第112話 スピード違反に気をつけて

◇スピード違反に気をつけて◇


「坊主!奴がたどり着くまでどんくらいかかる!?」


 馬の嘶きを聞いておっさんが声張り上げながら俺に尋ねる。


「まだかなり距離がありますが、かなりの速度で近寄って来ています!残念ながらここを掘る暇はありません!」


 まだ、風で捉えることができないほど距離が開いているが、蹄鉄が石畳に打ち付けられる音はどんどん此方に近づいて来ている。


「くっ…!。おめぇら一旦戻るぞ…!ここでドンパチしたらまた崩れる可能性がある…!骸骨の壁が出始めた辺りだ…!あそこなら広さもある…!」


 来た道を指差すようにして、おっさんは来た道を戻るようにして駆け出す。確かにあの位置であれば、地下墓坑カタコンベの道幅も広く、逃げ場の無い空間で墳墓の戦馬車トゥームチャリオットに突っ込まれるような危険性も無いだろう。


 おっさん達と俺らは一斉に来た道を引き返す。墳墓の戦馬車トゥームチャリオットを迎え撃つためにも、奴がこちらに辿り着く前に戦闘に適した空間にまで戻る必要がある。俺は全員に追い風を吹かせるようにしてその速度を少しでも上昇させた。


 俺らも後方に駆け出すことにより、墳墓の戦馬車トゥームチャリオットの距離が加速度的に縮み、俺らの足音を塗りつぶすように蹄鉄の音が大きくなる。


 しかして、どうやら墳墓の戦馬車トゥームチャリオットの速度は俺らの予想を上回るものであった。


「…!?このままでは間に合わない…!俺が先行して足止めします…!」


 俺の風により補足できる距離に突入したが、このままでは細い通路にて奴と接敵することとなる。よしんば、間に合ったとしても全力疾走の直後に戦闘するのは避けたい。


「おいおい…!一人で平気か…!?」


「無理はしません…!息を整える時間くらいは稼いできますよ…!」


「…ハルト…!あんまり無茶はしないでよ…!」


 風を纏った俺に、ナナが心配するような、あるいは応援するような声を掛け見送ってくれる。俺はそれに手を軽く振って答えながら、一人前方へと駆け出した。


 空気圧縮開放エアーコンプレッサーの魔法…。体の前面にて空気を圧縮させることで、負圧により身体を引き寄せ、そのまま圧縮した空気を背面に流して開放させる。ターボジェットエンジンにも似た魔法により、周囲の景色は線を描いて後方へと流れていく。


 戦闘予定地である頭蓋の壁。俺と墳墓の戦馬車トゥームチャリオットが眼球の無い観客たちの前に姿を現したのはほぼ同時であった。お互いに速度を緩めることも無く、俺たちはそのまま接触する。


「オラァ!速度違反だ!一発免停だぞ!」


 馬を跳び箱の如く飛び越え、そのまま空中で回転して戦馬車に乗った彷徨う遺骸スケルトンの兜に向かって蹴りを叩き込む。


 しかし、頭蓋骨をボールのように蹴り飛ばすつもりであったのだが、俺の脚に伝わってきたのは木の幹を蹴り飛ばしたかのような感触。


 奴の勢いを殺すことができず、俺はそのまま交通事故にあったかのように天上近くまで跳ね飛ばされた。


「おいおい…。頚椎と接着剤でくっついてんのかよ…」


 俺は放物線を描いて地面に着地する。思いも寄らぬ堅さに蹴りを入れた足が多少痛むが、骨や筋には異常は無いだろう。


 振り返ってみれば、墳墓の戦馬車トゥームチャリオットも横滑りするようにして急停車し、車体をこちらの方に向けている。


 戦馬車の上からこちらを睨む武装した彷徨う遺骸スケルトンに加え、骸骨馬もこちらに敵意を示すかのように蹄鉄を地面に打ちつけている。どうやら素直に切符を切られるつもりは無いらしい。


 足止めという目的は成されたが、ついでに敵意も十分に稼げたらしい。このまま暢気に追いかけっこしていれば、他のメンバーが駆けつけてくるまでの時間は楽に稼げるだろう。案の定、墳墓の戦馬車トゥームチャリオットはこちらに向かって加速し始める。


「おいおい…、人を跳ねたんだから、せめて車体から降りて俺の心配しろや…!証拠隠滅のために再び跳ねようとするんじゃねぇ…!」


 警察二十四時でもこんな極悪運転手は出てこないぞ…!


 俺は骸骨の壁に沿うようにして駆け出す。こちとら、アウレリアでも最速の男であったのだ。追いかけっこで負けるつもりは無い。


「ォォォォォォオオォォォオロロロロロロロロ!!」


 俺目掛けて突き進んできた墳墓の戦馬車トゥームチャリオットは、声というよりも低い地鳴りのような音を上げながら俺に追いすがる。その際、車輪の横に付けられた金属刃で壁となった頭蓋を削り取ってしまっている。 


「お前…!?別にお墓を守ってる訳じゃないのか…!?なんて罰当たりな!?」


 背後で起きてしまっている惨事を風で把握するが、余りにもご先祖様に対する惨い仕打ちに開いた口がふさがらない。自分で壊すぐらいなら、先ほどの爆破騒ぎも大目に見て欲しいものだ。


「罰当たりな野郎にはお仕置きが必要だな…!」


 俺は壁の頭蓋に脚を掛けて、そのまま壁走りに移行する。そして墳墓の戦馬車トゥームチャリオットとの相対速度を調整して、戦馬車の上に飛び乗った。


「ォォォォオオオォォォォオロロロロロ…!」


 すぐさま彷徨う遺骸スケルトンの槍が俺に向かって振り抜かれるが、俺はそれをしゃがんで回避する。お返しにマチェットをその身体に振りぬくが、骨とは思えない硬度に刃が弾かれる。どんだけ牛乳に相談すればここまで強固になるというのだろうか…。


 俺が馬車に乗ることが気に食わないのか、彷徨う遺骸スケルトンの指示無しに、骸骨馬が右へ左へと車体を揺らし始める。


 獲物のリーチ的には俺の方が有利ではあるが、彷徨う遺骸スケルトンは車体とも強固につながっているのか、揺れを物ともせずに槍を振るってくるため、俺は防戦一方となってしまう。


 俺はたまらず、馬車の後方に振り落とされる。馬車から飛び出たため、空中にて一瞬身動きが取れなくなる。


 隙を晒した俺に目掛けて、彷徨う遺骸スケルトンが槍を突き入れようと狙いを定める。俺はすぐさま風で距離をとろうとするが、それよりも先に彷徨う遺骸スケルトンの頭部目掛けて、誰かの頭蓋骨が高速で投げ込まれた。


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