第125話 海産物は足が早い

◇海産物は足が早い◇


「うぅ…、ハルト様…。申し訳ありません」


「いいから…!そのまま掴まってろ…!」


 メルルを背負い、そのまま建物の入り口を飛び出した。街の外に向かって駆け出す俺らとは異なり、前方には俺らの後ろ…、貪食の白骸スケレトゥスレギオンに向かって足を進める彷徨う遺骸スケルトンで溢れている。


 幸いにも、俺らに襲い掛かる様子は無いため、俺らはその彷徨う遺骸スケルトンを突き飛ばすようにして突き進んでいく。


「メルル…、もう戦うことはほぼ無いから、血の鎧は解いて大丈夫だぞ?」


「いえ、維持はそこまで苦ではありませんので…。念のためそのまま来ていてくださいまし…」


 もう逃げるだけなので血の鎧を着ている必要は薄いが、かといって血の鎧を解除したところでメルルの貧血が回復されるわけではない。足を止めている状況ならまだしも、闘争中や逃走中に一度体外に出した血を身体に戻すことは難しいらしい。


 メルルは貧血になりながらも血の鎧の維持に努めてくれる。それどころか、俺がメルルを負ぶさりやすいように血の鎧の背面を変形させて俺の体に縛り付けた。


「…!?嘘…ハルト、あれ…!?」


 轟音とともに俺らが後ろを振り返ると、さっきまで居た旧領主館らしき建物を打ち崩しながら、貪食の白骸スケレトゥスレギオンが這い出して来ており、ナナが驚愕の声を上げる。


「おいおい…移動できたのかあいつ…!?」


「しかもでかくなってんぞ…!アレ…!!」


 おっさん達も驚愕したように、貪食の白骸スケレトゥスレギオンはその体を一回り大きくしている。それが腹を引き摺るようにしてこちらに向かって来ている。その双頭は逃げる俺らの方向を見据えており、狙われてしまっているのは確実だろう。


 建物の陰に隠れても、首を擡げた双頭は高所から俺らを見通すため、簡単に見つかってしまう。骸骨とこびり付いた様な僅かな血肉しかない双頭だが、こういった生物の範疇からはみ出した輩は、形状などに大きな意味を持つ。眼球の存在しない双頭…、奴らはそこで見ているはずだ。


「おい走れ走れ!想像以上に速ぇぞ!少なくとも薬師のロム爺さんよりは確実に速い!」


「進め!あの巨体に巻き込まれりゃ一瞬でレバーペーストみてぇになっちまうぞ!」


 殿についているおっさんが先頭陣を急かすように声を張り上げる。ロム爺さんはアウレリアの健脚自慢のお爺さんだ。薬屋を営んでいるのではなく、自家製の薬で自己活性化しながら戦う狩人だ。つまり、普通に速い。


 巨体故に遅くも見えるが、その移動速度は十分に早く、他の彷徨う遺骸スケルトンの処理もあって俺らとの距離はだんだんと詰まって来てしまっている。


 背後で建物を打ち崩しながら直実に近づいてくる貪食の白骸スケレトゥスレギオン。見れば軟体動物のように腹の下が扇動し、その上、胴体周囲部の骸骨が、手で水を漕ぐかのようにしてその巨体を前へと動かしている。


「みなさん!そのまま進んでください!地面を崩壊させます!」


「タルテちゃん!援護するよ!そのまま後ろは任せて!」


 竜鎧を纏ったタルテが地面に片手を当てながら身を翻し、裾の広い修道服が風を孕んで広がった。ナナはそんなタルテの後ろに立ち、彷徨う遺骸スケルトンが近づかないように周囲に睨みを利かせた。


 タルテは地面を軽くノックするように叩く。恐らくは地下の状態を魔法で確認しているのだろう。そして、殿のおっさんがタルテを追い越した瞬間に待機させていた魔法を展開させる。


「地は形なく、空しく、光が淵の表にあり。冥府の蓋は良く壊れるカタストロフ


 地面を更に下に押し込むようにしてタルテはその手に力を込める。そして、その瞬間に光と共に地面に亀裂が走っていく。その亀裂は段々と大きくなり、貪食の白骸スケレトゥスレギオンがその上に乗り上げたことで、さらに加速度的に進行した。


「ォあぁぁああぁぁああぁおぁあああああ!」


 鈍い振動が周囲に走り、地に飲まれるようにして貪食の白骸スケレトゥスレギオンが瓦礫と共に崩れ落ちていく。風で確認してみれば、地下には地下墓坑カタコンベのような鍾乳洞が存在している。タルテはこの鍾乳洞を感じ取って魔法で崩落させることを考え付いたのだろう。


 貪食の白骸スケレトゥスレギオンの双頭が落ちるまいと周囲の廃墟を薙ぎ倒すように暴れ、崩落した穴の淵に必死にしがみ付いている。


「さっさと落ちて…!炸裂火球フレアブラスト!」


「手伝う…!下降気流ダウンバースト…!」


 俺とナナの魔法が貪食の白骸スケレトゥスレギオンに決まり、完全に地の中に落ちていく。薄暗い地下の闇の中に白い骨が消えていき、段々とその咆哮も遠くなっていく。…そして後追い自殺のように、彷徨う遺骸スケルトンが身を投げていく。


「おし!いいぞ!このまま街の外に向かえ!ギルド会館の物資はこの際、無視だ無視!」


 俺らはそのまま街の外へと駆け抜けていく。街の外へと進んでいくに連れて、次第に彷徨う遺骸スケルトンもその数を減らしていく。日は大分傾いて来ており、空は薄っすらと茜色に染まりつつある。


「ハルト様。ありがとうございます…。もう大分良くなりましたので、もう降ろしてもらって大丈夫です」


 敵からのプレッシャーが大分減ったため、メルルが自分の足で進めると言ってくる。顔は見れないものの、俺の首もとに巻きついている腕を見れば、大分血色もよくなっている。


「…いや、もう街の外が近いからこのまま負ぶっていく」


 戦闘の後に、ひたすら走り抜くこととなったが、メルル程度の体重では大して負荷にはならない。このまま街の外まで問題なく負ぶったまま走りきれるだろう。


 俺は残りの距離を確認しようと前方に注意を向ける。街門へと繋がる大通りに入った俺らの目線の先には、すでに外と繋がる街の門が見えている。


「…ぜんたーい。止まれー!」


 しかして、その手前にてエイヴェリーさんから停止の号令がかかる。何かの異変かと判断した俺は風の索敵に集中し、同様にタルテは地面に手を当てて振動を感知しようとする。…俺の風には何者の存在も感じ取れない。しかし、タルテは何かを感じ取ったようで、エイヴェリーさんに目線で合図を入れる。


「どうやらー、先回りされたみたいだねー。みんな戦い準備してー」


 そう言ってエイヴェリーさんは剣を鞘から引き抜く。それと同時に地面が振動し始め、街門手前の広場の石畳にビシリと大きな亀裂がはいった。


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