第117話 竜が如く

◇竜が如く◇


「お前らぁ!呆けている暇はねぇぞ!怪物狩りモンスターハントの時間だ!」


 戸惑っていた俺らに活を入れるように副リーダーのおっさんが叫ぶ。調査団の面々は彷徨う遺骸スケルトンの海に飛び込むようにして剣を振るう。彷徨う遺骸スケルトンの波とおっさん達の波がぶつかり合い、剣戟の音と怒声が響き渡る。


 俺達もおっさん達に合わさるように彷徨う遺骸スケルトンの波を押し返す。風の炸裂で一体の彷徨う遺骸スケルトンを弾き飛ばし、その隙にナナやメルルが確実にトドメを刺していく。彷徨う遺骸スケルトンを相手にして厄介なことがトドメだ。確実に破壊しないと足元に転がるのがただの遺骸なのか彷徨う遺骸スケルトンなのか判別が付かないのだ。


 その戦いにくさもあってか、おっさん達も波を押し返すことが精一杯で相対する彷徨う遺骸スケルトンの量は余り減ってはいない。


「きりがないね…。皆!一帯を焼くよ!」


 ナナがその手に火を灯し、周囲に叫ぶ。俺はその声が届くように風でアシストした。


「おう!お前ら聞こえたか!トーストになりたくなきゃ上手く避けろよぉ!」


 副リーダーはそう叫んで全体に対比を促がす。一瞬退いた前線に目掛けてナナが火の魔法を解き放った。


「切られて塵に、燃えて灰に。火炎の奔流を纏う棹状剣リオフラムグレイブ…!」


 ナナの波刃剣フランベルジュから火炎の奔流が解き放たれ、骨を薪に変えていく。


 火炎の中に蠢く人骨の影。あたかも灼熱の国ムスペルスヘイム地獄インフェルノが顕現したかのような光景だが、それでも骨の波は収まらない。温かみを知らぬ身体は恐れる事無く炎へとその身を晒し、灼熱の国ムスペルスヘイム死者の国ヘルで上書きした。


「嘘…!?これじゃぁ小休止にしかならないよ…!?」


 炎が収まると、すぐさま骨の波が俺らを襲う。炎は効果的ではあったようだが、それでも骨の追加量が多い。一旦は収まった戦況の圧力は再び増して苛烈にしていく。


「ハルトさん…!私が前に出ます…!」


 回復要員であるため、念のため後ろに控えていたタルテではあるが、戦況を見て俺にそう提案をする。彼女はアンデッドに特攻のある光魔法使いだ。緊急時の回復のため力は温存していてもらいたい気持ちもあるが、ここは彼女に頼るべきだろう。


「すまん。どうやら少々厳しいみたいだから手伝ってくれ…!」


「はい…!任せてください…!」


 タルテが腕を交差し、空手の息吹のように体の脇に引き絞る。それに合わせるようにして、両の腕に嵌めた山吹色の篭手ガントレットが、軋む音を立てながら侵食するようにタルテの身体に纏わり付くように広がっていく。


 彼女の篭手ガントレット生きた鎧リビングデッドに近しい何かと聞いていたが、この変貌を見れば納得してしまう。狩人ギルドの訓練場で見せられたときも、三人して驚いたものだ。


 足元には足甲グリーヴ、頭の角を装飾するような頭冠クラウン。背中には翼のような突起が伸び、腰元には尾が左右に揺られるように動いている。これが、彼女の篭手ガントレットの本来の姿、黄金の竜鎧だ。彼女の修道服の黒色が、竜鎧の金色とよくマッチしている。


「ガァアアアアアアア!!」


 鎧が直接雄叫びを上げ、周囲の空気を振動させる。鎧に影響されてか、タルテの眼差しも荒々しく鋭いものとなっている。そしてそのまま前線に飛び込むと、ボーリングのピンを跳ね飛ばすかの如く彷徨う遺骸スケルトンを屠っていく。


 うねる生命の奔流が、アンデッド達を生命のあるべき形へと正していく。彼女の参戦により、彷徨う遺骸スケルトンの波を押し返すというよりも、打ち消すと表現したほうが正しい状態へと戦況が変化する。彼女の肉体に触れようものなら、彷徨う遺骸スケルトンは粉となって崩れ去っていくことになるからだ。


「いいぞ!タルテの嬢ちゃん!そんな隠し玉があったのか!」


 余裕ができたおっさん達が、指笛を鳴らしながら彼女を称える。一方、骨の海の向こう側では、変わり始める戦況に目付きを険しくする奴らが見て取れる。


「テメェ!何やってんだ!テメェが楽に始末できるというから態々ここで仕掛けたんだぞ!」


 獅子の牙ダンデライオンのラサラスが死霊術師ネクロマンサーに唾を飛ばしながら怒鳴る。幽都テレムナートという立地を生かし、大量の彷徨う遺骸スケルトンを従えたのはよかったが、磔の儀式槍スケアクロウの妨害が合わさり戦況が逆転したのだ。そう言いたくなるのも解からなくは無い。


「…ならば、貴様のところの奴を二人よこせ。生者を核に生成する」


「あん?自分の手下を使えば良いだろ」


「こちらの者達の魂は既に先約がある。使いたくても使えんのだよ」


 彷徨う遺骸スケルトンとの戦闘中ではあるが、俺の風には奴らの不穏な会話を拾うことができている。何事かと意識を風に割いて観察してみれば、死霊術師ネクロマンサーは二本の禍々しい短剣を取り出すと、獅子の牙ダンデライオンのパーティーメンバーであるタルフとピピリマを後ろから貫いた。


「…え?」


 口から血を流す二人が、『何故?』と言う表情を作りながら目線を動かす。しかし、二人の司令塔であるだろうラサラスは何も言わず、ただの作業を見るかのように冷めた目で観察している。


 死霊術師ネクロマンサー屍骸文書シガイブンショを片手に呪文を唱え始めると、何かが始まった。タルフとピピリマの眼球がせわしなく動き回り、細かく痙攣し始める。口からは血の泡が流れ始め、そのうち死霊術師ネクロマンサーと重なるように穴の開いた肺で呪文を唱え始めた。


「エイヴェリーさん…!奴ら何か始めました…!」


「はー、また厄介事ー?勘弁してよー」


 俺は感じ取った異常をすぐさま報告する。それを聞いたエイヴェリーさんは床を上昇させて、敵陣を確認した。その間も浮遊する剣は変わらず彷徨う遺骸スケルトンを切り刻んでいる。実に器用なことをするものだ…。


 エイヴェリーさんは目で、俺は風で敵陣を確認する。生贄にされたであろう二人に周囲の骨がくっつく様に集まり始める。まるで二人が強力な磁力を帯びたような状況だ。そして集まった骨には血管のような赤い線が浮かび上がり、二人は一つの骨の塊となる。


「…死を纏う奈落の星よ。妖しく灯る深きものよ。今ここにその呼び声を届けたまえ…」


 そして二人が居るであろう位置から、それぞれ骨の柱が伸び始める。そして、その骨の柱の先端には竜の頭蓋が骨で象られ、妖しい光を蓄えている。…骨でできた双頭の竜が、存在しない声帯で産声を上げた。


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