第130話 スケルトンが静かに眠るなら

◇スケルトンが静かに眠るなら◇


「おう!これも追加だ!中々の良品が揃ってるぜ!」


 激戦から一夜明け、野営地で休む俺の元に、おっさんが抱えるほどの木箱を運び込んでくる。中には金銀財宝…と言うほどではないが、街の中に眠っていたお宝の類が詰まっている。


 夜間にも街には斥候を放っていたが、アンデッドの姿を確認することはできなかったらしい。それは夜が明けてからも一緒で、街の中には力尽きるようにして倒れる彷徨う遺骸スケルトンが散見しているものの、動く個体は確認できていないらしい。


「お前が、全てのアンデッドの活動を止めたのか…?」


 俺は傍らで布を被せられている磔の儀式槍スケアクロウを見詰める。こいつは最後、皆死ねると呟いていた。エイヴェリーさんは、屍骸文書シガイブンショの力で、街に居る全てのアンデッドから力を徴収したのではと推測していた。


 もしかしたらコイツは、自分の下に全ての力を集め、それを俺らに打ち倒してもらうことで成仏したかったのかもしれない…。


 もう少し詳しいことは、死霊術師ネクロマンサーに聞けば解かるかも知れないが、残念ながらあいつは薬でぐっすりとお寝んねしている。尋問はネルカトル領に帰ってからだ。


「ハルト…!見てよこれ!メルルが良いもの貰ったよ!」


「えへへへ。これ見てくださいまし!この片手剣と円盾ラウンドシールドを!」


 お宝の分配は基本的に金銭に変えてからなので、そのままの状態で欲しいような宝物には既に狩人達に分配され始めている。俺は取り分け欲しいものが無かったため、女性陣の三人に希望の品を見繕うようにお願いしたのだ。


「おぉ…これって、おっさん達が話していた冥霊物質エーテルか?」


 幽都テレムナートは長期間に渡って多数のアンデッドの魔力に晒され続けてきた。アンデッドは歪んだ光属性の魔力をその身を宿すが、その歪みの皺寄せが相対する属性である闇属性の魔力にも表れる。


 その皺寄せにより、過剰な闇の魔力を宿した物質が冥霊物質エーテルだ。メルルの手に入れた片手剣と円盾ラウンドシールドは、長年この街に放置されていたことで冥霊物質エーテル化が進行している。闇魔法を宿した剣と盾は、メルルにとって相性の良い武器と言えるだろう。


「見たところ、冥霊物質エーテル以前に結構な業物みたいだな。宝物庫にあったのか…?」


「はい…!その上、冥霊物質エーテル化したことで、魔力を宿した武器になっております。ハルト様の武器とある意味お揃いですわ!」


 メルルがはにかみながら剣と盾を撫でる。俺らの中で、メルルの武器だけが一般的な品だ。量産の数打ち品と言うわけではないが、他の面々の武器と比べるといささか格が落ちるのも事実だ。


 俺のマチェットは竜の牙を用いた魔剣の卵だし、ナナの波刃剣フランベルジュは数少ない炎の魔剣。タルテに至っては生きた鎧リビングメイルだ。どうやって作ったんだあれ。


 俺らの武器が相当羨ましかったのだろう、とうとうメルルは頬ずりし始めた。まるでぬいぐるみを愛でる少女のようだ。最初は手札を増やすための片手剣であったが、意外にもメルルは本気で片手剣を用いた戦闘スタイルを気に入っているようだ。


 結構な品であるため、妖精の首飾りの現物支給品はメルルの武器で終わりかと思ったが、見れば、ナナもタルテも何かしらの包みを抱えている。どうやら他にも何か現物支給を貰ったらしい。


「…?これ以外にも何か貰えたのか?ちょっと貰いすぎな気もするが…」


 俺は二人が貰ってきたであろう品を見ながらそう呟いた。基本的に良品は希望者が重なることが多いので、一つのパーティーで何品も貰える様なものでは無い。


「…あー。ハルト。これはね…。ちょっとその…。女性向けの品だから優先して貰えたの…」


 ナナが言いよどみながらもそう説明してくれるが、その包みは手早く自身の荷物の中にしまってしまう。見ればタルテの顔も真っ赤になっている。…メルルは剣と盾に夢中だ。


 ナナの台詞を聞いて、俺の警戒心が一段階引き上げられる。これは好奇心に任せて深追いすると火傷するような話題だ。俺はすぐさま話題を逸らそうと頭を回転させる。


「あ、副リーダー。そろそろ磔の儀式槍スケアクロウの埋葬に行きますか?」


 都合よく、こちらに足を進めて来ていた副リーダーのおっさんに話を振る。これだけさり気無い話題転換。俺じゃなきゃ見逃してしまうだろう。…メルルは未だに剣を愛でているが、ナナとタルテは居心地悪そうにしている。


「あん?そうだな、今は最後の探索に行かせてるからな。そいつらが帰って来たら埋葬だ。…それと、コイツが妖精の首飾りの現物支給品と価格予想だ。報酬の分配に関るからちゃんと確認しとけよ」


 そう言って副リーダーのおっさんは一枚の紙切れを俺に渡す。そこには、女性陣の貰ってきた品物が書かれている。もちろん、彼女達が隠した品物の名前も…。


「ハ…!ハルト…!それは…!?見ないでぇ!」


 ナナが俺の手元から紙を奪い去る。しかし、見えないように渡された訳ではないので、無意識にそこに書かれた文字を目で追ってしまっていた。


「…見た?…ねぇ…見た?」


「いや…まぁ…。チラッと…。その、良いんじゃないかな。お金出して買えるような物じゃないし…」


 …紙には幽膜のネグリジェが三つと書かれていた。布が冥霊物質エーテル化したものが幽幕だ。古い時代の布ではあるが、魔力を宿していれば劣化も少ないだろう。


 幽膜で出来ているということは…、それは羽衣のように軽く、漂い、そして透けている。先ほども調査員が幽膜の反物を広げて騒いでいた。


 ドレスなどの装飾布として非常に人気、かつ高価な品物ではあるが、まさか冥霊物質エーテル化したネグリジェがあったとは…。


「そ、そう…!買えないみたいだから…!欲しくなっても手に入らないって言われたから貰ったの…!」


「そ、そうです…!希少品だから記念に貰ったんです…!着るつもりはありません…!ひやぁぁあ…」


 多少、涙目になりながらナナが弁明し、タルテは両手で顔を隠して蹲る。二人の顔も真っ赤になっているが、それを着た姿を想像してしまい、俺の顔も赤くなってしまう。


「ぐへへへ…。わたくしの剣…ぐへへへへ…」


 メルルはひたすら、剣を撫でていた。…彼女も幽膜のネグリジェを貰ったはずなんだがな…。


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