第121話 ただし化け物、オメーは駄目だ

◇ただし化け物、オメーは駄目だ◇


「ぁぁああぁぁあぁああぁぁぁぁああああ!」


 ラサラスの肉体が軋むような音を立て、大剣に刻まれた秘匿文字ルーンが瞬く。そして獅子の牙と呼ばれた大剣は、炙られた蝋の如く溶け始める。粘性を持って滴るそれは毛が生えた血肉へと変質し始め、ラサラスの身体に降り注ぐ。


 俺がメルルの血の鎧を纏う様に、ラサラスの体表でも血肉が蠢き始める。そしてその血肉は獣の皮となってラサラスの体を覆い始めた。


「おいおい…、いつからここはファッションショーになったんだよ…」


 なんちゃって竜化の魔法ドラゴラムで変身している俺とタルテに加え、ラサラスまで毛皮を着込んで変身し始めた。もっとも、毛皮を纏うだけのそれをファッションと評するのには疑問を覚えるが、鉄火場においては十分なドレスコードだろう。


 …それに、周囲はファッションどころか肉まで脱ぎ捨てた彷徨う遺骸スケルトンだ。彼らにとっては少し刺激的なファッションかもしれない。


「グゥウゥウ…これ、これが…獅子の…グルル…、血脈の…業だ…」


 人の言葉捨て始めたラサラスが、喉から搾り出すようにして喋る。


 ラサラスは獅子の獣人だ。タルテが羊の獣人と思われているように獣人には幾つもの種族が存在する。…はたして獣人は何から生れ落ちたのか。前世の進化論を知っている俺から見れば、獣人ほど不可解な存在もいないだろう。


 進化の系譜は分岐であって、合流はありえない。収斂進化…、全く別系統の生物でありながら、似たような環境に住むが故に、類似した進化を遂げることはあるが、それで説明するには獣人は人の形質を残している。


 それこそ、進化の行き着いた先というよりも、サイエンスフィクションに有りがちな、人工的に獣の遺伝子を取り込んだ人造人間ホムンクルスと説明されたほうが納得できてしまう。


「獣妖精の加護を持つ者と思ってたんだが…、どうやら違うみたいだな」


 俺はそう言いながら、近場で戦っているタルテをちらりと見やる。


 獣人の先祖には様々な説がある。人造人間ホムンクルスも説の一つとして存在するし、全ての獣人は豊穣の一族から分岐していったという説もある。…複数ある種族で、自身が主張する先祖がバラバラなのだ。そのため、外見により獣人と一緒くたに扱われているが、その先祖は全て異なるとも言われている。


 主流なのは、竜の加護により変質した竜人ドラゴニュートと同様に、獣妖精の加護を貰ったという説だ。環境が用いた魔法が精霊の正体ではあるが、その環境に知性を持つ者が含まれた場合、それは妖精となる。そのため妖精は人の生活に寄り添うことが多く、有益なものや厄介な者も多い。妖精は精霊と異なり、助ける心や邪な心が存在するのだ。


 そして、その知性を持つ者とは人間だけとは限らない。森に生きる獣たちからも妖精は生れ落ちる。獣妖精とはそんな存在の総称である。


毛皮を着た戦士ウールヴヘジン獣に堕ちた者ベルセルクか…」


 しかして、ラサラスはそんな獣妖精から加護を貰った一族ではないらしい。…獣人の先祖の一つと言われているが、全ての獣人をそれで説明できないため奇説の一つとしてあつかわれている毛皮を着た戦士ウールヴヘジン


 彼らは獣の力を手に入れるため、その皮を纏い獣として振舞って戦ったと言われている。そして、いつしか獣に呪われその毛皮が脱げなくなってしまった者達…。奇説ではあるものの、幾つかの獣人の種族はそれが始まりだと言われている。


 一部の妖魔…、人狼ライカンなどは人の皮を被って人に化けるが、ラサラスはその逆と言うわけだ。


「グォォォオオロロロロロォォ!」


 獅子の毛皮を纏ったラサラスが咆哮を上げる。顔はほぼ完全に獅子の顔となり、背中や手足も獅子の毛皮に覆われている。毛皮に覆われていない胸や腹、前傾姿勢では有るものの、二足歩行をしているのが人の名残か…。


「ガァアアアアアアアアアアア!!」


 咆哮に反応して、背後ではタルテの鎧が吠える。竜虎揃い踏みということだ。厳密には虎じゃなくて獅子だけど似たようなものだろう。一応、どちらも目と鼻と口が付いている。


「ゴォォァアア!!」


「クソ…ッ!死霊術師ネクロマンサーとのつながりはこういうことか…」


 ラサラスが一瞬で距離を詰めて俺にその鋭い爪を振るう。マチェットでその腕を弾くが、強靭な毛皮に防がれ傷を付けるまでには至らない。折角、大剣の剣筋を覚えてきたのに大きく戦闘スタイルが変わってしまった。


 始めは、獅子族のラサラスと死霊術師ネクロマンサーの組み合わせには違和感があった。呪術の中でも死霊術ネクロマンスは魔術と異なり忌み嫌われる分野であるため、同業者以外のつながりはあまり無い。ラサラスと死霊術師ネクロマンサーの仲が悪いような会話を聞いて急造の組み合わせかとの判断したくらいだ。


 しかし、恐らくは何かしらの繋がりがあったのだ。死骸である毛皮を寄り代としてその力を得るのは、呪術の中でも魔術ではなく死霊術の分野だ。獅子の力を手にした戦士の末裔と、その毛皮を作り出した呪術師シャーマンの末裔と判断するのが自然か…。


「クソ…!これだから知恵足らずは嫌なんだ…!計画が崩れるだろう…!」


 死霊術師ネクロマンサーががりがりと頭を掻きながら、地団駄をする。気のせいか、タルテを守るように彷徨う遺骸スケルトンが移動し始める。…獣に堕ちた者ベルセルクとなったラサラスには敵を選別する機能がないのだろう。タルテの生け捕りが目的であるならば、タルテとは引き離すのも納得だ。


「グルゥゥウウァ…!」


「毛皮を着ただけってのに…骨格までちゃんと変わっているんだな…!」


 毛皮に覆われていない腹を斬り付けようと、鋭い爪を避けて間合いを詰めるが、今度はその強靭な後ろ足によって蹴り飛ばされる。ラサラスの後ろ足は人間の頃とは異なり、獣の様に趾行と呼ばれる爪先立ちの形状となっている。そのため、人間相手では考えられない軌道で蹴りが迫ってきたのだ。


「しかも…!反射神経まで獣かよ…!」


 人間の状態では引っかかっていた俺の風を用いた変則軌道にも超反応で迫ってくる。俺の剣戟は人相手をメインに想定されているため、先ほどよりも戦い難さを感じてしまう。


 更に柔軟性を増した動作に、動脈を守るように生える鬣。大剣が無くなったため、リーチや攻撃の重みが減るかと思いきや、一回りも二周りも大きくなった体格がそれを打ち消している。


「クソが…!なら、その感覚を『騙してやる』」


 風を用いて、奴の真後ろに俺の声を送る。獅子を聴覚を得たラサラスは、反射的に振り向きながら飛びのいた。俺はその瞬間に自身の音を掻き消してラサラスの背後に回り込み、飛び掛るようにして肩口にマチェットを突き立てた。


「ァアアァガァアアアアアアア!」


 俺はそのまま振り落とされまいと、暴れるラサラスの鬣を掴んでしがみ付いた。奴の剃刀のような爪が、血の鎧を削るように引っ掻くが、俺は無視して、鬣を引っ張りながら傷口を広げるようにマチェットに力を込めていく。


「この皮被り野郎…。このままズル剥けにしてやるからな…!」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る