第107話 幽玄なる都テレムナート 04

◇幽玄なる都テレムナート 04◇


「おうし、運び出すぞ…。いいか?ゆっくりとだぞ?あんまり激しくすると中身が


 近場の家から木製の扉を失敬して、おっさん達が例のゾンビの死体を横にした扉の上に移し変える。調査団が来て真っ先に指示が出されたのが死体の搬出だ。本当なら安全な室内で検分を行いたいのだが、腐りかけの死体であるため、外に運び出してから検分することとなったのだ。


 死体を移し変えているおっさん達は流石に嫌な顔をしてはいるが、必要なことと理解しているので粛々と作業をこなしていってる。しかし、ゾンビの身体も脆くなっているため、中々上手いように移し変えることができない。


「うへぇ…しょうがねぇ。俺が掴もう。…解体用の手袋をつけてりゃ素肌にまで臭いはつかねぇだろ…」


「いいのか?その手袋使えなくなるぞ?」


「…良いんだよ。どうせ古くなってきてたから買い替え時だよ。これが終わったら死体と一緒に燃やしちまおう」


 おっさんの一人が、肘まである厚手の皮手袋をつけて、直接死体を掴む。その感触に多少怯んではいるが、引き摺るようにして腐った死体を倒した扉の上に乗せ変えた。


「エイヴェリーさん。折角皮手袋を駄目にするんだ。このまま俺が身包み漁りますよ」


「悪いねー。帰ったらその手袋補填するよー」


 他のおっさんが扉を担架のようにして持ち上げ、死体を外へと運び出す。皮手袋をつけたおっさんとエイヴェリーさんは、その後に続くようにして外に出る。


「ハルト君。悪いんだけどー、もう一回換気してくれるー?あとー外での警戒もー」


「あぁ、まだ臭いますか…俺らはちょっと慣れてきちゃいましたね」


 エイヴェリーさんの指示に従って、俺は室内の空気を再度入れ替え、そのまま建物の周囲に風を展開し索敵を行う。室内ではメルルが水を使って床の洗浄を行う。貴重な水ではあるが水魔法を用いることで節約しながら洗浄することができるのだ。


 警邏の人間にて輪を作り、その中央で皮手袋をつけたおっさんとエイヴェリーさんが死体を漁り始める。


「エイヴェリーさん…みてくだせぇ…。コイツの短剣のこじり…流水紋に胡蝶です」


 皮手袋のおっさんが、死体が携えてた短剣の鞘を掴んでエイヴェリーさんに見せる。鞘の端部に付けられた金属の保護具には独特な文様が刻まれている。


 おっさんは短剣を抜いて、その刀身を確認する。薄汚れてはいるものの、十分に研がれ刀油も劣化していない。


「あー、カーデイルっぽい紋章だねー。見た感じ模倣じゃなくて当時のものかなー?」


「…手入れもちゃんと成されているようで…。少なくとも、この都市で拾ってそのまま懐に入れたわけじゃぁあ無さそうですぜ?」


 …もちろん、それだけで所属を示すものにはならない。カーデイルの刃物は質が良いため、俺らの国にも愛用者は多い。例えばカーデイルが存在していた頃の品を大切にしている者もいるし、鍛冶屋の中にはその流れを受け継いでいる者もいる。


 だが、その会話を聞いていた俺の心のうちには、以前の依頼で相手をすることになった一派のことが浮かび上がってきていた。


「…もうちょっと漁ってもらっていーかなー?どっかに蛇竜ワームが描かれたもの無いかな?」


「つーってーと、カーデイルドラゴンが描かれてるかもってことですかい」


 エイヴェリーさんも同じことを考えたのだろう。カーデイルの亡霊が今回の事態を巻き起こしたと睨んだのだ。


「エイヴェリーさん…亡国カーデイルの残党が今回の事件を引き起こしたと考えているんですか?」


 俺はたまらず、エイヴェリーさんに質問を投げかけた。


「手口もー規模もー、その辺のゴロツキを超えているからねー。始めっからガナム帝国かカーデイルが噛んでるんじゃないかなと疑ってただけだよー。…ねぇ君はどこの所属なのかなー?」


 エイヴェリーさんは死体を見詰めながら、問いかけるようにそう言葉を放った。…ここに来る途中にコルレオ商会に攻め込んだが、あのような取るに足りない組織が、幽都テレムナートに進入することも、そこから磔の儀式槍スケアクロウを盗み出してそれを活用できるとも思えない。


 王都などの大都市であれば、規模の大きな裏組織もあると聞くが、わざわざこんな辺境までは出張ってこないだろう。


「俺は特に考えちゃいませんでしたが、確かにここらでこんなことする奴らはその二つですかねぇ」


 皮手袋のおっさんがエイヴェリーさんの言葉に納得しながら死体漁りを続ける。濡れた服を剥いだことにより、より一層臭いが強くなったため、俺は風を吹かせて上空へと臭いを飛ばした。


獅子の牙ダンデライオンが向こう側に立っていた時点でー、ガナム帝国の線は薄いよねー?あの国は平地人以外を信用しないからねー」


 となると、残るのはカーデイルの亡霊ということか…。いまいち、その目的を明らかにしない組織…、そもそも組織かどうかも怪しいが、テロを目的にしているのであれば磔の儀式槍スケアクロウは役に立つだろう。実際、ネルカトル領ではテロがなされたような状態だ。


「一応聞きますけど、どこぞの貴族なんかが利用しようと私兵や傭兵を動かした可能性の方は…?」


「勿論それもありえるよー。例えばアンデッドを解き放ったことでー、ここの領地を攻めたり国境を刺激して戦端を開かせたりとかねー。そうなると磔の儀式槍スケアクロウを利用しようとしてるのはおまけなのかなー」


 まぁ、それを確かめるために俺らはここに来たわけか…。


「やはり、何人か攻めてきてる奴を生け捕りにしたいですね。口を割ってくれれば直ぐにわかります」


 折角向こうからこっちにご挨拶をしに来てくれているのだし、そのまま牢屋へとご案内したいところだ。


「…あとは旧領主館の宝物庫かなー。他に何が持ち去られたかで対応も変わってくるよー」


 エイヴェリーさんが、多少声を落としてそう呟いた。…事前の説明や古い調査書には、宝物庫のことなど触れられていなかった。この口ぶりからすると、エイヴェリーさんは何か宝物庫の情報を掴んでいるのだろうか…。


「うへぇ…。エイヴェリーさん、残念ながらコイツは他にヒントは無さそうでっせ…。刺青なんかも肌が練り物パテに成ってるんで見分けがつきませんな」


 皮手袋をしたおっさんが辟易した顔で検分を締めくくる。殆ど情報を持っていないということで、こいつは仲間から放置されていたのだろうか…。


 …俺は、着物を剥がれた死体に向かって、冥福を祈るように手を合わせた。


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