第123話 骨と血肉と私

◇骨と血肉と私◇


「自傷前提の技はお前らの専売特許じゃねぇぞ!オラァ!」


 爆発する結晶を用いての自爆技には驚いたが、多少の自傷する技だったら俺だって持っている。ラサラスの背中に中腰で立ち、まるでサーファーのようにして地面に突っ込む。ラサラスのものか、あるいは下敷きになった彷徨う遺骸スケルトンのものかは解からないが、骨が砕ける音が聞こえてくる。


 俺も衝撃に耐え切れず、転がり落ちるようにして石床に投げ出される。痺れる足に力を込めて、すぐさま立ち上がって剣を構える。…ラサラスは完全に沈黙している。横たわった身体は石床にめり込んでおり、割れた石床の隙間にラサラスの血がゆっくりと蓄えられていく。


 潰れたトマト…とまでは行かないが、手足も折れてあちこちから出血している。僅かに息があるようだが、もう立てるような状態ではないだろう…。


「おまたせー。ハルト君もタルテちゃんも大丈夫ー?」


 彷徨う遺骸スケルトンの群れを打ち撥ねて、エイヴェリーさんたちがこちらに向かってくる。もう残すところは死霊術師ネクロマンサー貪食の白骸スケレトゥスレギオン、あとは賑やかし程度の彷徨う遺骸スケルトンだけだ。


 俺らはゆっくりと歩を進めながらそいつらを包囲していく。死霊術師ネクロマンサーの顔は青ざめてはいるが、勝ち筋を探してせわしなく動き回っている。


「お前ら…夕暮れが近いからな、手早く済ますぞ。残念ながらティーブレイクを挟んでいる余裕は無い」


 副リーダーのおっさんがエイヴェリーさんに代わって指示をだす。貪食の白骸スケレトゥスレギオンがその双頭をこちらに向け攻撃をしてくるが、エイヴェリーさんが的確に剣を撃ち込んで行く。


「さて、一応聞いておくが投降するつもりはあるか?名も知らぬ死霊術師ネクロマンサーよ」


「黙るが良い…、知性の欠片もない山猿風情が…」


 貪食の白骸スケレトゥスレギオンの影に隠れる死霊術師ネクロマンサーに副リーダーのおっさんが投降を呼びかけるが、どうやら無抵抗で捕まるつもりは無いらしい。


「…おい、待て。磔の儀礼槍スケアクロウはどうした…!」


 斥候のおっさんが、磔の儀礼槍スケアクロウが無いことに気が付き声を荒げる。俺はそれを聞いてエントランスホールに展開している索敵のための風に集中する。


 …木を隠すのは森の中というが、骨を隠すのは骨の中。磔の儀礼槍スケアクロウはおぞましい外見の呪物であったが、ここは骨だらけの異常な空間であるため紛れてしまい把握できていなかったのだ。


 骨…骨、骨、おっさん、骨、おっさん、おっさん、おっさん、骨、骨…。周囲で動いているものの中から磔の儀礼槍スケアクロウを探す。儀式槍にはりつけにされている上半身だけの黒い骸骨…。


「…!?後ろ…!?」


 その反応は俺らの後ろ側。先ほどまで俺らが戦っていた辺りに存在していた。俺は瞬間的に振り返ってそれを視覚にて確認する。


「…や゛めでぐれ…うごっ…うごかずな…」


 床でほぼ死に掛けていたラサラスが立ち上がり、ゆっくりと…それこそゾンビのような足取りでこちらに向かって来ている。奴の背中には磔の儀礼槍スケアクロウが背後霊のように取り付いて耳もとで囁くように顎を動かしている。


「いだい…やめ…やめで…」


 ラサラスの身体は歩けるような状態ではない。それを確認したから縛り付けていないのだ。手荒く縛り付ければ死ぬ可能性もあったので、情報源として残しておくために止めも刺さなかった。


 そのラサラスが歩いてこちらに向かって来ている。大腿からは骨が飛び出し、体の大部分が血で汚れ、口からはそれを上塗りするように血が吐き出されている。一歩歩く度に、濡れたスポンジを落としたかのように辺りに血が飛び散る。とても歩けるほどに回復したとは思えない。


 歩ける状態では無いはずなのに歩いている。それはラサラスの身体に纏わり付いた獣の皮が、強引に彼を歩かせているように見えた。


「…!?ダメです…!その毛皮は呪物…!磔の儀礼槍スケアクロウの封印に干渉します…!」


「…!?待て!不用意に近づくな!」


 俺の視線を追って、その異様な姿を目にしたタルテがそう叫び前に駆け出したが、それを止めるかのように磔の儀礼槍スケアクロウの光の鎖が弾け飛ぶ。その瞬間に衝撃波が発生し、タルテをこちらに押し戻すように吹き飛ばした。


 そして、封印が解けた瞬間にラサラスに取り付いていた毛皮が磔の儀礼槍スケアクロウの骸骨にも移動し始める。あたりの空気は重くなり、温度も急激に下がったように感じた。


「ククク…、お前らが悪いんだぞ…本当はコレをするつもりは無かったんだ…制御が外れるからな…。貪食の白骸スケレトゥスレギオン…!磔の儀礼槍スケアクロウを回収しろ…!」


 俺らの頭上を飛び越えて、貪食の白骸スケレトゥスレギオンのアギトがラサラスと磔の儀礼槍スケアクロウを咥えて持ち去った。その間も磔の儀礼槍スケアクロウへの毛皮の侵食は進んでおり、骨格標本のような見た目から人体模型のような見た目へと変化していっている。


「がァ…、やめ、やめろ…どるな…とるんじゃない…ぁぁああああああ!」


 磔の儀礼槍スケアクロウは骨の手をラサラスの顔に近づけると、躊躇無く眼球をくり抜いた。…そしてその眼球を自身の眼孔に納めると、眼球は始めからそこにあったかのように世話しなく動き始めた。


 更に、磔の儀礼槍スケアクロウの手はラサラスの喉元にも伸び、その声帯も引きちぎって、自身の喉元に納めた。


「…ぁぁ…ぁぁあぁ…、…た…タミ!われ、われのの民!民!カエッテ!帰ってきた!」


 出来たばかりの血に濡れた声帯を震わせて磔の儀礼槍スケアクロウが叫び声を上げる。そしてそのまま貪食の白骸スケレトゥスレギオンの胴体に…、長い首の付け根の間に吸収され始める。


「イッショ…!民とイッショ!イッショニナル!」


 甲高い声で磔の儀礼槍スケアクロウは取り込まれながらも叫び声を上げる。そして、貪食の白骸スケレトゥスレギオンにも血肉が感染するかのように広がってく。ラサラスのときは毛皮であったが、貪食の白骸スケレトゥスレギオンに広がるのはグロテスクな血と肉だ。


「おいおい…今度は死肉の寄せ集めフレッシュゴーレムかよ…」


 おっさん達が余りのおぞましさに後ずさりする。磔の儀礼槍スケアクロウが吸収されたあたり…、貪食の白骸スケレトゥスレギオンの胴体にもその血肉と骨によって異常なほど大きい口が形成される。


「ぉぉぉぉぉおおおおぉおぉあああああああああ!」


 今までは骨の音と妙な唸り声しか上げなかった貪食の白骸スケレトゥスレギオンが、建物を震わすほどの咆哮を上げる。胴体にある裂けた様な口の上では、磔の儀礼槍スケアクロウも顔を出しており、重ねるように甲高い声で叫んでいる。意味も無いその叫び声は、俺には産声のようにも聞こえた。


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