第114話 白い闇

◇白い闇◇


「くぅうう…!何この槍!?何で切れないの!」


 ナナが墳墓の戦馬車トゥームチャリオットの槍を波刃剣フランベルジュで受けるが、その重さに苦悶の声を上げている。


 波刃剣フランベルジュは炎の魔剣だ。その炎を纏った刀身に触れれば、通常の武器なら溶断されてもおかしくは無いのだが、墳墓の戦馬車トゥームチャリオットの槍は破壊される様子は無い。


「ナナ…!槍も馬車も墳墓の戦馬車トゥームチャリオットの一部だ!単なる物質的な存在じゃない!」


 それこそ、言ってしまえば骸骨だってカルシウムの塊だ。槍も馬車も骸骨同様に奴の体を構成する一部であり、墳墓の戦馬車トゥームチャリオット墳墓の戦馬車トゥームチャリオット足らしめるが宿る寄り代だ。それは、身体強化を施した肉体や、魔術的加護を宿した武具のように物理現象の範囲を超えた力を秘めている。


 木製に見える戦馬車が、ナナの火魔法を受けて燃焼しないのもそのためであろう。


「坊主!何が何でもコイツをここで足止めするぞ!あいつらがあんな様子じゃ、馬車の突進を避けらんねぇ!」


 斥候のおっさんは骸骨馬の目前に立ち、牽制するように刃を振るう。その刃からは塗られた聖油クリスムが滴っている。馬はその油を嫌がり、走り出そうとするのを阻止している。


 ナナが彷徨う遺骸スケルトンの相手をし、おっさんが骸骨馬を相手取る。その隙を突くようにして、俺は骸骨馬と戦馬車を繋ぎとめている頚木の金具に剣を振るうが、多少の火花を上げるだけで切断できそうにも無い。


「うぉっ…!?危ねぇえ!?」


 お返しとばかりに、馬の後ろ足による蹴りが飛んでくる。上体を逸らして咄嗟に避けたが、もし当たっていれば、流石の俺でも骨に皹ぐらいは入ったかもしれない。


「ハルト…!どうする?このままじゃ押切れないよ!」


 三人で積極的に攻めかかっているとは言え、人数が減った分墳墓の戦馬車トゥームチャリオットに余裕が生まれている。そしてとうとう、奴の槍が戦馬車の車輪を止めていた鍵爪に叩き込まれて火花を上げる。


「クソ…!ケチってる場合じゃないな!油塗れにしてやる…!」


 俺は聖油クリスムの入っているガラスの小瓶を取り出し、小瓶の中の余った空間に圧縮空気を封入してから投擲した。小瓶が墳墓の戦馬車トゥームチャリオットの上空にたどり着いたタイミングで俺は圧縮した空気を解放する。


 高価な小瓶に入った高価な品物だが仕方が無い。もともと、マザーサンドラに格安で回して貰った物だ。


 空気の開放に伴い小瓶は破裂し、中に入っていた聖油クリスムが飛沫となって墳墓の戦馬車トゥームチャリオットに振りかかる。


「オォォォオオォォォォオォォオオオオオオオ!」


 墳墓の戦馬車トゥームチャリオットは白い煙を上げながら、狂ったように槍を振り回す。たまらず俺らは後ろに下がるが、奴は暴れるだけで走り出す気配は無い。


「これで倒せたわけじゃないよね…?」


「単なるアンデッドならともかく、墳墓の戦馬車トゥームチャリオットだからな…。奴にとってはだけで命に届くものじゃないだろう」


 弱点であるメルルとタルテの魔法をその身に受けても耐えていたのだ。いまさら、聖油クリスムを浴びただけで倒せるとは思ってはいない。奴に痛覚というものがあるとは思わないが、反応としてはそれが近しいだろう。人にたとえるなら、ちょっと熱めのお湯を浴びた程度のはずだ。


「どうしよっか?油なら火を着けてみる?」


「効かなくは無いだろうが…生物じゃないからな…。火達磨で暴れられる可能性も考えると…」


 ナナが手の平に火を灯して俺に尋ねる。運動したお陰で身体は温まっているものの、冷えた空気の中ではナナの灯す火が、驚くほど暖かく感じる。


「ハルト様。火がだめなら凍らしてみては如何でしょうか…?ここなら環境が整っています」


「メルル?他の人の治療は…、…終わったみたいだね」


 メルルの言葉を合図にしたかのように、次々とおっさん達が戦線に加わってくる。先ほどの恐慌が嘘のように、暴れる墳墓の戦馬車トゥームチャリオットに対して勇猛果敢に攻め立てている。


「おおおおお!オレはやるぜオレはやるぜ!」


「そうかぁ!やるのか!やるならやらねば!」


 おっさん達は見事な立ち回りで墳墓の戦馬車トゥームチャリオットを封殺している。…心なしか目が正気を失っているようにも見える。


「…なんか、少しおかしくないか?」


「その…揺り戻しと申しますか…、反動で少々向こう見ずに…」


 メルルが目を逸らしながら弁明する。…急いで戦線に復帰させるために、少々強引に魔法で治療したのだろうか…。


「おう、メルルの嬢ちゃん。凍らせるなんて可能なのか?」


 他のおっさんと交代した斥候のおっさんが尋ねてくる。多少なりとも魔法の知識があれば、相手に直接行使する魔法の難易度を知っているため、最もな質問と言えるだろう。


「ええ。勿論。多少のお時間とハルト様の手をお借りしますが…」


 そう言ってメルルは俺を見詰める。メルルが考えているのは俺と一緒に開発した魔法のことだろう。確かに凍らすのは有効かもしれない。凍死するような奴ではないが、その分体温が無いため凍らせやすく、なにより戦馬車を床に固定することができるはずだ。


 俺はメルルに答えるようにゆっくりと頷いた。


 メルルが魔法を行使し始める。石畳の溝を流れる程度であった水が集まり始め、メルルの周りに渦巻き始めた。…いつまでも見とれている訳には行かない。俺はメルルと同様に渦巻くように風を操り始めた。


「みんな!下がって!魔法を発動させるよ!」


 俺のアイコンタクトを受けて、ナナが戦うおっさん達に下がるように指示を出す。おっさん達が下がった瞬間に俺とメルルは魔法を発動させる。 


「凍てつく氷の化粧…氷結する雨フリージングレイン


 メルルの手元から霧雨のような冷たい霧が次々と発生する。


「塵集めの小さな悪魔、塵旋風ダストデビル


 俺の風がそれを勢い良く吸い込み始める。


「「白い闇《ホワイトアウト》」」


 白い竜巻が唸りを上げて墳墓の戦馬車トゥームチャリオットを包み込む。その白い竜巻は墳墓の戦馬車トゥームチャリオットを飲み込んでもまだ足らず、地下墓坑カタコンベの光景の大半を白く染めた。


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