第113話 生きていないものをどう殺す?

◇生きていないものをどう殺す?◇


「ハルト!大丈夫!?加勢するよ!」


 俺と墳墓の戦馬車トゥームチャリオットの間を分かつように、ナナが間に滑り込んで剣を構える。地下墓坑カタコンベの奥を見れば、メルルやタルテ、おっさん達の姿が見える。墳墓の戦馬車トゥームチャリオットの顔面に当たった頭蓋はタルテが投げ込んでくれたのだろう。


「オォォォォオオオォォォ…」


 墳墓の戦馬車トゥームチャリオットが横滑りするようにして、再び停止する。怒りと言う感情があるのか、地面に転がっている先ほど投げ込まれた頭蓋をその槍で叩き割った。


「坊主無事か?助かったぜ…」


 おっさんも俺のものに駆け寄って来て剣を構える。多少息が上がっているものの、戦闘を行うには問題ない程度だろう。それに向こうも息が落ち着くのを待ってはくれないだろう。後ろ足だけで立ち上がった骸骨馬が声高く嘶き、前脚が地に着くと同時に駆け出した。


「タルテ…!足止めできるか…!?」


「解かりました…!皆さん!注意してください!」


 俺がタルテに指示を出すと、タルテは地面に両手を当て魔法を行使する。すると、墳墓の戦馬車トゥームチャリオットの進行方向の床から石壁がせり上げる。墳墓の戦馬車トゥームチャリオットとの戦闘を予期していたため、事前に決められていた初動だ。


 加速し始めた墳墓の戦馬車トゥームチャリオットはそう簡単に方向を変えることができないはずだ。俺らは石壁に突っ込んで横転するであろう墳墓の戦馬車トゥームチャリオットを避けるため、腰を低くしてそれに備える。


 しかし、その予想はあっけなく裏切られる。まるで重力の頚木など存在しないとでも言うように、骸骨馬が石壁を飛び越えると、戦馬車もそれに続くように宙を走って石壁を飛び越えた。


「おいおい!?嘘だろう!?」


 石壁の向こう側、墳墓の戦馬車トゥームチャリオットの進行方向にいたおっさんが、予想が裏切られたため大慌てで飛びのいた。


「…!?炎の魔弾フレアオーブ!」


 飛び退いたおっさんに追撃をしようと戦馬車に乗った彷徨う遺骸スケルトンが槍を振るう。しかし、咄嗟にナナが魔法を打ち込むことでそれを阻止した。炎の玉が槍で打ち払われることで開放され、周囲を寄り一層明るく照らす。


「すまねぇ…!ナナの嬢ちゃん、助かった!後で蜂蜜種ミードを奢ってやる!」


 飛び散った火の粉を手で払いながら、おっさんがナナに礼を言う。その間も墳墓の戦馬車トゥームチャリオットは俺らを囲みこむように走り続ける。タルテの石壁は上手くいかなかったものの、奴の足を止める策は一つだけではない。他の面々はすぐさま準備していた槍を構えた。


「いいか?狙うのは車輪だぞ!しっかりと距離を取って攻めろ!」


 おっさん達が、槍を戦馬車の車輪に向かって投擲する。奴が通常の馬車なら馬を狙ったほうが良いのだろうが、骸骨馬が簡単な攻撃で倒しきれるとは限らない。しかし、車輪のスポークの中に槍が差し込まれれば回転を止めるための楔と成るだろう。


 この投槍は只の投槍ではない。急ごしらえではあるが槍の柄尻にボーラのような鍵爪が取り付けられているのだ。この辺の工作は俺と斥候のおっさんが請け負った。その場で武器や道具を加工するのも、斥候の技能の一つだ。


「オォォォォォオオオォォォオオオ!」


 洞窟の奥から響く風のような声を上げながら、戦馬車に乗った彷徨う遺骸スケルトンが槍を振り回して、おっさん達が投擲した投槍を弾き飛ばす。しかし、弾き損ねた投槍に取り付けられていた鍵爪が車輪の内側に爪を立てる。槍は叩き折られはしたものの、鍵爪とつながった鎖が巻き上がり、そのもう片方が戦馬車の縁に食い込んだ。


「架かったぞ!そのまま側面に位置取って攻め立てろ!」


 怒声のようなおっさんの指示が飛ぶ。墳墓の戦馬車トゥームチャリオットはロックされた車輪でも、石畳の上を滑らせ強引に進もうと骸骨馬に鞭が振るわれる。しかし制御不能と成った戦馬車が左右に暴れまともに制御することができていない。


 その間にも、投槍なり弓なりで俺らは遠距離から攻撃を加えていく。暴れる車体の動きは予測しづらいものの、速度の落ちた墳墓の戦馬車トゥームチャリオットから距離を取るのは難しくない。


 特にメルルの放つ水の矢と、タルテの投げる投石には、それぞれ弱点である闇と光の魔法が込められている。それが当たるたびに、俺の剣を物ともしなかった墳墓の戦馬車トゥームチャリオットが唸り声を上げている。


「ナナ!奴の車体を吹き飛ばせるような魔法を!誘導する!」


「解かった!炸裂火球フレアブラストで構わないよね!」


 奴の車体が壁際に寄った瞬間に、俺はナナに指示を飛ばす。そしてナナの作り出した炸裂火球フレアブラストを奴の真横に当たるように風で誘導を掛けた。


 その魔法を打ち落とそうと、彷徨う遺骸スケルトンの槍が振られるが、俺の風の誘導は直線的なものではない。打者の手元で不自然に沈みこむえげつないシンカー。ナナの魔法は槍を魔法のようにすり抜け、その車体の横腹に着弾した。


「ォォォォォオオオオオオオオ…!!」


 炎の炸裂により車体は軽く浮き、そのまま骨の壁に衝突した。先ほどの崩落ほどではないが、小さくは無い振動を周囲に振りまきながら、墳墓の戦馬車トゥームチャリオットは骨の壁に車体をこすり付けるようにして停車する。


 壁の大部分が崩れ、天上から土ぼこりが落ちてくる。それでも俺らは攻撃の手を緩めず、墳墓の戦馬車トゥームチャリオットを攻め立てる。


「いいぞ!このまま!このまま押し切れ!」


 おっさんが周囲に檄を飛ばすが、墳墓の戦馬車トゥームチャリオットもそのままやられるほど柔な存在ではないようだ。俺は骸骨馬の目に灯る怪しげな光が強くなったことに気が付く。目線をメルルに向けるが、メルルもその異変に気が付いたのだろう。既に祈るような素振りで魔法の構築を始めている。


 骸骨馬がおぞましい声で嘶く。その声は地下墓坑カタコンベの中で幾重にも反響し、俺らに襲い掛かる。


「暗き月光は旅人の守りとなる…!月の羽衣ムーンヴェール…!」


 僅かな時間差でメルルの魔法が発動する。しかし、その僅かな時間でも俺らには効果があったようで、何人かは武器を落としてその場に膝を付いている。


「…恐慌の魔法です。泣き女バンシーなどが有名ですが…、声に魔力を乗せて聞いた者の心に作用する魔法ですわ…」


「俺にはうるさい声にしか感じ取れなかったが…、随分厄介な魔法のようだな。ナナとタルテは平気か?」


 俺にとっては聴覚へのダメージの方が大きい。声が聞こえた瞬間に反射的に音を遮断してしまったくらいだ。


「私もハルト程じゃないけど、巨人族の血を引いているからね。こう言った魔法には耐性があるよ」


「なんとか平気です…私も…種族的に耐性があるほうなので…」


 妖精の首飾りのメンバーは比較的平気なようだが、おっさん達への被害が大きい。メルルの魔法により何人かは立ち直っているが、それでも腰が引けてしまっている。


「坊主!時間を稼ぐのを手伝え!あと回復を早めるのは可能か!」


 斥候のおっさんは身体強化の錬度が高いのか、しっかりとした足取りで戦闘を継続している。…魔法使いでなくても、光魔法の一種である身体強化は訓練により扱うことができる。そして身体強化は何も筋力の強化だけでなく、頑丈さや魔法に対する耐性などにも効果があるのだ。


「ナナは俺と一緒に前衛に回るぞ!メルルとタルテは回復に集中してくれ!」


 俺は三人に指示を飛ばすと、ナナとともに墳墓の戦馬車トゥームチャリオットに飛び掛った。


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