第122話 一つ上の男

◇一つ上の男◇


「ゴルゥゥゥウウウァアァアアアガァアア!」


 ラサラフが身体を揺さぶり、背中に組み付いた俺を引き剥がそうとするが、俺は奴の鬣を握り締めなんとか振り落とされるのを防ぐ。しかし、ラサラスはすぐさま次の行動に移った。俺を引き離そうとしていたのに、今度は俺が退き離れないように俺の手を上から押さえ込むように握りこんだ。


 そして、エントランスホールに佇む太い石柱に目を向けると、勢い良くそこ目掛けて走り始めた。


「おいおい…!理性を失ってるわりに的確じゃねぇか…!」


 俺は前方に迫る石柱を見て奴の狙いに気が付くが、離れようにも俺の手は奴に握りこまれ直ぐには離れられない。


「ァガッァア!」


 ラサラスは衝突の瞬間に体勢を変え、俺は奴の体と石柱にサンドイッチされることになる。石柱の石を砕かれ、細かい石片が飛び散る。


 通常の鎧に加えメルルの血の鎧を纏っているため、お煎餅にならずには済んだものの、衝撃によりマチェットは抜けてしまった。俺は揺れる視界でラサラスを見るが、奴にもかなりの衝撃があったようで、こめかみに手を当ててかぶりを振っている。


 自身にもダメージのある捨て身の行動ではあったが、奴はほぼノンタイムでそれを選択した。俺も時折する行動であるため、やり返されたことに苦笑いが出てしまう。


「ァァアアアァァアアアアアア…!」


 衝撃でより獣の心に犯されたのか、ラサラスは輝くもされど濁った眼で声高く吠えた。そして、辺り構わずその爪を振るい始める。俺と彷徨う遺骸スケルトンを区別しない戦い方は、理性を失ったと言うよりも、苦しみもがき暴れているように見える。


「ハルトさん…!そっちに行きました…!」


「クソ…!面倒だな…!」


 暴れるラサラスと相対する俺に、タルテから注意喚起の声が届く。その声と共に、俺は背後から迫る存在を風で感じていた。瞬間的に飛びのけば、先ほどまで居た位置に貪食の白骸スケレトゥスレギオンのアギトが通過する。死霊術師ネクロマンサーはラサラスに気を使うつもりは無いらしく、通過する骨の首がラサラスも突き飛ばした。まるで、ランダムで襲い狂うフィールドギミックのようだ。


 しかして、獣の反射神経故かラサラスは空中を移動する貪食の白骸スケレトゥスレギオンの首を壁走りするかのように足場にして、俺に目掛けて飛び掛ってきた。


「…!?エアブラスト…!」


 飛びのいたせいで無理な姿勢をとっていた俺は、待機させていた圧縮空気を炸裂させ、強引に移動する。それでも、ラサラスは追いすがるように俺に迫りその剃刀のような爪を振るう。


「ガァァアアアァァアアア!」


「しつこいな…ちっと距離開けさせてもらうぞ…!」


 俺は近場を通り過ぎた貪食の白骸スケレトゥスレギオンの首にマチェットを突き立てる。そしてそのまま首に引き上げられるようにして、その場から空中へと離脱する。


「…そろそろ頃合だな」


 俺は眼下で暴れるラサラスを視界に収めながらも、戦場全体を冷静に見渡した。


 エイヴェリーさんは、丁度黒ずくめの自爆要員を仕留めたところだ。十人近い黒ずくめが昆虫採集の標本の様に壁に剣で磔になっている。的確に赤い結晶が貫かれているようで、その死体は爆発する兆しは無い。


 ナナはメルルを守るように炎の壁を展開し、更には周囲のおっさんと協力して彷徨う遺骸スケルトンを薪のようにその炎にくべていっている。もう彷徨う遺骸スケルトンも大半が消え去り、数分もすればタルテとおっさん達が合流するはずだ。


 ここまで来れば戦況はこちらに大きく傾く。特にエイヴェリーさんの手が開いたのが大きいはずだ。貪食の白骸スケレトゥスレギオンも多少戦ってみたがそこまで強いとは思えない。全員でかかれば一気に方がつくだろう。


「そんじゃま…、他人に取られないうちに皮被り野郎をしとめますかね…」


 ラサラスは面倒な相手なだけであって、決して強くはない。こちらに攻め手を回さない連続攻撃や多少の斬撃を物ともしない毛皮や回復能力は厄介だが、本能に根ざした攻撃は読みやすく避けるのも容易だ。おそらく、貪食の白骸スケレトゥスレギオン彷徨う遺骸スケルトンに囲まれた状況で無いなら、既に勝負が付いていただろう。


「グルルルルルゥゥゥルルル…」


 十分にヘイトを稼いだせいか、ラサラスも貪食の白骸スケレトゥスレギオンの首に飛び付き、俺の方へと登り詰めてきている。…そういえばライオンは木登りが得意だったな。


 死霊術師ネクロマンサーは、貪食の白骸スケレトゥスレギオンの首に登っている俺らの扱いに困ったようだが、都合よくエントランスホールの上へと頭を振ってくれた。


『ナナ…!もう手が開くだろ…!炸裂火球フレアブラストを頼む…!メルルは鎧の変形も…!』


 俺は直ぐさま二人に指示を出し、貪食の白骸スケレトゥスレギオンの頭に駆け上ってラサラスを迎え撃つ準備を整える。…普通ならば警戒するのだろうが、奴には俺が脅えて逃げた様に映ったのだろう。濁った瞳を歪めて、気味悪く笑いながら飛び掛ってきた。


 彷徨う遺骸スケルトンというブラインドがあった先ほどまでとは違い、この上空ではメルルの視線も良く通る。


『メルル…!縛り上げてくれ…!』


『わかりましたわ…!』


 血の竜鎧の尻尾が伸び、飛び掛ってきたラサラスを横合いから絡め取る。俺はそのまま先ほどもあった様にラサラスの背後に回って、後頭部を押さえつける。今回は鎧が変形して絡み付いているため、そうそうに離されはしない。


『ハルト…!炸裂火球フレアブラストが行くよ…!』


 俺が何をするつもりか解かったのだろう。丁度良いタイミングでナナから炸裂火球フレアブラストが飛んでくる。貪食の白骸スケレトゥスレギオンがその火球を避けようと首を振るうが、風に絡め取られた火球は追尾するように俺へと向かってくる。


「さあ行くぞ…俺が上で、お前が下だ…」


 炸裂火球フレアブラスト貪食の白骸スケレトゥスレギオンに着弾する直前に、俺とラサラスは眼下に目掛けて飛び降りた。


 頭上での爆風を血の羽に受けて、俺らは自由落下の加速度を楽しむ暇も無く一気に加速する。ラサラスは暴れるものの、空中での姿勢制御では風魔法使いに勝てる奴は居ない。ラサラスをうつ伏せの姿勢で固定して、風の力で更に加速させる。


 バター猫のパラドクス曰く、猫は常に足を下にして着地するため、逆説的にうつ伏せ状態ならばこれ以上姿勢を変えられまい…!


「バンジーというには高さがちと足りないが…、加速するから許してくれよ!?死は空からやってくるフォーリンダウン!」


 俺は白い骨に塗れた石床に向けて、ラサラスと共に落下した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る