第110話 平凡な魔物、珍しい魔物。そんなの人の勝手

◇平凡な魔物、珍しい魔物。そんなの人の勝手◇


「すげぇ…!墳墓の戦馬車トゥームチャリオットだ…!」


 俺はたまらず懐から羊皮紙を取り出し、墳墓の戦馬車トゥームチャリオットをスケッチし始める。墳墓の戦馬車トゥームチャリオットは古い物語などには良く出てくる有名な魔物なのだが、実際に目にした人間は驚くほど少ない。それこそ、魔物学者垂涎のかなり珍しい魔物なのだ。


 少し前に遭遇した愛を語る人ギャン・カナッハも珍しい存在ではあったのだが、あいつは積極的に人を襲うため出回っている情報も多い。一方、墳墓の戦馬車トゥームチャリオットは極々限られた環境でしか発生しないことに加え、テリトリーから出てくることも無いため、滅多に人目に触れることが無い存在だ。


「へぇー、初めて見たよー。僕もゲンドオールドマンの冥府の歩き方の挿絵で見た程度かなぁー…」


 エイヴェリーさんが目を細くして軽く笑いながら呟いた。暢気な口ぶりでは合ったが、その表情は警戒心を緩めた様子は無い。ゲンドオールドマンは世界を旅した博物学者であり、彼がたどり着いたと言われる冥府の様子を纏めたのが冥府の歩き方という書物だ。


「こりゃぁ…奴さん達が幻想灯に手出しをしなかった訳がわかりましたな」


「たしか…、墳墓の戦馬車トゥームチャリオットはテリトリーを荒らすものを許さないと言われているんでしたか…」


 おっさんの発言に答えるようにして、俺はスケッチの手を止めずにそう呟いた。情報の少ないアンデッドだが、間近でみればその存在の強さを肌で感じることができる。恐らく、墳墓の戦馬車トゥームチャリオットと争うことを避けるために幻想灯に手出しをしなかったのだろう。


「ひぇえ…。なんかおっかない魔物ですね…」


「ちょ、ちょっと…タルテちゃん…。あんまり押さないでね」


 タルテは恐ろしげにしてナナの背後に隠れながら覗き込み、盾にされたナナは押されるようにして俺の上に圧し掛かっている。ナナの胸が俺の後頭部に当たるが、残念ながら鎧を着込んでいるためハードな感触しか伝わってこない。


「ハルト様…、ここは地下道かと思いましたが…墳墓の戦馬車トゥームチャリオットが居ると言うことは、もしかして…」


「あぁ…地下墓坑カタコンベなんだろうな。この地下道は。鍾乳洞を利用して作られた地下墓地と言う訳だ」


「ああー…、なるほどねー…」


 俺とナナの会話を聞いて、エイヴェリーさんは顎に手を当て、何やら考え込むようにして手元に地図を広げた。


「みんなー、ちょっと奥に来てくれるかなー?…タルテちゃん。墳墓の戦馬車トゥームチャリオットに気付かれない程度の明かりを貰って良いかなー?」


 エイヴェリーさんは階段の奥へと戻りながら俺らに声を掛けた。そして、階段の壁面に広げた地図を当てると、土魔法で地図の縁を壁と挟み込むように成型することで貼り付けた。


 タルテは両手を軽く触れ合わせ、その手の平の中の空間に小さな光の球を作り出した。そして手を掲げると、その小さな灯火は揺れるようにして地図に向かって飛んでいった。


「えーと、ここが僕らの入ってきた冒険者ギルドでしょー?その地下から階段を進んでー、そうすると地下道はここらの下を通っているわけかなー」


 その言葉と共にエイヴェリーさんは地図に情報を書き込んでいく。街の入り口から多少進んだ位置にある冒険者ギルド。そこから伸びる地下墓坑カタコンベは、どうやら街の中心に向かって伸びているように思える。


「もちろん、厳密に方角を計測した訳じゃないからー、ずれている可能性はあるけどー、お墓の入り口なら予想がつくよねー」


 エイヴェリーさんは土魔法で指示棒を作り出し、地下道に沿ってゆっくりと地図の上をなぞっていく。そして街の中心部にある一つの建物にたどり着くと、その建物を強調するかのように軽く叩いた。


「なるほど…教会ですか…。確かに地下墓坑カタコンベならそこに繋がっているはずですね」


 その説明により、なぜ敵がこの地下墓坑カタコンベを利用したかが理解できた。教会は街の中心部、領主館の直ぐ傍に建てられている。この地下墓坑カタコンベを進んでいけば、磔の儀式槍スケアクロウの置かれていた領主館まで、ほぼ一直線で進んでいけるのだろう。


「ハルト…。地下の方が地上よりアンデッドが多そうだけど…そういうわけではないの?」


 地下墓坑カタコンベなぞ、地上よりも危険だと思ったのだろう。ナナが俺の袖を引きながら質問をした。


「確証があるわけではないが…ここには墳墓の戦馬車トゥームチャリオットしか居ないはずだ。言っただろ?テリトリーを荒らすものを許さないって。それはご同類のアンデッドでも同じはずだ」


 彷徨う遺骸スケルトンやゾンビは生前の習性…、人であれば群れて戦う習性を残していたりするが、墳墓の戦馬車トゥームチャリオットともなれば固有の魔物と言っても良い。外見から判断すれば似たような種族では有るが、決して仲良しこよしの間柄では無いはずだ。


 それでも、地下墓坑カタコンベの入り口が複数合ったり大きかったりすれば、居心地の良い地下に向けて絶えず地上からアンデッドが流入するだろうが、デパ地下じゃないんだから出入り口はさほど多くないはずだ。


 …街中に入り口があって気軽にアクセスできる地下墓地なぞ早々無いだろう。ご先祖様は拍手喝采するかもしれんが…。…成仏してねぇじゃねぇか。


「どうしやすか…?このまま先を確認しに行きますかい?」


 おっさんがエイヴェリーさんに小声で尋ねる。


「…いやー、取りあえず昼時だしー、一旦上に戻ろうかー。他の皆に情報の共有もしないとねー」


 そう言ってエイヴェリーさんは俺らに上に戻るように指示を出す。ゆっくりと来た道を引き返す俺らの背後では、骸骨馬と馬車の音が静かに響いていた。


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