第120話 竜が如く 04

◇竜が如く 04◇


「ハーフリング風情の癖に粘るじゃねぇか!」


 前方からはラサラスの大剣、上方からは貪食の白骸スケレトゥスレギオンの叩き付け、そしてその間を埋めるかのように彷徨う遺骸スケルトンの攻撃が俺に振りかかる。その全方位からの攻撃を俺は紙一重で交わしていく。


 俺をハーフリングと呼ぶラサラスには、軽く見るような空気を孕んでいる。ハーフリングはその体の小ささ故に侮られることも多いが、俺は平地人ほどの背丈があるため、このように種族で見下されるのは中々ない。舐められているのは解かっているが、久々にハーフリング扱いされて妙な気分になってします。


「随分とぬるい攻撃だな。ひたすら力任せに振って、当たるのを神様にお願いするのが獅子人族の戦闘スタイルか?」


「…!?テメェ…」


 軽口を返しただけのつもりだが、挑発され慣れていないのかラサラスは顔を険しくして大剣を振るう腕に力を込める。


 俺を取り囲む攻撃は苛烈さを増すが、こういった包囲攻撃はハーフリングには通用しない。風に感覚を乗せられる俺らにとって、背後は死角ではないからだ。そして、その身軽な体は複数の攻撃でも難なく回避できる。


「ハルトさん!大丈夫ですか!?」


 余裕で回避しているとはいえ防戦一方だった俺に助太刀するようにタルテが駆けつけた。ラサラスの大剣をその拳で弾き飛ばすようにして防いぐ。大剣と手甲ガントレットの間で眩しいほどの火花が上がり、想定以上の衝撃だったのかラサラスは目を白黒させてタルテを見ている。


「なんだぁ…てめぇ…。羊人族の光魔法使いだよな…?」


 ラサラスが疑問を孕んだ視線でタルテを品定めをする様に観察する。


「ラサラス…!光魔法使いはできる限り生きて捕らえろ…!」


 舌なめずりをしながら大剣を構えなおすラサラスに向かって死霊術師ネクロマンサーの声が飛んでくる。その声を聞いたラサラスは面倒くさそうな顔をして舌内をした。どうやら、相変わらずタルテのことを狙っているようだ。むしろ死霊術師ネクロマンサーが御所望と言う時点で嫌な予感がする。


「もしかして、ファン倶楽部の方々かな?悪いな。彼女は俺らのメンバーなんだ。サインは遠慮してくれ」


「ほざけ…。あの気味悪い呪物に使うんだとよ。気になるんならアイツにその女を渡してみろよ。直ぐにわかるぜ」


 地面に転がった骨を踏み砕きながら、再びラサラスは俺に切りかかる。背後では俺の負担を降らすべく、上空から襲い掛かる貪食の白骸スケレトゥスレギオンに向けてタルテが攻撃を続ける。


「タルテ…!聞こえてたと思うが、死霊術師ネクロマンサーの狙いはタルテだ…!さっきみたいに咥えられるなよ…!」


「はぃい…!解かりましたぁ…!」


 一合二合とラサラスと斬りあっていく。できればタルテと相手をスイッチしたいのだが貪食の白骸スケレトゥスレギオンはタルテを、ラサラスは俺を集中的に狙い始め上手いこと立ち回れない。それどころか、俺らを別つように彷徨う遺骸スケルトンが流入し始める。


「おめぇ…!逃げてないでまともに戦えやぁ…!」


 俺が積極的に攻めず、周りの彷徨う遺骸スケルトンを削ることに力を割いていることに気が付いたのだろう。ラサラスが唾を飛ばしながら俺に向かって叫んだ。


「お前が、馬鹿みたいに大剣を振り回してくれるからな…!彷徨う遺骸スケルトンの掃除にはちょうど良いだろう?」


 ラサラスは奴の味方である彷徨う遺骸スケルトンを巻き込むように大剣を振るっている。というより、この乱戦では巻き込まずに大剣を振るうのは難しいだろう。


 彷徨う遺骸スケルトンの向こうでは、おっさん達やエイヴェリーさんが着実に敵を減らして行っている。このまま俺らがここで暴れて彷徨う遺骸スケルトンを減らしていけば、戦況は確実にこちらに傾くはずだ。


 …懸念事項としては日暮れまでの時間と貪食の白骸スケレトゥスレギオンの攻撃を捌いているタルテだ。日が暮れればアンデッドが活性化するし、タルテは貪食の白骸スケレトゥスレギオンを相手に安定して戦えているとは言いがたい。できれば直ぐにフォローに回れるように彼女の近くには陣取っておくべきだろう。


「ふん…。逃げてばかり…、ハーフリングは昔からそうらしいな…。こそこそと隠れて逃げて…矮小な種族だ」


 俺を蔑むというより、憤慨するような口ぶり。その発言で俺の中で多少の当たりがついた。多種族を擁護しようと集まったものの、次第に腐り、泡沫となって消えた国。


「へぇ…。やっぱりカーデイルの亡霊か…。残念ながら、ハーフリングは風と共に移ろう流浪の民が主体だ。どうにも愛国心が薄くてね」


 俺もネルカトル領に愛着は有るものの、それは知人が多くいるからだ。国自体に拘る精神は殆どない。それこそ、国王の名前だって知らないぐらいだ。


「流浪の民如きが俺に歯向かうんじゃねぇ…」


 牙を剥き出しにしたラサラスが、上段から大剣を振り下ろし、火花と共に床材を打ち砕いた。…以前、カーデイルの亡霊と問題を起こした後に調べたが、カーデイルには獅子族の大貴族がいたはずだ。この男もその系譜に連なる者なのかもしれない。


「クソクソクソクソ…ドイツもコイツも苛立たせてくれる…」


 ラサラスは振り下ろした大剣を即座に突きへと切り替え、更には薙ぎへと変化させる。大剣使いは母さんで慣れているつもりであったが、余りにも太刀筋が違う。俺は内心で舌打ちをした。


 母さんのような剛剣とは違う、体のバネを生かした鋭い太刀筋。避けるので精一杯というわけではないが、流れるような剣筋になかなか攻める隙が見出せない。


 この戦況を変える魔法もいくつかあるが、厄介な敵と彷徨う遺骸スケルトンの飽和攻撃に魔法構築の《溜め》が作り出せない。剣の舞で構築と剣戟を同時に行うのであれば、もう少しラサラスの剣筋に慣れる必要がある。


「おい…!もうこの剣を使うぞ…!ちんたらやってられねぇ…!」


「待て…!そいつはコントロールできていないと言っただろう…!下手をすれば光魔法使いを巻き込む…!」


 内心で戦況に苛立っていたのは俺だけではなく、ラサラスも同じだったのだろう。死霊術師ネクロマンサーの静止を振り切って、ラサラスは剣を盾のように構え、剣身に自身の血を垂らした。


「見せてやるよ…魔剣の力を…。獅子の牙ダンデライオンとはコイツの名だ…」


 ラサラスは得意げにそう言って、秘匿文字ルーンの浮かび上がった大剣を自身の上に掲げた。


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