第111話 地下墓坑は冷たく暗い

◇地下墓坑は冷たく暗い◇


「…どうやら、近場には居ないようだな…先に進もう」


 結局、旧冒険者ギルド会館にて打ち合わせを行った結果、小規模の分隊にて地下墓坑カタコンベとその先の調査を行うこととなった。今回の幽都テレムナートへの遠征はこの地で何が起きたかを確認することが主目的だ。地下で何者かが活動した形跡があるのならば、調査をしないという選択肢は存在しない。


 墳墓の戦馬車トゥームチャリオットとの戦闘も想定はされているものの、狩人ギルドの防衛にも人員を割く必要があるため、調査に割り当てられた人員はそこまで多くは無い。アンデッドに有効な闇魔法使いと光魔法使い、さらには暗闇の中でも斥候働きができる風魔法使いを有している妖精の首飾りは、この地下調査の分隊に選定されることとなったのだ。


 ちなみに、エイヴェリーさんはお留守番である。地上は地上で周囲の探索を行っているため、拠点防衛の要の戦力として残っているのだ。


「おい、坊主。人影があったら直ぐに言えよ。探査範囲はお前の方が広いからな」


「ええ、そりゃ何かいれば都度報告しますが…」


「見つけりゃ俺がひとっ走りして捕らえてやる。尋問して情報を聞き出せれば、今回の調査は半分以上終わったようなもんだぜ」


 横に居たおっさんが俺の頭に手を当て乱雑に撫でる。このおっさんは流浪の剣軍では無く、俺らと同じ個別参加のパーティーの人だ。俺らが若いこともあって、流浪の剣軍以外の人達とは距離が妙に開いてしまっていたが、このおっさんは俺と同じ斥候と言うことだけあって、ちょくちょく話しかけてもらっている。


 俺の方が斥候兵として優秀と褒めてくれるが、隠密行動に限ればこのおっさんのほうが腕前は上である。この人の立てる音は風魔法で消音する必要も無いほど静かなものだ。


「…タルテ。墳墓の戦馬車トゥームチャリオットの移動速度を考えれば、逃げ切れない位置で接敵する可能性がある。そのときは光魔法よりも、土魔法で奴の足止めを頼む」


「は、はい…!がんばります…!」


 俺はタルテに声を掛けた後、階段から地下墓坑カタコンベに向けて降り立った。


 地下墓坑カタコンベは相変わらず、闇と冷えた空気を蓄えており、幻想灯の青白い光ではそのどちらもを完全に払うことはできていない。


 俺の後に続いて他の人間も次々と地下墓坑カタコンベに降り立ってくる。足元の石畳は地下水により湿っており、幻想灯の明かりを怪しく反射させている。


「…意外と水気がありますわね。これなら水魔法も使えそうですわ。…あら、これは…」


 メルルが水を集めて、手元で小さな水の渦を作り出す。すると何かに気が付いたのか、その水を壁に散らすようにして染み渡らせた。


「ハルト様。ここの壁はにのまれていますが、どうやら蓋があって中には空間があるようです」


 そう言われて俺は壁に注目する。…鍾乳石や水によって隙間が塞がれているため風では気が付かなかったのだろう。拳で叩いてみれば、階段を塞いでいた石壁のように空洞音が返ってくる。


「ハルト…。ねぇこれって…、中に入っているのは…」


「間違いなく、遺骨だろうな。…あけるなよ?そっと眠らせといてやれ…」


 ナナが神妙な顔をして壁を見詰める。俺とナナの会話に気味の悪さを感じたのか、タルテが脅えた顔をして俺の服を摘んだ。


「おう、さっさと進んじまおうぜ。こんなとこでチンタラしてたら墳墓の戦馬車トゥームチャリオットがやって来るかも知れねぇ…。墳墓の戦馬車トゥームチャリオットを駅馬車代わりにするつもりは無いんだろ?」


 斥候のおっさんが急かすようにして地下墓坑カタコンベの奥へと足を進める。俺らや他の人員もそれに続くようにして、地下を進み始めた。


 全員が無言で足を進める。耳に届くのは俺らが石畳を踏みしめる僅かな足音だけだ。冷えた気温と湿度の高さのせいか、俺らの吐いた息はたちまち白く染まる。周囲の雰囲気もあって、口から魂が抜け出ているようで嫌な気分になる。


「うぉ…お前ら、見てみろ。骨の壁だ。…本物だよな?」


「偽物なら偽物で、随分趣味の悪いレリーフだな。石工のセンスを疑うぜ」


 地下墓坑カタコンベの雰囲気が変わったかと思えば、おっさんがその壁を指差して嫌な顔をする。遠めで見れば凸凹しつつも滑らかな質感の壁ではあるが、それは鍾乳石に同化するように隙間を覆われた遺骨によって構成されている。


「へぇ…完全に壁と一体化していますわ…。ここまで来ると、気味が悪いというよりは神秘的なものを感じますわね」


 意外にもメルルには好評なようだ。一方、ナナとタルテは引いた顔をして壁から距離を置いている。…メルルは髑髏をあしらったパンクファッションも似合いそうだな。今度似たような系統の服があればプレゼントしてみようか。


 壁に意識を割かれながらも、周囲を警戒しながら俺らは進んで行く。距離から判断するに、もうそろそろ教会の近くにたどり着くはずなのだが…。


「…?皆さん、止まってください。行き止まりです」


 俺は風を用いた探知の結果を伝える。念のために細かく調べるが、出口を見つけることができない。


「どういうことだ?分かれ道なんて無かったぞ?」


「扉なら俺が隙間風の通り道を識別できますから、恐らく冒険者ギルドの階段と同様に土魔法で塞がれているのかと…」


 どんなに精巧に作られた扉でも、必ず隙間は存在する。風による探知を防ぐには、それこそメルルの見つけた壁の蓋のように、隙間を風が通らないように埋める必要がある。


「タルテ、塞がれた場所を見つけられるかな?多分、土魔法で埋められていると思うんだけど…」


「ま、待ってください…!今調べますから…!」


 俺の指示に従ってタルテが周囲に魔法を展開させ、土魔法使いだから解かる壁に掛けられた魔法の残滓を探し始めた。


「…!?そ、そこです!誰かが開きます!」


 タルテが驚愕しながら近くの壁を指差すのと、その壁から光が差すのはほぼ同時であった。


「…!?…チッ!地下に気付いてやがったか!」


 土魔法によって開かれた壁から顔を出したのは獅子の牙ダンデライオンのラサラスとタルフだ。向こうにとっても想定外の接敵だったのであろう。驚くような顔と共に一瞬、行動が停止した。


 互いに僅かに硬直したものの、真っ先に動いたのは俺と斥候のおっさん。…そしてラサラスだ。


「…!?危ねっ!」


 ラサラスは躊躇なく手元のランタンを目の前の床に叩きつける。そして漏れでた油によって、俺らとの間を分かつように火の壁が出現する。


 俺はすぐさまメルルに消火をお願いしようとしたが、ラサラスの後ろにいるタルフの手に抱えられたものを見て、すぐさま別の判断を下す。


「ラサラス!ここで構わない!全部ぶちまけろ!」


 カルムロウの街で暴れた際に見た爆発性のボルト。それに良く似た赤い結晶が箱いっぱいに詰められている。


「タルテ!防壁を作ってくれ!」


 俺が叫ぶと同時に炎の向こうでタルフが箱を振りかぶるのが見えた。俺は即座に風の珠を撃ち込むが、多少怯ませることしかできない。しかし、その僅かな時間がタルテが防壁を作り出す猶予となった。


 俺の発言で何が起きるのかを推察したのか、全員が示し合わせたようにタルテの防壁の中へと身を滑り込ませる。


 俺も防壁の中へ飛び込みながら、風で強固な障壁を張る。その直後、防壁の向こうで轟音が響く。結構な広さが在るとはいえ、閉所での爆発だ。直接的な爆風はタルテの防壁が防いでくれたが、壁に反射した衝撃波で俺の風の防壁が軋みを上げる。


「おいおい!向こうも随分無茶してくれるじゃねぇか…!」


「ぼさっとするな!崩れるぞ!退避しろ!」


 爆風は何とか凌いだが、爆発物の威力が高かったためか、それとも向こうの土魔法使いが何かをしたのか周囲の壁や天井が崩れ始める。


 俺らは急いで来た道を引き返すように退避し始める。幸いにも、地下墓坑カタコンベの全てが崩れるような規模の崩壊では無く、出口があった辺りが埋もれた程度で不穏な揺れは収まった。


「…収まったか?全員無事か?」


 おっさんが皆を見回し、人員の状態を確認する。全員の無事を確認すると、今度は視線が埋まってしまった通路に向けられる。


「おいおい…どうすんだよ。タルテの嬢ちゃんなら掘り返せるか?」


 おっさんはため息と共にそう呟くが、残念ながら暢気に発掘に勤しむことはできないだろう・


「…それよりも、まずやらなきゃいけないことがありますよ…。全員、戦闘準備をしてください」


 暗いくらい通路の奥。地下墓坑カタコンベの闇の向こうから、馬の嘶きが響いてきた。


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