第132話 今夜も腕がパンパンだぜ
◇今夜も腕がパンパンだぜ◇
「ふぇええ…!ごめんなさいぃ…。ご迷惑おかけしましたぁ…」
常宿の食堂にて、タルテの謝罪が響く。タルテが謝っているのは昨晩、酔って迷惑をかけた件のことだろう。どうやらタルテは酔ってもしっかりと記憶は残るタイプらしい。
「まぁ…私達はなんともないよ。アレぐらいなら平気だよ」
あの後、結局ナナとメルルもタルテの角擦り付け攻撃の餌食となった。彼女達が擦り付けられるようになった頃には、タルトの酔いも進んで振り払える程の力加減であったが、懐いたように角を擦り付けてくるタルテを無碍にできず、甘んじてその攻撃を受けたのだ。
「ね、念のため、回復魔法かけておきますね…!」
俺らの腕にタルテが光魔法で回復を施していく。怪我と呼べるほどのものではなかったが、多少疼くように腫れていた箇所が鎮まってくる。
「ほら、タルテ。もう回復は大丈夫ですから、早く朝食を食べてしまいなさい」
「そうそう。買い物に行くの遅くなっちゃうよ?」
「は…はい…!直ぐ食べます…!」
長期の遠征が終わったこともあり、暫くは休養に当てる予定だ。そのため、女性陣は今日は仲良くショッピングに向かう予定らしい。俺も誘われたのだが、男がいると入りにくい店もあるかと思い、遠慮したのだ。
もちろん、俺も予定を入れてある。女性陣が買い物へ行く準備をするのを尻目に、俺も自分の準備を始めるのであった。
◇
「ミシェルさん…。これ、どんな風に渡せば良いと思います?」
妖精の首飾りの女性陣がショッピングを楽しんでいる最中、俺はブラッドさんの工房を尋ねていた。以前にも工房の一角を借りることがあったが、今回も彫金関係の加工がしたくて工房の設備を拝借したのだ。
…アウレリアには彫金ギルドの貸し工房があるため、そちらを借りることもできたのだが、ミシェルさんに会いたくて、ブラッドさんの工房に足を運んだのだ。…もちろん、ミシェルさんに会いたかったのは逢引目的ではない。俺の今回の作製物に関係していることだ。
「これって…、そのペンダントのこと?…一応聞くけど…誰に渡すつもり?」
俺が今回作っているのはペンダントだ。妖精の首飾りの象徴たるペンダントをタルテは持っていない。折角、パーティーに加入したのだから、タルテにもペンダントを送ろうと思い立ったのだ。彼女のために準備した宝石はトパーズだ。小粒だがゴールドイエローの輝きを持つものを態々実家から取り寄せたのだ。
…だがしかし、タルテだけにペンダントを送るとほぼ確実に角が立つ。そもそも、ナナもメルルも既にペンダントを持ってはいるが、アレは俺が見繕っただけであって、買ってプレゼントしたわけではない。
今の全財産を突っ込めば彼女達の分のペンダントを新しく用意することは可能だが、かといって幼少の頃から大切にしているペンダントを外して、新しい物に変えろとは言い出せない。
もちろんナナとメルルが購入したように、タルテにも作ったペンダントを購入するように強いることなど絶対に出来ない。…加入するために宝石を買わされるパーティーなぞ、どんな悪評が流れることか…。
俺はそのようなことを得々とミシェルさんに説明する。
「…まぁ、ハルト君のしたいことは解かったけど…確かにそれはめんどくさい問題だね。…答えが存在しないと言ってもいい」
ミシェルさんは呆れたような哀れむような顔で俺を見詰める。
「だから、ちょっと相談したかったんですよ。何かいい方法ありません?」
俺は縋るようにしてミシェルさんに尋ねる。
「まず…、タルテちゃんだけにプレゼントするのは確実に角が立つね。…そこにいかな理由と正当性があろうとも」
ミシェルさんが脅すように俺に軽く詰め寄る。その迫力に、俺はつい後退してしまう。どうする…、二人の分のプレゼントも用意するか…?幸い、吟味する予定であったため、脇石の宝石などには余裕がある。
「ハルトの坊主…。おめぇさん…、彫金師だから宝飾品が身近で気付いてないんだろうけどよぉ…、宝石を送るって相当なもんだぞ?剣を買い渡すのとは程度がちげぇんだ…。引かれないか?」
「あぁ、それはあるかもね。確かに私だとしてもちょっと重いかなぁ…」
聞き耳を立てていたブラッドさんまでもが呆れた顔をして、新たな問題を提起する。…確かにネックレスをプレゼントをするのは普通は恋人関係か…。パーティーに加入したら唐突に異性から宝飾品をプレゼントされる…。確かにタルテの立場に立つと警戒したくなる事案だ。
「な、なにか…いい解決策は…!?もう宝石は買っちゃったんです!」
俺は何時になく焦ってしまう。…狩人の仕事でも、ここまで焦ること早々ないのに…!?
「「…………」」
二人して無言で作業に戻っていく。静寂が支配する工房で、ひたすら作業音だけが響く。
「ちょっと!鍛冶仕事に戻らんで下さい!」
俺は彫金作業をしながらも二人に言葉を飛ばす。…冷たい視線をその身に受けながらも、浅ましくミシェルさんに縋る。
「ハルト君って冷静なようで、意外と見切り発車が多いよね?」
「おっと?悪口はよして下さい。俺が欲しいのは解決策か優しい言葉だけです」
「プレゼントするのは別の機会にして、今作ってるのは売っちまったらどうだ?」
「嫌ですよ。露店販売するには玉数が足りないですし、売り込みだと専門の彫金師じゃない俺の作品は買い叩かれます。宝石の値段ぐらいしか還って来ませんよ」
最悪は売ってしまうのも手だが、折角の力作を買い叩かれるのも気分が悪い。喋りながらの作業だが、時間単価無視の力作になる予定なのだ。…こっそり隠し持っていて、何かの記念にプレゼントするか…?
「買い叩かれるねぇ…幾らぐらい?」
俺の作業の様子を覗き込みながら、ミシェルさんが思案する。その視線には値踏みするような気配が感じ取れる。
「そうですね。原石が金貨1枚ですから、それに幾分か上乗せする感じですかね…」
俺の台詞を聞いて、ミシェルさんが深く考え込むように口元に手を当てた。
「そうだよね。良く考えたらハーフリングなんだもんね…。…ハルト君。それ材料費程度で三人に買うか聞いてご覧?…たぶん買うよ?」
「へ?いや、それじゃ押し売りみたくなりません?」
そもそもは喜んでもらおうとして作っているのだ。たんなる販売じゃ喜んでもらえるとは思えない。
「いいから、いいから。その作品見て気が変わったよ。これなら上手くいく!ついでに何作品か用意しなさい!私の分も忘れないでね!」
俺の背中を叩きながら、ミシェルさんは作業を急かすように指示を出す。俺は怪訝な顔をしながらも、仕入れた宝石を全て使って作品を作り始めた。
◇
「嘘…!?ハルト…!?本当にその値段!?」
「え!?ま、まぁ…腕を錆びさせないために作ったもんだから…材料費だけでのご提供ということで…」
「これ…!これ!私が欲しいです…!」
その日の夜、女性陣に詰め寄られながら、俺はミシェルさんに言われたとおりの台詞を述べる。そして、あまりの圧力に俺は唾を飲み込んだ。
「えへへへ…昼間のアクセサリー屋さんで我慢したかいがありました…!」
「あら、この髪飾りも良いですわ…。宝石は控えめですが、彫金によって華やかさがあります。…普段使いにも、プレデビュタント用にも使えますわね」
タルテはトパーズの首飾りを見て、慌てて財布の中の硬貨を数え始める。どうやら、予算内に収まるようでにっこりと笑っている。
「ちょ、ちょちょちょっと、メルル。それは私向けの奴じゃない…!?」
「あら、早い者勝ちですよ?ナナはそっちのイヤリングを取ったじゃありませんか」
「このペンダントどうです!似合ってますか!?」
喜んでくれたというか…歓喜したというか…、狂喜した女性陣により作製したアクセサリは瞬く間になくなった。…タルテは彼女のために作製したペンダントを真っ先に選んでくれたため、嬉しくなった俺は二人に内緒でこっそりおまけした。そして再び、腕が腫れあがることとなった。
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