第115話 突撃隣の地下室

◇突撃隣の地下室◇


「おいお前ら!もっと離れろ!」


 斥候のおっさんが、前線に立っているおっさん達に声を飛ばす。風切り音を上げながら、白い竜巻が一帯を覆い、氷の化粧は墳墓の戦馬車トゥームチャリオットだけでなく、骨の壁や床までを侵食し氷結させていく。


「うぉおおおお!雪だぁ!雪だぁ!」


 精神が正常ではないおっさん達が、積雪に喜ぶ犬の如くはしゃいでいる。…雪じゃなくて氷結雨なのだが、それでも構わないようで、おっさん達は白い竜巻に手を伸ばしている。


「だから下がれって言ってんだろ!酔っ払ってんのかてめぇら!」


 斥候のおっさんが、はしゃいでいるおっさんの首根っこを掴んで引き摺り倒すように魔法から遠ざける。多少寒い程度だった地下墓坑カタコンベは、今では真冬の雪山のように冷たく冷え切り、魔法の範囲を外れた箇所であっても、石畳を濡らす水に薄っすらと氷が張り始めている。


 俺とメルルは合図も成しに魔法の制御を同時に手放す。すると、視界の大半を覆っていた白い幕が嘘のように消え去り、魔法の結果を俺らの前に映し出した。


 骸骨だった馬と乗り手を、白い氷がしっかりと肉付けしている。床も壁も空気を含んだ白い氷に覆われ、動く気配も見せない。


「…やったのかな?」


 ナナが構えを解かずに墳墓の戦馬車トゥームチャリオットの氷像を見据える。多少の警戒は見せるものの、全く動かなくなった奴の姿に安堵する様子が伺えうる。


「…念のため、タルテ。光魔法を行使してもらって良いか?時間を掛けて良いから、とどめを頼む」


 俺はタルテに頼み込み、最後の仕上げをお願いする。現状でも問題ないとは思うが、氷の融解と共に再び動き出されたら堪らない。


「は、はい…!解かりました…!」


 タルテは脅えるようにしながらも、墳墓の戦馬車トゥームチャリオットの氷像に近づき、その氷に手を添えた。


「祈ります。祈ります。荒野で呼ばわる者の声がする。主の道を備えよ、その道筋をただ進めと…。信仰フィデスはその脚に宿り、神秘アルカナは手に潜む」


 タルテは祈るような呪文を唱えつつも、中国拳法の浸透勁のような所作を行う。そのアンバランスさが、逆に魔法の効果の高さを示す個性となる。浸透勁は力を内部に伝えるといわれている技法ではあるが、実際に拳から浸透するように光魔法の力が氷像に伝わっていく。


右の頬を殴り飛ばす拳ストレングス…!」


 体の各部を捻りあげるようにして密着状態からタルテの拳が振りぬかれる。その衝撃により、足元の石畳は皹が入り、墳墓の戦馬車トゥームチャリオットの氷像に至っては破片となって宙をまった。込められた光魔法の残滓のせいか、氷の破片は薄暗い地下墓坑カタコンベで眩しいほど煌いている。


「綺麗…。お星様みたい…!」


 ナナ…ではなく、精神が正常ではないおっさんがつぶらな瞳を瞬かせながら、宙に舞う氷の結晶を見詰める。…おっさん達はいつになったら正気に戻るんだ…?


「流石にここまですれば、この者も滅びたでしょう…」


「あぁ…。ここまですれば流石にな…」


 メルルが俺の横に寄り添いながらそう呟き、床に散らばった氷の破片を足で軽く小突いた。骨は細かく砕け、粉砕骨折と言っても問題ないぐらいだ。先ほどまでに墳墓の戦馬車トゥームチャリオット感じていた圧迫感も無くなっており、倒したとみて間違いないだろう。


「おっし…!お前ら、一旦休憩だ!戦闘の被害確認するぞ!…ナナの嬢ちゃん。すまんが火を熾してくれないか?寒くてたまらん」


 斥候のおっさんが手を叩いて全体に指示を出す。現在でも正気を維持している数少ないおっさんだ。俺はおっさんの指示に従って、ナナと一緒に火を熾し始めた。


「ハルト。味気ないけど、お湯も湧かそうか。飲めば皆も多少は落ち着くはず」


 そういってナナはケトルを火に翳し、火魔法を用いて急速に沸騰させる。俺はマグを手に持ち、ナナに注いでもらった白湯をゆっくり口に運び喉を潤す。それを見ていたおっさん達もナナにたかりはじめて、かじかむ手を暖めるようにしながら白湯を飲み始めた。


「…なんか…、ちょっと酔っ払っていたみたいな気がする。…妙に気分が高揚していたというか…」


「ああ。俺もだ。なんつーか、徹夜明けの朝のような気分だったぜ…」


「それは、あの骸骨馬の魔法ですわ。精神に直接作用する魔法ですから…。ささ、これを飲んで落ち着いて下さいまし」


 メルルが正気に戻り始めたおっさん達に追加の白湯を注いでいく。


「ぉお!すまねぇな。メルルの嬢ちゃん。…ったく、投擲戦斧フランキスカの坊主はこんな気立ての良い嬢ちゃんと同じパーティーとか、うらやましすぎんだろ…」


 お湯で体温が上がったためか、メルルのお酌のせいか、僅かに頬を上気させたおっさんが俺に毒づく。俺は冷ややかな目でおっさん達を見つめる。お星様とか言っていたのを俺は忘れないからな…。


 皆が、車座になって装備の点検を開始し始める。メルルの魔法によって、床を濡らしていた水が無くなっているため、お尻が濡れる心配も無い。


 時折和気藹々とした声が漏れるものの、皆、手を止めずに素早く装備の確認をしている。多少の切り傷や打ち身などの怪我を負ったものもいるが、タルテに頼み迅速に治療されていく。


 俺はその間、風の魔法による索敵を切らなかった。戦闘終わりの必要な小休止であるとはいえ、獅子の牙ダンデライオンの人間に補足されているため、何かしらのアクションがある可能性があったからだ。


 …だからこそ、その変化に気が付けた。俺らの戦闘で破壊された骨の壁。その壁の破片である頭蓋骨の一つが多少、動いたような気がしたのだ。


「…ハルト。どうかしたの?」


 俺の変化に気が付いたのか、ナナが俺を覗き込むようにして尋ねる。


「ハルト様?」


「ハルトさん?」


 メルルもタルテも俺が別のところに意識を割き始めたことに気が付き、手早く装備を纏め上げ、いつでも動けるように準備を始める。


「皆さん…!すいません。少し静かにして下さい…!」


 俺はおっさん達にも指示を飛ばし、索敵に集中する。おっさん達ももしもに備え、無音で荷物を纏め上げる。


 コトリと…、骨の一つが軽く音を鳴らす。カタリと…、別の骨が僅かに身じろぎする。…始めは地震のような振動で骨が鳴っただけかとも思えたが、すぐさまその思いは打ち消される。カタリ…カタリ…カタカタ…コトリ…。だんだんと鳴る頻度と音量が増していき、それはとうとう他の者の耳にも入るようになった。


「骨です…!骨の壁だった骨達が…、いえ!そこ以外からも鳴っています!地下墓坑カタコンベ全域から鳴り始めています!」


 俺の言葉と共に複数人が剣を抜き放ち、戦闘体制へと移行する。それが合図になったかのように、骨の壁の頭蓋たちが崩れ、煩いほどに音を鳴らし始める。それどころか、遠くの方では何かを打ち破るような音。恐らくは遺骸が納められていた壁の蓋が破れる音がする。


「おいおいおい!戦馬車の次は歩兵部隊ってか?冗談きついぜ!」


「不味いですよ…戻る道も彷徨う遺骸スケルトンだらけです…」


 ここにきて、自身が失念していたことに気が付いた。人の遺骸という寄り代が長期間にわたって磔の儀式槍スケアクロウの魔力に晒されていたのだ。変質していないはずが無いのだ。何故このタイミングで活性化したかは不明だが、彷徨う遺骸スケルトンになることは十分考えられることであった。


 俺と斥候のおっさんは同時に地図を取り出して、現在位置を精査する。遮蔽物も何も無いこの状況で、大群を相手にするのは余りにも無謀だ。…メルルとのもう一つの合作魔法を使えば、殲滅も可能かもしれないが、無防備になるメルルを守りきれない可能性が高い…。


「…!?タルテの嬢ちゃん!骨の壁があったところを崩せるか!?位置的に元領主館の地下が近いはずだ!」


「わ、解かりました!!」


 斥候のおっさんが地図から地下の状況を読みとり、タルテに指示を出す。タルテは慌てて体当たりに近い勢いで骨の壁があった箇所を殴りつける。骨の壁がなくなった分、薄くなったであろう壁がタルテの攻撃により皹が入る。


「通りました!皹の隙間から空気が流れ込んでます!先に空間があります!」


「おし来た!壊せ!他の奴は牽制してろ!」


 斥候のおっさんは地面の上で集まり始めていた頭蓋を遠方に蹴飛ばしながら壁に駆け寄っていく。タルテは今度は落ち着いて、魔法により壁に穴を開け始める。


 俺らを逃がすつもりが無いのだろうか、彷徨う遺骸スケルトンが次々と立ち上がり、こちらに向かい始める。俺らはタルテを囲むようにして、壁の前で陣を築いた。


「開きました!もう通れます!」


 さほど時間をかけずに、タルテはトンネルを貫通させる。光魔法で照らし出されたトンネルの向こう側には、レンガ造りのどこかの地下室が確認できた。


「おっし、焦るなよ!端から撤退していけ!」


 俺らは追いすがる彷徨う遺骸スケルトン達を足蹴にしながら、薄暗い地下墓坑カタコンベを脱出した。


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