第129話 磔の儀式槍

◇磔の儀式槍◇


「ハルト…。いくよ。そっちの準備は大丈夫?」


 ナナが貪食の白骸スケレトゥスレギオンの目前に立ち、振り向いて俺に尋ねる。俺はゆっくりと息を吸い込みながら頷いた。


「肉と内臓、皮で包み…骨に脂を巻き付ける…」


 彼女の口から紡がれる呪文が風に乗って俺の元に届く。


 魔法は個性が現れる。それは、たとえば俺の風魔法でも風を用いた索敵が得意な人もいれば、風で相手を攻撃するのが得意な人もいる。小規模な魔法を連発するのが得意な者もいれば、大規模な魔法を構築するのが得意な者。


 だが、魔法における個性はそれだけに留まらない。特に火魔法はそれが顕著だ。風や水、土魔法は周囲の物質を操ることが多いが、火魔法は炎自体を生成することが前提だ。


 魔法で作り出した物質は本物ではない。本物ではないが、周囲に炎が与える影響と同じ影響を与えるもの。チューリングテストのように、観測者が本物と捉えることができるのなら、それは中身がどうであろうと関係ないのかもしれない。しかし、実際には魔法で作り出したものは、魔法使いの魂を用いて産まれた写し身だ。


 本物ではないが故にそこには魔法使いの認識が影響する。写し身であるが故に魔法使いの存在が影響する。魔法によって作り出した物質には使用者の個性が強く出るのだ。それこそ、世界中を探せば、作り出す水が酒になる者や、冷たい炎を作り出す者もいるかもしれない…。


鍛冶神ヘパイストスの炉に巨茴香オオウイキョウ火口ホクチを入れて、火をつける…」


 ナナはその身が焼かれたが故に炎の熱さを知っている。焼かれたことで、彼女の人生は大きく変わってしまった。彼女にとって炎とは変化の象徴だ。それは光魔法の活性にも似た性質。


 木が灰になるように…、鉄が姿を変えるように…。


 炎に炙られた者は変化せずにはいられない。永遠の氷を溶かす、不滅を殺す炎。


磔にされた神プロメテウスより持たされた、祝福にして宿痾…。私達は塵であり影である…。築き上げる、焼き払う為にバーン・イット・ダウン


 ナナの前方に伸ばした指先から、塵のような小さな火が空中に舞うように踊ると、その火が前方へと燃え移っていく。…移動するのではなく、燃え移るのだ。陽炎の揺らめきを伴って、その炎が貪食の白骸スケレトゥスレギオンにゆっくりと近付いていく。


「魔法が来たぞ!全員退避しろ!」


 副リーダーのおっさんが叫び、調査隊の面々が一斉に避難する。そして、おっさん達が前線から飛び退くと同時にナナの魔法が貪食の白骸スケレトゥスレギオンに着弾する。


「ぁぁぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!」


 瞬く間に貪食の白骸スケレトゥスレギオンが火に包まれる。単なる炎ではなく、変質という概念を孕んだ炎。燃えることによって変質しているのではなく、変質するために燃えていると言ってもいいだろう…。


「くぅぅうう。…凄い抵抗…!ここまで制御が難しいとは…ね…!」


 ナナが前方に手を翳しながら、額から汗を流している。特殊な炎を出現させているため、打って終わりの魔法ではなく、維持するためにも制御が必要だ。制御を維持するために、ナナはさらに一歩貪食の白骸スケレトゥスレギオンに向かって足を進める。


「おい…見ろよ…。どんどん体が崩れていってるぜ…」


 燃え盛る炎の熱を感じながら、おっさんが貪食の白骸スケレトゥスレギオンを観察しながら指を差す。


「そろそろいいかなー?もう焼けたかなー?」


 ナナを守るために、斜め前に位置取ったエイヴェリーさんも貪食の白骸スケレトゥスレギオンをつぶさに観察している。火に包まれて暴れる貪食の白骸スケレトゥスレギオンの行動を妨害するように的確に剣を振るう。…ナナの炎はエイヴェリーさんの剣にも効果があるようで、斬り付ける度に剣が歪に曲がっていっている。


「三人とも準備は良いかなー?そろそろいくよー?」


 エイヴェリーさんからこちらに声が掛かる。俺とメルルとタルテは十分な距離を持って貪食の白骸スケレトゥスレギオンと対峙している。俺の傍らに立ったメルルとタルテは俺に魔法を付与していく。抵抗されぬようゆっくりと、二人が俺の手に触れて加護の魔法を施す。


「ハルト様…。血の鎧に加護は込め終わりました。これなら、ナナの炎の魔法にも耐えれるはずです」


「こっちも大丈夫です。肉体の強化に剣への光の加護…!ばっちりです…!」


 俺も風の魔法を構築し始める。俺が使うのはシンプルな魔法だ。ただ速くあるためだけの魔法。空気抵抗を減らし、極上の追い風を吹かせる魔法。


「エイヴェリーさん!いけますよ!」


「それじゃー、入り口を作ろうかー。剣は全部使いきっちゃおー」


 俺が声を掛けると、エイヴェリーさんは浮遊剣を操り、燃えて脆くなった貪食の白骸スケレトゥスレギオンの牙を切り落とす。そして上顎と下顎にそれぞれ剣を刺して、強制的にその大きな口を開かせた。


 口の奥には磔の儀式槍スケアクロウがその姿を現している。吸収されてもなお磔にされている哀れな呪物。メルルとタルテが十分に離れたことを確認した俺は、そこ目掛けて走り出した。


 血の鎧に風を受けて一気に加速する。既に足は地から離れ、走っているというよりも飛んでいるといっても良い。二人の加護が無ければできない、いつも以上の超加速だ。


 風景が色を失い時間が引き延ばされる。急加速による加重が、俺の体を磔にするように縛り付ける。


 だが、磔となっているのは磔の儀式槍スケアクロウも同じことだ。奴は今も尚、ナナの炎に焼かれてその身を焦がしている。


火を齎した神プロメテウスは、その罪により磔になったんだったかな…」


 ならば、それを狙う俺は、奴を啄ばむ肝臓を喰らう大鷲アイトーンか…それとも解放した獅子の毛皮の英雄神ヘラクレスか…


 空中で加速を続けながら、まるで砲弾のように一直線に磔の儀式槍スケアクロウへと突っ込む。


「ッシャオラァ!前進せぬは後退することノーン・プローグレディー・エスト・レグレディーってよぉ!」


「イヤァァァアァァァアアアアアアアア!!」


 引き絞った腕で二本の剣を前方に構え、それをそのまま磔の儀式槍スケアクロウに叩き込む。豪快な着弾音と共に身体に衝撃が走る。


 磔の儀式槍スケアクロウは俺に頭蓋を割られ、胸骨にも深々と剣が刺さるが、それでも俺は止まることが無い。炎に焼けた貪食の白骸スケレトゥスレギオンの体を容易く突き破り、俺は磔の儀式槍スケアクロウを引き連れたまま貪食の白骸スケレトゥスレギオンの後方に躍り出た。


 地面に線を描きながら、漸く俺は停止する。貪食の白骸スケレトゥスレギオンの体内を通過したのは一瞬であったが、それでもナナの炎は俺を焦がした。メルルの血の鎧、タルテの加護、俺の炎熱耐性があって適った無茶な作戦だろう。


「…やったか?」


 後ろを振り返れば、瞬く間に燃え尽きていく貪食の白骸スケレトゥスレギオンの体が見える。今はもう単なる死体の塊といっても良いだろう…。


 俺はゆっくりと視線を足元に移す。そこには二本の剣が突き立った磔の儀式槍スケアクロウの姿がある。


「クフ…クフフフフフフ…!シネル!ミンナシネル!タミモ!ワタシモ!ミンナシネル!…アリガトウ…!…アリガトウ…」


 そう言って磔の儀式槍スケアクロウはゆっくりとその動きを止めた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る