第116話 命も無いのに殺し合う

◇命も無いのに殺し合う◇


「進めぇ!ちんたらするんじゃねぇぞ!」


 おっさんの怒号と共に、俺らは地下墓坑カタコンベから狭い坑道を抜け、どこぞの地下室へと避難する。しかし、それでもまだ安心はできない。彷徨う遺骸スケルトンも俺らを追って、地下墓坑カタコンベからこちらへと雪崩れ込んでいる。


 殿しんがりのおっさんが彷徨う遺骸スケルトンを斬り飛ばすが、すぐさま他の個体が飛び込んでくる。こう入り乱れてしまってはタルテにお願いして道を塞ぐこともできない。


「上だ!一旦地上に出るぞ!坊主!先導を頼む!」


 おっさんからの指示が飛び、俺は風を展開して、地上への道筋を把握する。


「こっちだ!全員着いて来てくれ!」


 俺は扉を蹴破り、通路を駆け抜け、階段を駆け上る。その間にも、ナナやタルテが光を灯し、周囲を照らしていく。赤土のレンガにて作られた空間に彷徨う遺骸スケルトンの立てる骨の音と、おっさん達の怒声、そして剣戟の金属音が響き渡る。


 埃臭い地下室の空気を掻き分けて、俺は新鮮な空気が漏れ出す扉を見つける。登った階段の量からいっても、間違いなく地上への入り口だろう。よく見れば、薄っすらと光も差し込んでいる。


「打ち破るぞ!全員付いて来てくれ…!」


 俺は風を纏って体当たりをするように扉を突き破り、地上へとその身を光の下へとさらけ出した。屋内ではあるようだが、西日の差し込んだその空間は十分に明るく、久々の日光という事もあって、俺の目を蝕むように焼いた。


 それでも、俺は風で周囲を把握する。広い吹き抜けのエントランスホールらしき造り。どうやら、俺らはその中央の奥の扉から飛び出してきたようだ。


 だがそれよりも重要なのは、そのエントランスホールで戦っている人影があるということだろうか。十数人の人間が二手に分かれて戦っている。幾人かは聞き覚えのある足音だ。


「エイヴェリーさん!?それに、副リーダーのおっさんも…!?」


 何故か、街の外と冒険者ギルドでお留守番をしているはずの二人がこんなところで戦線を張っている。俺たちが地下にいる間に一体何があったというのだろうか。


「あはー。なにー?ハルト君達もこっちに来たんだー?悪いんだけどー手伝ってくれるー?」


 エイヴェリーさんが、エントランスホールの入り口を指し示す。そこには調査団の面々が、大量の彷徨う遺骸スケルトンと戦っているのが解かる。倒しても倒しても次から次へとエントランスホールの中に入り込んできており、きりがない状態のようだ。


「すまねぇな…坊主。俺がとちっちまった…!」


 副リーダーのおっさんが剣を振りながらそう答えた。いつも厳つい顔つきのおっさんだが、悔しさのせいかいつも以上にしかめっ面になっている。


「野営地に奴らがやって来てよ。多少の油断と厄介な代物のせいでを奪われちまった…」


 副リーダーが指し示す方には調査隊と戦っている一団がいた。光に慣れてきた目には、獅子の牙ダンデライオンのメンバーやその仲間と思える人員、そして見間違うことの無い個性的な骸骨が写り始めた。


磔の儀式槍スケアクロウ…。奴らにそんな手練がいたのですか…?」


「あいつだ。あの一心不乱に呪文を唱えている奴。あいつがアンデッド共を引き連れて野営地を襲いやがった」


 副リーダーのおっさんが顎で指し示したのは、病人のように痩せこけた神経質そうな男だ。その男は古めかしい本を開いてブツブツと呪文を唱えている。その男の傍らには、磔の儀式槍スケアクロウが漂うように浮遊している。


 幸いにも磔の儀式槍スケアクロウには光の鎖が巻き付き時折発光している。どうやら封印自体は解かれていないらしい。


「あいつがー親玉らしいねー。どこぞの司祭みたいな格好だけどー。死霊術師ネクロマンサーだねー、あれはー」


 エイヴェリーさんが剣を射出するものの彷徨う遺骸スケルトンが盾になるようにしてそれを防ぐ。その傍らで、何が面白いのか磔の儀式槍スケアクロウが笑うように顎骨を鳴らしながら浮遊している。…こっちのエイヴェリーさんの周りにも剣が浮遊している。最近は浮遊させるのがトレンドらしい。俺もナナに頼んで炎珠纏うバルハルトになろうかな…。


「まぁ、坊主達が来てくれて助かったぜ。大量の彷徨う遺骸スケルトンが壁になっていて手が足んなかったとこだ」


「あー、その件なのですが…、まことに申し訳ありませんが少々お土産がありまして…」


 俺のその言葉と同時に、地下からの扉から殿のおっさん達と複数の彷徨う遺骸スケルトンが飛び出してくる。彷徨う遺骸スケルトンの流入は止まる事が無く、まるで骨の濁流のような勢いだ。余りの情景に、副リーダーだけでなくエイヴェリーさんまでもが引き攣った表情をしている。


「グゥゥウウウ…!!邪魔をするな磔の儀式槍スケアクロウ!そんなにこの本が憎いか!」


 先ほどまで静かに呪文を唱えるだけだった死霊術師ネクロマンサーがいきなり激昂して隣に漂う磔の儀式槍スケアクロウに怒鳴る。


 俺は死霊術師ネクロマンサーが何を怒鳴ったのかが解からなかったが、地下から流入した彷徨う遺骸スケルトンの行き先を見て、推測を立てることができた。


 地下から流入した彷徨う遺骸スケルトンは、死霊術師ネクロマンサーが操っている彷徨う遺骸スケルトンと戦い始めたのだ。エントランスホールを埋め尽くすような彷徨う遺骸スケルトン達は、その場で乱戦へと突入する。


「地下の彷徨う遺骸スケルトン磔の儀式槍スケアクロウが操っているのか…!?」


 そして、磔の儀式槍スケアクロウ死霊術師ネクロマンサーは敵対していると…。残念ながら俺らも敵と認識しているのか、両陣営の彷徨う遺骸スケルトンはこちらにも襲い掛かって来ている。唐突に三竦みの団体戦に突入し、エントランスホールは混沌とし始めた。


「えぇ…。こ、これって一体どういう状況なの…!?」


 たまらず、傍らにいたナナが混乱したように叫ぶ。その間にも、彷徨う遺骸スケルトンは互いに互いを殺しあっている。俺は何か知っているんじゃないかと、向かってくる彷徨う遺骸スケルトンを蹴り飛ばしながらも目線でエイヴェリーさんに問いかける。


「あー、僕も全部解かってるわけじゃないんだけどー、彼の持っている本が原因みたいだねー」


 そう言ってエイヴェリーさんは死霊術師ネクロマンサーの本を指差す。先ほども彼自身が、本について言及していた。


「ありゃ屍骸文書シガイブンショだ。ここの宝物庫にあったとされる古い死霊術の禁書だ。磔の儀式槍スケアクロウが目の敵にするのも…まぁありえるかも知れねぇ…」


 補足するように副リーダーのおっさんがそう言葉を続けた。


「そもそも…、幽都テレムナートで磔の儀式槍スケアクロウが作り出せたのは、あの本にの作り方が書かれているからだよ…」


 混沌とした戦況を楽しむかのごとく、磔の儀式槍スケアクロウは骨を鳴らしていた。


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