第124話 呪歌謡う骸骨

◇呪歌謡う骸骨◇


「…!?坊主!死霊術師ネクロマンサーを確保しろ…!!」


 貪食の白骸スケレトゥスレギオンの変貌に怯んでいた面々だが、唐突に副リーダーのおっさんの指示が飛ぶ。反射的に駆け出したが、直ぐにその理由を知ることができた。


「おー、制御できないってホントみたいだねー」


 貪食の白骸スケレトゥスレギオンが真っ先に狙ったのは俺らではなく、気付かれぬようにゆっくりとその場を離れようとしていた死霊術師ネクロマンサーだった。振り返るように背後に顔を向けた双頭をエイヴェリーさんが射出した剣で弾くが、それでもなおエイヴェリーさんにヘイトが向くことは無く、阻止されてもしつこく死霊術師ネクロマンサーへと向かっていく。


 語り部として雇用予定であったラサラス君は、残念ながら声を失った上に、吸収されたことで命も失った可能性がある。できれば、あの死霊術師ネクロマンサーを生かして捕らえたいのだろう。


「ナナァ!一発頼む!」


「直ぐ行くよ…!炸裂火球フレアブラスト…!」


 俺は走りながらもナナに指示を出して、火球を飛ばしてもらう。そして、先ほどの落下のようにナナの魔法によって、爆発的な加速度を得る。背後に貪食の白骸スケレトゥスレギオンの気配を感じながらも、俺は速度を緩める事無く走りぬけ、ラリアットのように死霊術師ネクロマンサーの首に腕を引っ掛ける。


「ゴブゥッ…!?」


「ぎりぎりセーフ!」


 死霊術師ネクロマンサーを引き倒すようにして、スライディングを決める。次の瞬間、死霊術師ネクロマンサーの立っていた位置に貪食の白骸スケレトゥスレギオンの頭が突っ込んだ。


 俺は追撃に備え、ハンドバッグのように死霊術師ネクロマンサーを腕に引っ掛けたまま立ち上がった。機能性に少々問題があるが、本皮仕様の個性的なハンドバッグだ。おしゃれ上級者と言えどもコイツは使いこなせまい。


「…?追撃は…無いのか…?」


 二本の首による連続的な攻撃を警戒していたが、貪食の白骸スケレトゥスレギオンの首は正面に向き直るようにゆっくりと戻っていく。


 不自然な振る舞いに多少の警戒心が湧き上がるが、俺はこれ幸いと死霊術師ネクロマンサーを引き摺りながら調査団の面々のもとに戻る。…多少強引に引き摺ったが、死霊術師ネクロマンサーは沈黙している。恐らくはハンドバッグになりきっているのだろう。


「おう…ナイスだ。坊主。俺が預かろう…死んでないよな?こいつ」


「まさか。学術派のような体付きでしたからね…。赤子にラリアットするかのように加減しました。ちゃんと息してますよ」


 ガタイの良いおっさんが戦陣に戻った俺から死霊術師ネクロマンサーを受け取って肩に担いだ。生死の心配をしているが、ちゃんと風で息があることは確認している。


「それで…、貪食の白骸スケレトゥスレギオンの様子は…?」


 おっさんに死霊術師ネクロマンサーを預けた俺は、すぐさま貪食の白骸スケレトゥスレギオンの方を向いて観察する。


 双頭の片方がゆっくりと割けた大口の上部に移動すると、そこに組み込まれている磔の儀式槍スケアクロウの手元に咥えていた何かを落とした。それは先ほどまで、死霊術師ネクロマンサーの所持していた屍骸文書シガイブンショだ。


 磔の儀式槍スケアクロウは受け取った屍骸文書シガイブンショを開いて、奪った目玉で内容を確認していく。


「ジュモッ…!ジュモンッ…!チョウシュッ…チョウシュウ!タミ…カラ…チョウシュウッ!」」


 どうやら、死霊術師ネクロマンサーを真っ先に襲ったのは屍骸文書シガイブンショが目的だったらしい。磔の儀式槍スケアクロウは眼球を世話しなく動かして、屍骸文書シガイブンショの内容を確認していく。こちらに一定の警戒心を抱いてはいるものの貪食の白骸スケレトゥスレギオン磔の儀式槍スケアクロウもこちらを攻撃するようすは見せない。


「どうやら…読書タイムと言うわけじゃな無いよな?」


「恐らく何かする気でっせ…!さっさと打ち倒しちまいましょう…!」


 このまま待っていても状況が好転するとは思えない。おっさんたちは剣を構えて貪食の白骸スケレトゥスレギオンに攻める気配を見せる。あとはエイヴェリーさんか副リーダーのおっさんからの号令を待つだけなのだが、それよりも早くにも磔の儀式槍スケアクロウが目的のページを見つけ出したようだ。


「ファガシクァココ!ファガシクァココ!メイテイアケテ!ァア!ァア!」


 甲高い耳障りな声で磔の儀式槍スケアクロウが呪文を唱え始める。呪歌ともとれるそれが辺りに響くと、まだ僅かに残っていた彷徨う遺骸スケルトンが、一斉に貪食の白骸スケレトゥスレギオンに集り始める。移動するための足が破壊されていた彷徨う遺骸スケルトンは縋るように貪食の白骸スケレトゥスレギオンに手を伸ばすと、力尽きたように倒れ伏し砂へと変わっていった。


「おいおい…何が起きてんだよ…」


「うぅ…耳が痛いです…」


「タルテちゃん…大丈夫…?」


 異変はそれだけでは済まなかった。甲高い呪歌を聴きたくなく、他の音に意識を割いていたから直ぐにでも気が付くことができた。この街に着てから嫌になるほど聞いている彷徨う遺骸スケルトンの歩く音。複数のそれがこちらに向かって近づいて来ているのだ。


「外…!外です…!ここに向かって彷徨う遺骸スケルトンが集まって来てる…!このままじゃ挟み撃ちに合う…!」


 俺はエイヴェリーさんと副リーダーのおっさんにそのことを急いで伝える。それを聞いた二人は互いに目を合わすとゆっくりと頷いた。


「…撤退だねー。元凶っぽい人は確保したしー、ここで戦うのは余りに迂闊だよねー」


「聞いたか!直ぐに進め!逸れた奴は門外の野営地に向かえ!信号弾持ちは定期的に撤退の信号を打ち上げろ!」


 その号令を聞いて、調査団の面々は一斉に身を反転させる。俺は貧血気味のメルルを背に担いで、後に続くように駆け出した。


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