第126話 双拳の理由

◇双拳の理由◇


「総員!戦闘態勢!地の下から出てくるぞ!」


 副リーダーのおっさん声が響く。前方の石畳に入る亀裂は更に大きくなり、音とも振動とも取れる響きが周囲を満たす。それとは反対に、調査団の面々は口を閉じて警戒すると共に沈黙を貫いている。…真横に立ってるゆっくりと唾を飲み込む音が聞こえる。


「ォォオオォォ…イトッシャノぅ…イトッシャノぅ…」


 地響きの音に紛れ、地面の下から小さいが甲高い声が聞こえる。耳の良い俺はもちろん、斥候のおっさんにも聞こえたようだ。地面の下に何がいるのか感付いて嫌な顔をしている。


 気圧された斥候のおっさんが一歩後ろに下がるのと、一際大きく石畳が割れるのは同時だった。石畳の破片が吹き飛び、下からまるで間欠泉のように骨の塊が吹き出ていく。二つの骨の奔流はうねる様に中に舞い、こちらにその先端を向ける。それは先ほどまで相対していた双頭の竜を模した骨の塊。


「…貪食の白骸スケレトゥスレギオン…!」


 地を突き破って地上に芽生えた双頭の竜を中心に、地面の崩落は加速していく。そして、中から貪食の白骸スケレトゥスレギオンが湧き出すようにその姿を現す。


「ォォァアアアァァァアアアアアアアアアア!」


 二本の長い首の付け根、そこに開いた大口を割けんばかりにあけて、大きな咆哮を上げる。その身体は水に濡れており、骨の先端から雫が滴っている。音に耳を傾ければ、奴の這い出てきた穴の奥からは、轟々と流れる水の音が聞こえてくる。


「なるほど…、地下水脈か…。そういえば野営地近くまで地下水脈が流れていたな…」


 街の中心には鍾乳洞を流れる地下水脈を利用した井戸が存在していたはずだ。おそらく、その水脈が野営地近くまで流れているのだろう。…さきほどタルテが崩落させた鍾乳洞はその地下水脈に繋がっており、奴はその流れに乗って俺らの先回りをするように現れたのだ。


 …プレシオサウルスみたいな見た目だが、まさか水の中を移動するとは…。


「全体!下がれ!遠距離持ちは奴をそのまま釣り出せ!足場がしっかりした所まで移動させるぞ!」


 弓持ちが一斉に矢を放ち始める。斥候のおっさんも弓を引いて的確に貪食の白骸スケレトゥスレギオンを射る。的は大きいが、大半は骨だ。矢で狙うなら腹や大口の近くにある受肉した部位が適しているのだろう。矢は大口の周りに集中して射られている。


 水に濡れたせいか、グジュルグジュルと粘性をもった音を立てながら、貪食の白骸スケレトゥスレギオンが滑るように移動し始める。大口の上に姿を見せる磔の儀礼槍スケアクロウも、血走った眇目を忙しなく動かし、その手を縋るようにこちらに伸ばしている。


「ハルト様…逃げるくらいは問題ありません…!降ろしてくださいまし…!」


 そう言ってメルルは血の鎧を操作して、自ら俺の背中から降りる。見れば足取りはしっかりしており、問題なく歩けている。それどころか円盾ラウンドシールドを構え、敵に備えながら後退して行っている。


「ハルトさん…、なんか領主館で戦ったときより、元気になってますよね…」


 タルテが貪食の白骸スケレトゥスレギオンを見て不安そうにそう呟いた。


「まぁ…散々、彷徨う遺骸スケルトンを吸収してたしな…。あんなでけぇ口してるんだ。さぞかし食いしん坊なんだろうよ…」


 ついでに地下でたらふく水でも飲んだのだろう。良く食って良く飲んだのだから元気いっぱいと言うわけだ。このまますんなり良く眠ってくれないかな…。


「おう!そろそろ攻めるぞ!全員隊列を組め!」


 副リーダーのおっさんが全体に声を掛け、それに答えるように全員が横に並んで一斉に武器を構える。金属の擦れる音がなり金属の光沢が鈍く煌く。


「魔法使い組みはー、足止めに魔法をいくよー!さぁー剣を構えてー!」


 エイヴェリーさんがそう言って俺ら、妖精の首飾りの面々に声を掛ける。魔法使いの装備は少しでも制御距離を伸ばすための杖が主流なのだが、この場に居る魔法使いの五人の内、四人は剣を使っており、最後の一人であるタルテに至っては無手だ。


「芽吹く剣先、天へと伸びるー。地面に生える針千本グリードアイランドー」


 エイヴェリーさんが剣を地面に突き刺すと、そこを起点に地面の石が槍へと変化する。その反応は連鎖的に貪食の白骸スケレトゥスレギオンに向かって発生し、剣山のように変化したそこへ貪食の白骸スケレトゥスレギオンが突っ込んだ。


「ォぁあああぁあぁぁぁぁぁぁああああああ!」


 貪食の白骸スケレトゥスレギオンが血を噴出しながら咆哮を上げる。そして、お返しとばかりに双頭の竜が周囲の建物の壁を打ち崩しながらこちらに迫ってくる。俺とナナはそれを止めるために前に向かって飛び出した。


「圧縮圧縮圧縮ゥ…!風の精霊の三日月蹴りエアロインパクト!!」


 前方の空気を圧縮して、それを後方に流した瞬間に開放させる俺の高速移動。これはその発展系の技だ。圧縮空気の開放先を蹴りの瞬間に蹴り足に変更する。簡単なように見えて、魔法と肉体、両方の制御を要求する高等技術だ。


 蹴りの衝撃に合わせて、炸裂する空気がその衝撃を後押しし、爆音と共に双頭の片方を跳ね上げる。


「考えず…ただ炎の熱を感じ、剣に込める…!燃えよ龍エンター・ザ・ドラゴン!」


 もう一方の竜頭にはナナが止めに入る。ナナは炎の鎧を纏ったように無作為に周囲に炎を展開させ、そのまま竜の首に切りかかる。しかし、斬撃の瞬間に炎の魔剣である波刃剣フランベルジュがその炎を吸収し、斬撃の対象に強制的に転移させる。白い骨が一瞬で炭のように黒く焦げ、赤熱しながら火を吹き出した。


「次は…!私が行きます…!」


 竜の双頭が俺とナナにより弾き飛ばされ、その隙を狙ってタルテが胴体に向かって肉薄する。


「祈ります。祈ります。荒野で呼ばわる者の声がする。主の道を備えよ、その道筋をただ進めと…。信仰フィデスはその脚に宿り、神秘アルカナは手に潜む」


 エイヴェリーさんが生やした石の槍の隙間を縫い進みながら、タルテが祈りを唱える。地下墓坑カタコンベで俺らに見せた魔法だろう。


 …他人の身体に直接掛ける魔法は、密着した状態でも抵抗される。それは回復を目的とした魔法でも変わらない。そのため、昔の光魔法使いは思い付いた。抵抗されるのなら、をつければ良いのでは?…と。


右の頬を殴り飛ばす拳ストレングス…!」


 タルテは身の丈以上に飛び上がって、飛び掛るようにその右の拳を叩き付ける。瞬間、光属性の魔力が貪食の白骸スケレトゥスレギオンに向かって強引に流し込まれる。


次は左の頬を差し出せダブル・インパクト…!」


 そして息を継ぐ暇も無く、すぐさま左の拳が打ち込まれる。…魔法使いでなければただの二連撃の拳に見えただろう。しかし、俺には感じ取ることができた。一撃目で打ち込まれた光属性の魔力が、二撃目の衝撃で一斉に励起したのだ。たとえアンデッドでなくても、アレを食らえば体の内を暴れる力の奔流に身を裂かれることとなるだろう。


「ぃヤァァァアアアアアアアアアアアああああああああ!」


 磔の儀式槍スケアクロウの頭蓋が甲高い叫び声を上げる。貪食の白骸スケレトゥスレギオンは完全に足を止め、それどころか体の一部は時間が加速したかのように骨や肉が風化してボロボロと崩れ落ちていった。


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