第128話 ぬっぺっぽう亜種

◇ぬっぺっぽう亜種◇


「盾持ちはあの口を引き付けろ!ほかは横に回って突き崩せ!」


 今までは骨の殻を背負ったような出で立ちであったが、今の貪食の白骸スケレトゥスレギオンは肉と骨の混成体だ。手足の無く、肉の塊から骨が飛び出したその姿は余りにもおぞましく、アンデッドの根本が歪んだ生命力の行き着く先と言うことを俺らに再度教えてくれる。


「気をつけろよ!あんまり近づくと押しつぶされるぜ!」


「聖水だ!聖水!ここで最後なんだから手持ちは使い切るつもりで攻めろ!」


 その大口で噛み付こうと蠢く貪食の白骸スケレトゥスレギオンの攻撃をおっさんが盾で逸らすようにして耐える。その脇では他のおっさん達が果敢に攻めていっている。中にはエイヴェリーさんが生やした地面から伸びる石槍を捥いで、黒ヒゲ危機一髪のように次々差し込んでいっているおっさんもいる。


「待っててくださいね…!今押さえ込みます…!」


 おっさんの群れに対抗しようと貪食の白骸スケレトゥスレギオンが身もだえするが、タルテが地面を震脚のようにして踏みしめると、そこから斜めに石の杭が生成される。その岩の杭は貪食の白骸スケレトゥスレギオンに向かって傾いており、反対側ではエイヴェリーさんが同様の杭を生成している。その杭が枷となって貪食の白骸スケレトゥスレギオンの動きを阻害する。


「エイヴェリーさん!これ効いてるんすか!?」


 おっさん達が剣を振いながらエイヴェリーさんに尋ねる。肉の塊である貪食の白骸スケレトゥスレギオンは臓器などは無いようで、斬り付けても僅かな出血しか発生しない。それでも一応、聖水を塗った剣で切りつければ焼けるような煙を上げている。


「こんなもん、端から切って削っていきゃぁ良いだろ!」


 肉屋の切り売りのようにおっさんが貪食の白骸スケレトゥスレギオンの肉をそぎ落とすように切りつける。しかし、そのために間近に迫ったのがいけなかったのだろう。単なる肉の塊に過ぎなかった貪食の白骸スケレトゥスレギオンがその牙を向いた。


 皮膚を剥がれた様な様相の人間の上半身が飛び出し、近づいたおっさんの腕に組み付いた。


「がぁああ!?なんだコイツ!?」


 筋肉も無く、爛れた肉と骨しかない存在だが、つかまれたおっさんは悲鳴をあげる。それどころかその目は、その腕が尋常じゃないと物語っている。


「おっさん!動くな!その腕叩ッ斬る!」


 俺は空中に飛び上がり、空から降り立つようにして貪食の白骸スケレトゥスレギオンから伸びた腕を叩き落すように斬り付ける。骨を絶つような感触と共にその腕を確実に切断する。つかまれていたおっさんは尻餅をついた後、そのまま直ぐに貪食の白骸スケレトゥスレギオンから距離を置いた。


「ハァ…ハァ…。助かったぜ…、妖精の。まさしく投擲戦斧フランキスカだ…。がぁああ!?」


「おっさん…!?その腕は…?外せないってことか?」


 おっさんは自分の腕に掴みかかっている貪食の白骸スケレトゥスレギオンの腕を剥がすために自身の腕にナイフを突き立てている。


「クソ…。こいつの腕が、俺の腕の肉とくっついてやがるんだ…!肉ごと剥がすしかねぇ!」


 おっさんは自分の腕の肉ごとそぎ落として、掴んでいた手を自分の腕から引き剥がす。地面に落ちた手を見れば、貪食の白骸スケレトゥスレギオンの手の先がおっさんの皮と一体化していた。


「…!?あまり貪食の白骸スケレトゥスレギオンに近づきすぎないで下さい!今のコイツは俺らでさえ取り込みます!」


 俺は全体に向かって注意喚起をする。そして治療のためにおっさんを担ぎ上げた。風で確認すれば、メルルもタルテも近場にいるためちょうど良い。


「おっさん。治療しに行くぞ。ちょっとばかし耐えてくれ」


「すまんな…。何か吸収されたみてぇでよ。力が入んねぇんだ…娼館でひたすら頑張ったあとみてぇだ…」


 …二人の前に連れて行くのやめようかな…。そう思いはしたものの、俺はおっさんを担いでメルルとタルテの元に駆けつける。二人はナナと一緒にエイヴェリーさんと何やら話しこんでいた。


「メルル、タルテ。急患だ。おっさんを治療してくれ。ただの傷じゃぁない」


 単なる回復ならタルテで十分だが、僅かな間であっても貪食の白骸スケレトゥスレギオンの手と一体化したのだ。菌や魔法的な何かに感染している可能性もあるため、闇魔法でそれらを不活性化させる必要がある。


「…なるほど、先ほどの警告はこの傷ですか…。微かに嫌な魔力の残滓がありますね」


 メルルがその傷口をみて診断をする。彼女も一時期はタルテのように教会に通って闇魔法を習っていたと聞いている。そのときに消毒や病原菌の殺菌などで治療師の手伝いもしたのだろう。診察する姿は様になっている。


「あー。ハルト君。ちょうど良いところにー。いまからでかいの仕掛けるよー」


「でかいのですか?それは魔法でってことで?」


 先ほどの警告で多少攻め手の勢いは減ったが、それでも一方的に攻めていられてる。無理に攻めて現状を変える必要はないとは思えるが…。


「ハルト。時間だよ。あまり時間を掛けると日が暮れちゃう」


「あぁ…。なるほど。そういうことか…」


 俺の疑問を感じ取ったのか、ナナがそう答えてくれる。今は他のアンデッドの姿は無いが、日が暮れれば街の中から出てくる可能性がある。そうなれば挟撃、あるいは貪食の白骸スケレトゥスレギオンが更にそいつらを吸収する可能性もある。


「僕の土魔法はちょっと通りが悪いみたいだからねー。それで光魔法使いと闇魔法使い。それと火魔法使いに相談してたってわけー」


 たしかに剣の通りは良いとは言えないだろう。聖水で焼かれた傷口は煙を上げてはいるものの、ゆっくりと回復していっている。エイヴェリーさんの全力の攻撃であれば、細切れにできるかもしれないが、それにはちょっと剣が足りない。さすがに今戦っている面々から剣を取り上げるわけにも行かないだろう。


「メルルとタルテちゃんは疲弊してるから、私がメインでやるつもりなんだけど…。ハルトも手伝ってくれないかな?」


 ナナは俺に向かってそう呟いた。アンデッドに特攻のあるのはメルルとタルテの魔法だが、それもあってここまでに大分無理をさせてきた。…魔法を打つのが好きなナナは多少、不完全延焼なのだろう。


「解かった。そんじゃま、作戦立てようか…」


 俺はそう言ってナナと向き合った。


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