第108話 幽玄なる都テレムナート 05

◇幽玄なる都テレムナート 05◇


「おぅい…!だれか明かりをもって来てくれ…!地下室の方だ…!」


 ゾンビの検分を終えて、野営地と同様に結界を施し終わったころに、ギルド会館の奥から皆に呼びかけるような声が響いた。


「…ハルト。何かあったのかな…。地下ってことは…なにか魔物が…」


 俺の横にいたナナが不安そうに尋ねる。


「何か前にいた奴らの痕跡が残っていたんじゃないか?地下室は念入りに調べたろ?」


 アンデッドが日光を避けて地下の方に身を寄せている可能性が高かったため、特に地下室は念入りに調べた箇所だ。今更、アンデッドが出てきたとは考えにくい。打ち捨てられていた物品の確認はしていなかったため、それに何かしらの発見があったのだろうか…?


「えっと…、寄り添う導灯トワイライト…分かち群れる蛍火となれ…!」


 タルテが光魔法を発動すると、頭上に周囲を照らす光の玉が現れる。そして、発動した魔法に更に魔法を重ねがけする。光の玉は百以上の小さな光の玉に別れ、それこそ蛍の群れのようになって地下室の中へ雪崩れ込んでいった。


「…タルテ…。あなた、その魔法を訓練では絶対に使わないで下さいね…」


 メルルが嫌そうな顔をしてその光景を見詰める。


 幻想的な光景では有るものの、呪文から蛍を想像してしまうと、虫が苦手な人間にはたまったものじゃないだろう。


 …地下室にいるであろう人は大丈夫だろうか…。俺でも部屋の中に百を越える光球がなだれ込んできたら相当ビビる自信がある。


「おぃい…!何だよこれ…!?…確かに灯り持って来いって言ったけどよぉ…」


 案の定、地下から悲鳴じみた声が聞こえてきた。その声にタルテは失敗したと思ってしまったのだろう。軽く飛び跳ねた後、肩を窄めている。俺はそんなタルテを励ますように頭を撫でた。


「ちょっと行ってみようか。何があったのか気になる」


 俺はナナとメルル、そして俺に頭を撫でられているタルテに声を掛けた。


 連れ立って蛍のような光に照らされている石造りの階段を下っていく。冒険者ギルドの地下は、狩人ギルドの地下壕と同じように広く深く作られている。恐らくは同じ用途に用いられていたのだろう。冷たい地下室は日夜届く素材の類の保管庫だ。そのため、階段自体も搬入が楽なように間口が広い造りとなっている。


 階段を下っていくごとに周囲の空気が段々と冷えていくのが解かる。そのためか、タルテの作り出した青緑色の灯りも寒々しく感じてしまう。


 地下室に降り立ってみれば、朽ちた棚や木箱が散乱する空間に、星空のように小さな光の球が浮かんでいる。


 部屋の奥には先ほど声を上げていたおっさんが楽しげに光球を指先で突いている。…おっさんのビジュアルがもっと若ければ、好奇心ゆえに光の妖精と戯れる少年に見えただろう。


「あのー…、すいません。焦って灯りを送り込んじゃいました…」


「っおぉ…!?これをやったのはタルテの嬢ちゃんか。…いや、いいんだ…!ちょっと驚いただけで全然気にしてないぞ!」


 無邪気にはしゃいでたのを見られたせいか、おっさんはバツが悪そうに後頭部を掻きながらそう言った。


「なにかあったのですか?明かりがほしいとのことでしたが…」


 俺はおっさんに尋ねながらも周囲を風で探査するが、これと言って目ぼしいものが見当たらない。ここにあるのは朽ちた棚や木箱、そして石片や埃ぐらいだ。


「こっちだこっち。坊主は風で調べることに頼ってるから、こういう質感の違いを見落としがちだな」


 そう言っておっさんは自身の背後の壁を親指で指差した。


 始めは何を指しているのかが解からなかったが、タルテが光球の一つを壁際に送り込むと、おっさんが何を言いたいかが理解できた。


 おっさんの背後にあった壁。それの一部が不自然に異なる色合いをしていたのだ。たしかに注意してみれば誰でも解かるような違いだ。風に頼りすぎということを自覚して、俺は少々恥ずかしくなってしまう。


「これは…、扉か何かを埋めたのでしょうか?…それも、最近埋められたように思えますね」


 メルルは詳しく観察するように壁面を指先でなぞりながらそう呟いた。そして、メルルに続くようにして、ナナが壁に近づき拳でノックするように軽く叩いた。


「…空洞音。間違いないね。この先に何かしらの空間があるよ」


 ナナはその異質な壁以外も叩いて回るが、明らかにその壁だけが反響するかのような音を鳴らしている。


「あのあの…!これ、土魔法で作り出した感じに良く似てます…!多分、誰かが魔法で塞いだんだと思います」


 タルテはぺたぺたと手の平で壁を触りながらそう言った。…この壁の向こうには何かが隠されている。俺の胸の内にむくむくと好奇心が湧いてくるが、安易に壁を破壊するわけにはいかない。


 エイヴェリーさんに相談しようと、風を地上に送り込み連絡を入れようとしたが、それよりも先にお目当ての人物が階段を下りてくるのを把握することができた。


「なになにー?何かあったのー?新しい発見かなー?」


 数人のおっさんを引き連れて、エイヴェリーさんも地下室に姿を現した。俺らが無言で例の壁を指差すと、エイヴェリーさんはその細い目をいっそう細くして壁を見つめた。


「この先にまだ何か隠れてそうでっせ、エイヴェリーの旦那。」


「…みたいだねー。…ちょと確認してみようかー。ねー上の人に連絡してもらえるかなー」


 エイヴェリーさんはそう言って傍らのおっさんに連絡を頼む。地上階にて待機している人員を会館の入り口近くに集めるための連絡だ。この先に爆発物などが仕掛けられていれば、下手すれば建物ごと崩壊する可能性があるためだ。


 足先で床を軽く叩くと、エイヴェリーさんの目前に石の壁が競りあがる。念のための防壁とするつもりなのだろう。


「あとはー、僕とタルテちゃんが居れば最悪生き埋めになっても平気かなー」


 エイヴェリーさんが少々不穏なことを呟くが、確かに土魔法使いが二人居れば上層が崩壊しても何とかなるだろう。


 上層の人達が避難を終えた連絡を聞いて、示し合わせたかのように俺らはそのまま石壁の後ろに回りこんだ。


「それじゃー、そこの壁にちょっとだけ隙間をあけるからー、ハルト君はそこから壁の先を確認してもらって良いかなー?」


 そう言ってエイヴェリーさんは地に手をつけて魔法を行使する。防壁によって視覚では確認することはできないが、例の壁に指先ほどの穴が開いたのを俺の風が感じ取る。俺はその穴から風を流し込み、壁の向こうを探査する。


「んん…?まず、壁の直ぐ向こうには何も仕掛けはありません。…というか部屋があるわけではないですね。階段です。更に下に伸びる階段があります」


 俺の報告を聞いてエイヴェリーさんは更に壁に開いた穴を広げる。人が余裕を持って通れるほどの穴を開けた後、エイヴェリーさんはゆっくりと防壁を解除した。


「…これはどこまで伸びているのかなー?」


「ゆっくり孤を描いてますが、ほぼ真っ直ぐです。冒険者ギルドの敷地を外れますから、ここの真下に地下二階が有る訳ではなさそうですね」


 俺らの目の前には暗闇を蓄えた階段が口を開け、肌寒い地下室よりもなお冷たい空気を吐き出していた。


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