第127話 骸骨に明日は無い

◇骸骨に明日は無い◇


「攻め時だ!お前ら崩しに掛かれぇ!」


 貪食の白骸スケレトゥスレギオンは藻掻くようにその身体を震わせている。双頭も俺とナナに受けた攻撃が効いているのか力なく蠢いており、おっさん達が駆け寄っても鈍い反応しか返さない。


 骨の山を突き崩すかのように、おっさん達が剣を振るう。タルテの魔法によって脆くなっているのか、簡単に骨は砕けて、貪食の白骸スケレトゥスレギオンの体積を着実に減らしていっている。その姿はまるで鶴嘴を振るう炭鉱夫のようだ。…レア素材でねぇかな。


「それじゃー厄介なこの首も留めちゃおうかー。動くと面倒だもんねー」


 そう言ってエイヴェリーさんは指先を指揮棒タクトのように振るうと、剣が空を待って双頭を縫い付ける様に地面に突き立った。


 痛覚があるのかはわからないが、その双頭は剣が刺さった瞬間に抵抗するように暴れる。しかし、それでも深く刺さった剣は簡単には抜けはしない。エイヴェリーさんのことだから地面と剣の接着もしているのかもしれない。


「削れ!削れ!吸収したり変態する奴はどっかに核があるはずだ!それを掘り起こせ!」


「っしゃー!宝探しってわけか!」


「核の位置は最初と変わってなければ首の付け根です!獅子の牙ダンデライオンのメンバー二人を寄り代にしてました!」


 俺は貪食の白骸スケレトゥスレギオンが召還されたときの光景をおっさん達に説明する。あの台詞からして、間違いなくあの二人が核となっていることだろう。


「おいおい!宝探しのネタバレはよしてくれよ…!そういうのは地図に書いてだなぁ…」


「いいからさっさと掘り進めろ!いつまでも大人しいとは限らんぞ!」


 少々警戒心が無いように見えるが、大半のおっさんは彷徨う遺骸スケルトンの相手ばかりで辟易としているのだろう。同じ骨の化け物だが、貪食の白骸スケレトゥスレギオンは大物だ。それこそ、鬱憤を晴らすかのように剣を振っている。


「ハルト様…、血を少し返してもらいますわね。見ているだけは性に合いません…!」


 メルルが俺の肩を撫でると、血の鎧から幾ばくかの血がメルルの元に戻る。そして片手剣と円盾ラウンドシールドを手に持ちながらおっさんの群れの中に足を進めていく。血を纏った円盾ラウンドシールドを片手剣の剣先に接合し、懐から取り出した鏃のような刃を円盾ラウンドシールドの円周部に並べる。


「お、おい…。メルルの嬢ちゃん…?」


 血を操ることで鏃を高速で回転させる。空回しだと言うのに、その刃は風を裂いて威嚇するような音を上げる。それに気付いたおっさん達は、一人、また一人とメルルに道を空ける。


「さて、まずはこの邪魔な首を落としますわ…!」


 メルルは地面に横たわる双頭の竜の首を見る。エイヴェリーさんに磔にされたものの、その太い首を切ることはおっさん達も諦めている。しかし、メルルはその首に高速で回転する刃を押し当てた。


「ぉぉぉぉぉおおおおおぉぉぉおおぉおおお!」


「ハルト…!暴れ始めたよ…!押さえつけよう!」


「おう…!ナナは頭の近くを頼む!」


 チェンソーのような音を立てて、メルルの回転ノコギリが双頭の太い首を削りとっていく。流石に首を落とされたら堪らないのか、貪食の白骸スケレトゥスレギオンの首が暴れ始めるが、それを俺とナナで押さえつける。


 削るという点ではこれほど適した武器も無いだろう。首を数多の骨片に変えながら、ノコギリは深く深く切削していき、ついには首の全てを切断する。


「さぁ…次はそこですわ。観念してくださいまし…」


 片足で暴れる骨の腕を踏みつけ、メルルは今度は首の付け根にその刃を押し付ける。狩りというよりは、作業と表現したほうが良い光景に、おっさん達は軽く引いている。


「ァァァアアァ…!タミ!ケズレル!ケズレル!コナニナル!」


 防御のためか、いつの間にか骨の中に埋まっていた磔の儀式槍スケアクロウが声を上げる。そして、その声を掻き消すようにメルルの刃は大きな音を立ててひたすら掘り進む。


 骨だけでなく、肉も巻き込んで切り裂いて細切れにして行く。跳ねた血潮がメルルの頬に赤い筋を描くが、そんなことは気にしていられない。


「あら…!何か見えてきましたわ…!もうちょっとです…!」


「メルル、押し込めば良いんだよね…!?手伝うよ…!」


 ナナがメルルの片手剣に手を添えて、二人で体重を掛けて回転ノコギリを押し込んだ。その瞬間、一気に回転刃が押し進み、水分を多量に含んだ何かを削り潰した。湿った音を響かせ、堰を破ったかのように中から多量の血が溢れ出す。


「あおあぁぁぁぁああああああああああ!ああああ!あ!」


 核の一つを潰したからだろう。鈍化していた貪食の白骸スケレトゥスレギオンが一際大きく暴れる。さらには、俺らを噛み砕こうと大口を開いてこちらに迫る。


「なるほどねー。そうやれば確かに早いかもねー」


 その空けた大口にエイヴェリーさんの剣が差し込まれた。複数の剣を円錐状に束ねた形状。エイヴェリーさんはそれを高速で回転させ始めた。あたかもそれはドリルといっていいものであり、大きく開けた口の内側、もう一つの核に向けてその剣先が押し込まれた。


 その魔法を制御するために、エイヴェリーさんは大口の目の前で暴れる貪食の白骸スケレトゥスレギオンの攻撃を交わしながら耐えている。


 …貪食の白骸スケレトゥスレギオンはどうやら歯医者が苦手らしい。口の中で頬を突き破って核に向かうドリルに苦悶の声を上げている。


「そーれ、そーれ。もっといくよー」


 エイヴェリーさんは飛び出した骨に手を掛けて、今にも飲み込まれそうな大口の目の前ながら余裕をもって振舞っている。


 そして次の瞬間エイヴェリーさんのドリルも核を貫いたのだろう。先ほども聞いた水気のある何かを潰したような音が鳴り、大量の血が骨の隙間から溢れ出て来た。


「クヒヒヒヒヒヒイ!ツブレタ!ツブレタ!」


 大口の上、骨の奥から磔の儀式槍スケアクロウの甲高い声が聞こえる。示し合わせる事無く、調査団の面々は一斉に距離を取る。貪食の白骸スケレトゥスレギオンが召還された際の二つの核は潰した。これで活動停止してくれれば問題ないのだが…。


 暴れる貪食の白骸スケレトゥスレギオンの動きがだんだん鈍化していき、そして最終的には停止した。貪食の白骸スケレトゥスレギオンの変化を遠巻きに観察していた俺らはゆっくりと唾を飲んだ。


「…おい、死んだのか?ありゃ?」


「いえ…まだ内部で蠢く音が聞こえます…。推測に過ぎないのですが…、核が磔の儀式槍スケアクロウに切り替わって変化しているのでは…?」


 特級の呪物である磔の儀式槍スケアクロウを取り込んだのに、大きな変化が無いとは思えない。その証拠に、俺の耳には内部で脈動するような音が次第に大きくなっているのを感じ取っている。


「…!?矢避けの魔法!」


 爆ぜるようにして貪食の白骸スケレトゥスレギオンの骨が飛び散る。俺は咄嗟に魔法を展開して、矢のような骨を上空へと逸らす。


「ケヒヒヒヒヒイヒヒ!コロシテ!コロシテ!」


 片方だけ残っていた竜の頭は捥げ、胴体だけとなった貪食の白骸スケレトゥスレギオンが再び活性化する。今までは下腹部にしかなかった血肉が体全体に侵食しており、よくよく見れば、開いた大口の中に磔の儀式槍スケアクロウの姿が見える。


「さぁ…。お前ら。どうやら最終ラウンドらしい。気合入れていくぞ…!」


 副リーダーのおっさんの渋い声が響く。俺らは再び剣を構えて貪食の白骸スケレトゥスレギオンに相対した。


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