して解決に導ける力量があること。
これらを踏まえれば、俺らは銀級の力量はあると思って良いだろう。というか、誰かさんのせいで、金級や魔銀級の依頼に同行しているのだ。この前の調査団でも銅級は俺らだけである。
「それが、学院に行くことと何か関係があるのですか?」
ナナが不思議そうな顔でリンキーさんに尋ねる。たしかに学園への進学と狩人のランクは何も関係ないように思える。…俺が知らないだけで、狩人のランクが入試にも影響したりするのだろう?
「囲い込みですよ。学園に入学されては他の組織の目にも多く触れます。そのために銀級にして虫除けを施したいのです」
「…そんなギルド側の胸先三寸で銀級がきまるのですか?」
そんな適当なものであるならば、銀級には価値が無い。俺は狩人のランクは力量だけでなく、信用のランクでもあるから、時間を掛けなければ上がらないと納得していたから文句を言わなかったのだ。ちょっと狩人から離れる可能性が出た途端、ご機嫌取りのように銀級になれるのであれば、その価値は暴落する。
「…ご安心下さい。この話が出ているのは妖精の首飾りの皆様だけです。前々から銅級にしておくには惜しいとの声も上がっておりましたし、どこぞのクランが、級差が邪魔をして連れて行けない厄介事があると文句を垂れていたりもしております」
おい、やめろ。銀級になっても流浪の剣軍との距離感は変わらないぞ…!
「もちろん、皆様には特別なご案内ではありますが、それで曲げられるほど狩人ギルドの規定も軽くはありません。…ですから、あなた方には信用度を稼ぎやすい依頼を受けていただきたいのです」
こちらに有無を言わさぬよう、リンキーさんは立て続けに口から言葉を紡ぐ。
「それで足りるほど累積年数の信用も安くはありませんが、そこはあなた方の今までの特別な活躍で十分カバーができます」
そう言ってリンキーさんは、俺らの前に依頼書の束を突きつけた。その迫力に押されて、俺らは小さくハイと呟いた。…まだ、メルル以外は学園に行くと決まってないのですが…。
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