第131話 旅路の終わりに響く音

◇旅路の終わりに響く音◇


「死の影の谷を歩む者に、闇の女神の祝福を賜らん…。死者に安らかな眠りをレクゥィエスカト・イン・パーケ


「神共にいまして、ゆく道をまもり、あめの御糧みかてもて、ちからを与えませ。成仏しろよゴッドビーウィズユー…」


 テレムナートの街の一画、街が見渡せる高台の上に調査員の面々は集まっていた。掘られた穴に横たえられているのは、物言わぬ屍となった磔の儀式槍スケアクロウだ。


 メルルとタルテ寄り添うようにして、祈りを上げる。その姿はまさしく清廉としたものであり、触れてはいけないような厳かさがある。少し前まで、気持ち悪い笑いや茹蛸になっていた女の子とは思えない。


 タルテに至っては、目元に薄っすらと涙が浮かんでいる。恐らく、領主館に残されていた日記の話を聴いたのだろう。


 禁書である屍骸文書シガイブンショは地下水脈の中に消えたか、ナナの魔法にて燃え尽きたと思われるが、類似する書籍があると不味いため念のために領主館の捜索が行われた。そこで見つかったのが領主の娘の日記だ。


 そこには、幸せそうな彼女の生活や領民とのふれあい。そして戦争の勃発によるその生活の崩壊までが書かれていた。テレムナートが帝国兵に蹂躙され、逃げることも適わず館に篭城することとなり、彼女の父である領主が外法に手を染めるまでの赤裸々な記述…。


 彼女は父親である領主に磔の儀式槍スケアクロウの材料として選ばれたのだ。最後のページにはただ一言、死にたくないと記述されていた。


「…喋っていた時点で、そんな気はしていたけど…、磔の儀式槍スケアクロウが領主の娘だったとはね…」


 俺の横に立ったナナが静かに呟く。


「…最後は、民も自分も漸く死ねると呟いてたよ…」


「私も…、距離を置いているけど、領主の娘には違わないからね…。私は貴族であることから逃げたけど…、彼女は呪物になってまでも領民のことを気にかけてた…。少し…憧れちゃう…」


 ナナは憐憫と羨望が混じった複雑な表情をしている。彼女は気丈に振舞うことが多いが、意外と無理をしたがる女の子だ。俺はさり気無く寄り添うように立つ位置を変えた。


 …脳裏に死ねると呟いた磔の儀式槍スケアクロウの声がリフレインする。死を恐れていた彼女が磔の儀式槍スケアクロウとなり、悠久の時の中で何時しか死を望むようになったのか…。


「ここなら、このお嬢さんもゆっくり眠れるかなぁ…」


「あぁ…。愛した街を望む高台だ…。きっと静かに眠れるはずさ…」


 日記を読んだであろうおっさん達が、涙を流しながら磔の儀式槍スケアクロウに土を被せていく。…呪物で無くなった磔の儀式槍スケアクロウは、本来持ち帰って調査に回すべきなのだろうが、満場一致でこの地で供養することとなったのだ。


 埋めた土と墓標にタルテが聖水をふりかけ、最後の祈りを捧げる。


 彼女の眠る高台に風が吹きぬけ、祈りの言葉を何処かへ運んでいく。聖鈴カンパネラの残響が染込むように消えていく。骸骨達は無いはずの目蓋を閉じ、幽都テレムナートは静かに眠り始めた。



「それじゃぁ!調査の終了を祝して!乾杯!」


「「「乾杯!!」」」


 辺境都市アウレリアの狩人ギルド。そこに併設された酒場にておっさん達の声と、ビアマグの触れ合う音が響く。ついでに言えばギルドの職員の舌打ちも響いている。


 …長かった遠征を終えて、俺らはアウレリアに帰ってきていた。報告書自体は帰りの道中に作成されていたため、帰ってきて早々の酒盛りである。本来なら、仕事の終了と共に酒盛りをしても咎められることは無いのだが、今回は調査結果が特異なので恨みがましい視線が注がれている。


 幽都テレムナートを調査して、磔の儀式槍スケアクロウを封印しに行くことが目的であったのに、狩人内に裏切り者がいて、黒幕の一人を捕らえ、磔の儀式槍スケアクロウどころか幽都テレムナート全体を成仏させ、街から複数の戦利品を持ち帰ってくる。


 そこまでの想定外を重ねられると、狩人ギルドも追加の仕事でてんてこ舞いだ。領を跨いだ仕事でもあるため、関係各所へ連絡を回す必要もあるし、持ち帰った戦利品の査定も必要だ。特に歴史的な品などは下手に売ることも出来ないはずだ。王府の研究機関にも話を回す必要があるだろう。


 そんな残業確定のギルド員を肴に、狩人たちは杯を傾け、肉を食らい高らかに笑っている。…これは恨まれてもしょうがないな…。


「おいおいおい!誰だよ!骨付き肉頼んだの!骨はもういいってば!」


「なんだよ!文句があるなら俺が頂くぜ!肉には罪は無い!」


「あぁぁ。遠征開けの身体に酒精がしみるぜ…!」


 既に酒が入ったおっさん達にはギルド職員の視線も見えていないし、舌打ちも聞こえていない。便利な感覚器官をお持ちなのだ。


「…メルルもナナも結構平気そうだな」


「まぁ、デビュタント前ではありますが、慶事にはワインなどを頂きますので…」


「私も同じ感じかな。ハルトは初めてなの?」


 今回、俺らの目の前には蜂蜜酒ミードが並べられている。調査の道中に何気なく言われた奢るという宣言通り、おっさんが俺らのために注文してくれたのだ。


 この国では未成年の飲酒に言及する法律は無いものの、一応はデビュタントが近づく十五歳からが目安とされている。しかし、大人が同伴し大人が注文した場合に限り、度数の低い蜂蜜酒ミード程度であればお目こぼししてもらえる。…たしか前世でも英国が似た様な法律だった気がする。


 俺は今世において初めて酒を飲むが、前世では結構な酒飲みであった。…成年前に歯止めが聞かなくなると困るから、少し避けていた所もある。


「この感じは…まぁ、予想してたが…問題無さ過ぎるな…」


「あ?やっぱり?私とどっちが強いかな」


「なるほど…酒精は毒の一種というわけですか…」


 舌ではしっかりと酒精は感じるものの、身体はいつもと変わらない。巨人族の血が瞬く間に酒精を分解しているのだろう。…この体で酔うには蒸留酒を並々飲む必要がありそうだ。


「まぁ…二人とも解かっているとは思うが…、タルテには酒は禁止な」


「…うん。まぁ…それはね。見てる分には可愛いんだけど…」


「ハルト様…凄い音が鳴ってますが、腕は平気ですの…?」


 俺は隣に座ったタルテを見る。そこには蜂蜜酒ミードと俺の左腕を抱えたタルテが居た。ナナとメルルは苦笑いしながらそれを見詰めている。


「えへへへ…おいちぃですね…これ…えへへへへ」


 頬を染めて、蜂蜜酒ミードを口に運び、俺の左腕を削り取る勢いで角を擦り付けている。ほぼ確実に平地人にこれをやれば出血する程の力だ。


 おっさんの笑い声とビアマグの触れ合う音。そしてギルド職員の舌打ちとタルテが腕を削ろうとする鈍い音を立てながら、酒盛りは続いていった。


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