第109話 幽玄なる都テレムナート 06

◇幽玄なる都テレムナート 06◇


「止まってください。…階段を抜けます。この先はかなり広い空間ですね…」


 俺は階段を下る足を止めて、後ろの面々にそう声を掛けた。


 冒険者ギルドの地下室に隠されていた階段を三階分ほど下ったところで、終わりが見えてきた。俺らの周りはタルテの作り出した光の魔法で照らされているが、前方の闇の先には別の光源があるらしく、出口だけが闇の中に浮かんでいるように見える。


「ハルト君。悪いんだけどー、先行して確認してもらえるかなー?」


「ええ、構いませんよ。それではちょっと行ってきますね」


 俺の後ろに控えていたエイヴェリーさんから斥候の指示が出される。俺は小声でそれに答えて、前方に向き直った。


「ハルトさん…灯りはどうします…?」


「いや、何かに気付かれる可能性がある…。闇の中でも風で把握できるから必要ないよ。…その、ありがとうな」


 先行する俺を心配して、タルテが新しく光の珠を作り出そうとするが、俺はタルテの頭を撫でながらそれを断った。


 他の人間を後ろに残して、俺はゆっくりと残りの階段を下っていく。風で周囲の音を集めるが、地下は耳が痛いほどの静寂に包まれている。


 …森や町ならば、たとえ夜中の静まり返った時間帯であっても、虫や風の音が聞こえるものだ。だが、地下はそれらの環境音もないため、それこそ時が止まってしまったようにすら感じる。


 僅かに反響する自分自身の足音に注意しながら進み、俺は階段の出口に辿り着いた。


 風で出口の向こうも既に把握はしているが、予想以上に空間が広く、全てを把握することができていない。そのため、俺はゆっくりと出口から顔を覗かせて視覚にてその先を確認した。


 眼前に現れたのは、鍾乳洞を利用して人工的に作られた地下道だろうか。空間的にかなり広く、高さも二階建ての建物が納まるほどだ。それこそ、シチュエーションも相まって、地下鉄のホームを覗いているような気分になる。


 俺の直ぐ目の前には床は無く、人二人分ほど下方に床となる石畳が見える。つまり、俺は地下道の壁の中間あたりの高さから顔を覗かせているのだ。


『敵や魔物…、罠の類は見当たりませんね。こちらに来てもらって大丈夫です』


 俺は声送りの魔法で、後ろで待機していた人達に安全を伝えた。その間にも、俺は風や視覚にて周囲を更に把握しようと詳しく観察を続ける。


 地下道は左右に伸びており、壁には点々と青白い光を放つランタンのような物が備え付けられている。しかし、明るさが十分でないため地下道の中は仄暗く、左右の先は暗闇に紛れ見通すことはできない。


 静寂の中で唯一動くものは、天井の鍾乳石から時折滴る水滴ぐらいだろうか。暗闇の向こうから、滴下音が反響して俺の耳に届く。


「うわぁ…。こんな凄いものが地下にあったんだ…」


 俺の肩に手を乗せ、背後からナナが覗き込むようにして地下道の中を観察する。


「エイヴェリー様…。テレムナートにこのような物が存在していたことはご存知で…?」


「いやー?流石に僕も初めて知ったよー。初期の調査団の報告書にも書いてなかったなー」


 メルルがエイヴェリーさんに尋ねるが、エイヴェリーさんも初めて知ったようで、興味深げに地下道を見渡している。


「おい、あの光…。幻想灯じゃねぇか…?これだけ有れば結構な額になるぞ?」


 おっさんが地下道に取り付けられている灯りを指差しながらそう呟いた。


「…幻想灯?それって何ですか?」


 タルテが不思議そうな顔をして俺に尋ねた。


「大昔に使われていた魔道灯の一種だよ。…むしろ、これが原型なのかな」


 霊魂を閉じ込めたとも言われている光る鉱石を使った明かり。光量も少なく冷たい青白い明かりであるため今は廃れたが、アンティーク的な人気もある品物だ。今現在普及している魔道灯と比較しても全てが劣っている訳ではなく、特に寿命に関しては格段に優れている。


 テレムナートが幽都に成ってからというもの、随分の時が流れているはずだが、それでも灯りは今なお灯っている。


「てことは…、残っているのは可笑しくないですか?この階段って誰かが最近使ったんですよね?」


 俺の幻想灯の説明を聞いて、タルテが俺に再び尋ねた。確かにタルテの言うとおりだ。たとえ目的が別にあったとしても、道中に高価な代物が転がっていたのなら一つぐらいは懐に入れてもおかしくない筈だ。誰だってそうする。俺だってそうする。


「…エイヴェリーさん。階段を塞いでた土壁って…」


「最近になって土魔法で作られたものだよー。それは間違いないねー。…というか、階段自体も最近、土魔法で作られたものだよー」


 階段は多少曲がっていたりはしたが、殆ど直線的に作られていた。階段を作ったものはこの地下道を知っており、ここ目掛けて掘り進んだの間違いないだろう。そして、エイヴェリーさんとタルテの両方が、最近になって階段が作られたと判断している。


 それだとタルテの言うとおり、この地下道が荒らされていないのが気になってしまう。


俺と同様にエイヴェリーさんも違和感を感じたのか、下に降りて詳しく調べるために階段の続きを作り出し始めた。…恐らく、背後の階段を作り出した土魔法使いはこの地下道まで、掘り進んだ時点で力尽きたのだろう。


 しかし、俺の風に乗って不穏な音が届き、俺は言葉よりも早くエイヴェリーさんの肩を掴み後ろに引き込んだ。


『待ってください…!何か来ます…!タルテは光を消してくれ…!』


 瞬間的に風壁の魔法を展開し、俺らの声や音が他に漏れないようにしながら階段の中に戻るようにして身を潜めた。


「ハルト…何か聞こえたの…?」


 俺の傍らでナナが小声で尋ねる。見ればメルルやタルテ、おっさん方が俺をつぶらな瞳で見詰めている。エイヴェリーさんは俺と同様に神経を尖らせて、周囲の警戒をしている。


「右側の通路の奥です…。硬質な足音と…転がるような音…馬車みたいな…」


 俺の発言にあわせて全員が右手の通路に目を凝らす。


 他の人には風壁の存在により音は聞こえないものの、暫くの時を置いて音の正体が皆の視界に浮かび上がるようにして現れた。


 薄暗い地下道の先、暗がりの闇をベールの様に纏って現れたのは二頭の骸骨馬とそれに曳かれた戦馬車。その馬車に乗った彷徨う遺骸スケルトンと骸骨馬の双眸が闇の中で怪しい光を蓄えている。


「…墳墓の戦馬車トゥームチャリオット…!?」


 ナナの息を殺したような声が俺の耳元で呟かれる。最初はこの階段を作り出した何者かが馬車を用立てて利用しているとも思ったのだが、思わぬ存在が現れたことにより俺の心臓が大きく高鳴った。


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