第133話 綺麗なお姉さんと二人きりの講習室
◇綺麗なお姉さんと二人きりの講習室◇
「それで…、進捗の方はどうでしょうか?」
狩人ギルドの講習室にて、俺の近くに紅茶を置きながら、受付嬢であるリンキーさんが俺に尋ねる。…一部の人間にとっては胃痛を引き起こす呪いの言葉だ。世が世なら、攻撃性のある呪文として魔法書に載っているかもしれない。
彼女はそのまま俺の横に腰掛けると、自分の分の紅茶に口をつけた。…どうやら、俺への進捗確認という名目で休憩を取りにきたようだ。見れば彼女の目元に疲労の痕が見て取れる。アンデッド騒動から始まって調査団の報告も合わさり、忙しい日々が続いているのだろう。
「ご覧の通り、今は
妖精の首飾りは現在、長期の休暇に突入したところだが、狩人ギルドから俺宛に指名依頼が入ったのだ。わざわざ常宿に人を寄越してまで発注したそれは、パーティーではなく俺個人に対する依頼だ。
女性陣に宝飾品を振舞ったものの予定とは異なり材料費は帰って来たため、休みを返上してまで依頼を受けるほどお金には困っていなかったが、その依頼の内容を聞いてやってみたいと思い受注したのだ。
依頼の発端となったのは、遠征の報告書に添付した
「あら…、随分細かく描いてくれているのですね…。こちらとしては有りがたいのですが…」
「ええ。こういうの好きなんですよ。絵が好きと言うより、魔物の記録をとるのが好きなんです」
俺は前世では動物好きの人間だった。と言っても、動物を飼ったり触れ合ったりするのが好きだったのではなく、生態を知るのが好きだったのだ。特に不思議な生態の生物が好きであったし、例えそれが非実在の生物…、ゲームのモンスター資料集であったり、民話の妖怪や妖精なんかの話を聞くのも好きだった。
そんな俺が、この世界の魔物に興味を惹かれないと言うのも無理な話だろう。今までに見てきた魔物は、ちゃんと個人的に資料に纏めている。狩人ギルドから依頼された三体の魔物もこの休暇中に資料に残そうと予定していたのだ。ある意味、今回の依頼は俺にとって濡れ手に粟というわけだったのだ。
「言っておきますが、
「ええ。その旨も記述していただければ構いません。むしろ、過去の記録と異なるからこそ記録を残す意義がありますから」
リンキーさんの言うことも尤もな話である。骸骨だらけの体を書き上げるのは骨だが、俺は
静かな講習室の中で羊皮紙を擦る音だけが響く。リンキーさんに見詰めながらの作業であるため、少々こそばゆい。
「…リンキーさん。例の
丁度、
「そうですね…。まず、彼らがタルテさんを狙ったのは
「もう一人はマザーサンドラですか。…その二人なら確かにタルテを狙いますかね」
つまり、
「
「えぇ。…これは秘匿事項ですが、彼らはテレムナートの領主一族の系譜であったようです。目的は
「復興…ですか。一応、向こうの領主はそのつもりなんですよね?」
アンデッドが居なくなった幽都テレムナートは、これから復興が進むだろう。当時とは国境線が異なるため、同じような発展を遂げるとは思えないが、国境近くの廃都市を手付かずにするはずはない。少なくとも、ガナム帝国の進攻を妨げるため、城塞都市の一つとして機能するだろう。
となると、奴らは目的の半分はある意味達成したという訳だ。願わくば、その喧騒があそこで眠る者達の慰めになってほしい。
「ええ、恐らくはそのつもりでしょう。…苦情が来ましたよ?テレムナートを穴だらけにしたのは誰だと」
「ええええ…、それはアレですよ…。モグラのスケルトンが出現しまして…」
報告書には真実が書かれているが、つい嘘をついてしまう。…といっても、街門入って早々の大穴を開けたのも、領館周りの建物を崩したのも
俺は誤魔化すようにして、少し冷めてしまった紅茶に口をつける。
「なるほど…。そんな希少な魔物が出たと。それならばそれの資料も提出してもらう必要がありますね。追加の依頼を出しましょうか?」
「はい…。申し訳ありませんでした…」
リンキーさんの冷ややかな微笑に背筋が寒くなる。年下には優しい人であるが故に、普段おっさん勢に見せている冷酷な対応をされると、余計に肝が冷えてしまう。
「さあ。手が止まっていますよ。バリバリ書いてください」
「は、はい…!」
そう言いながらリンキーさんは、今度は暖かな微笑みを俺に向ける。…この人、何時までここで休憩するつもりだろう…。
再び静寂に包まれた講習室に、ペンが羊皮紙を擦る音だけが静かに響いた。
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