第106話 幽玄なる都テレムナート 03

◇幽玄なる都テレムナート 03◇


「それじゃぁ、起動させるぞ…。嬢ちゃん達、できれば俺のカバーもお願いするぜ…!」


 そう言っておっさんが、冒険者ギルドの建物に一歩踏み込む。その瞬間、悲鳴にも似たけたたましい音が響き渡る。聞いた話によると、この魔道具の本来の使い方は警報だそうだ。眠っている人を叩き起す必要もあるため音量も大きく、なにより処刑場の薬草マンドレイク泣き女バンシーの金切り声のように人間に対して不快感を発生させる。


 おっさんは即座に魔道具を踏みつけて叩き壊す。どうやら、複数配置されていたらしく、音を頼りに見つけ出しては隠されていたものも破壊していく。


「…案の定だ。奥から何か出てくるぞ!」


 俺は風壁を維持しながらも、建物内部の索敵を行っていた。そして索敵により、音に惹かれて寄ってくる何者かの存在を感知していた。


 俺の忠告に一同が奥に続く廊下に注意を向ける。そして漂ってくる匂いが、俺以外の者にも何者かの存在を伝えることとなる。


「うへぇ…臭いですぅ。もしかしてゾンビですか…?」


「この匂いは間違いありませんね…。ハルト様。この臭いを飛ばせたりは…」


 女性陣が口元を押さえながら、その臭いにたじろいでいる。前の村での戦闘では俺が臭いを風で吹き飛ばしながら戦ったことに加え、屋外であった事もありまだマシではあったが、今回は建物の中にいるせいで臭いが篭ってしまっている。


「…残念ながら、臭いを吹き飛ばすには風壁に穴を開ける必要がある。…まだ魔道具がある可能性がある以上、風壁の魔法は解除できない」


 俺だって嗅いでいたい臭いではないのだが、我慢してもらうしかない。


「…!?おい待て!?ゾンビだと!?いいか、なるべく傷つけずに倒すんだ。とくにナナ嬢。絶対に燃やすんじゃないぞ!」


「…わざわざ名指ししなくても、言えばわかるのですけど…」


 ナナが半眼でおっさんを睨む。…流浪の剣軍の人たちには、度々ナナが魔法を披露してはハイテンションになる姿を見せているので、燃やしたがりだと思われている節があるのだ…。


「…そうか。とっくの昔に人々の往来が途絶えたこの地にゾンビがいるのはおかしいのか…」


 ゾンビは通常の死体よりも早く腐敗が進む。そのため腐りきるまでの僅かな間しか存在することができない。腐りきったら闇の女神の下に旅立つか、彷徨う遺骸スケルトンに変化してしまう。つまるところ、ゾンビは鮮度が命なのだ。


 死者の気配により野生動物でさえ近づかないこの街に、現在もゾンビがいるわけが無い。それも、街の外周部ではなく、そこそこの奥地ににあるこの冒険者ギルドにだ。


「見えたぞ…人型だ…」


 暗がりの中から現れたのは、皮鎧にフードを被った人間だ。狩人というよりは傭兵のような格好ではある。水気を含んだその服がこちらに近づく度に不快な音を立てる。特に足者のブーツの中には腐水が貯まっているようで、歩いた拍子に中から腐水が零れ落ちている。


「死の影の谷を歩む者に、闇の女神の祝福を賜らん…。死者に安らかな眠りをレクゥィエスカト・イン・パーケ


 メルルが即座に闇魔法を行使する。血液の針に射抜かれたゾンビは事切れて、膝から崩れ落ちた。


「皆様、そのまま動かないで下さいまし…。病を持っている可能性がありますので、病の虫を殺します」


 メルルは更に一帯に闇魔法を行使する。死を纏う暗き光がゆっくりと染込むように広がっていく。メルルの言う病の虫とは細菌やウィルスのことだ。もちろん、細菌などが発見されたわけではないが、経験則によって知っているのだ。病の傍には見えぬ何かが息づいていると。


「ゾンビだからあんま充てにはならねぇけど…、コイツは結構日が経ってるようだな。恐らくあの不気味な案山子が持ち去られた頃のものだろうよ…」


 おっさんが死体を見聞検分しながらそう呟いた。近くに転がっていた木片でフードを捲ってみれば、中身と共に随分痛んでしまった鎧ではあるが、それがまだ最近まで使われていたものだということが解かる。


「ねぇ…。早く安全を確保して、空気を入れ替えようよ。臭いが篭っているせいで…ちょっと…ね」


 ナナが辟易した顔で先に進むことを急かす。見ればタルテも涙目になりながら魔法の維持を続けている。


 それを聞いておっさんも死体から離れて、建物の奥を探索し始める。俺らもそれに続いて奥へと足を進めていく。


 一室一室を警戒しながら確認していく。一階の確認が終われば、二階へと登り同様に確認をする。変化があったのは二階の奥、一際大きな部屋の中に入ったときだ。


「おう、見てみろよ。…どうやら奴さん達もここを利用していたようだな」


 まだ埃を被っていない空の木箱を軽く蹴りながら、おっさんが周囲を見渡す。恐らくは何かしらの物資が入っていた箱であろう。


「他の部屋には痕跡も無いようですから、利用していたのはこの部屋に収まる程度の人数ですかね」


 俺は他の部屋の様子を覗きながら、自身の見解を述べる。勿論、全ての人員がここに居た訳でも無いかもしれないが、ここを利用していたのは十数人程度であろう。


「…今回、ここが使用されていないのは、私達との正面衝突を避けるつもりだからでしょうか…。まぁ、人数的に不利であるならば納得もできますわね」


 メルルも部屋の様子を観察しながらそう呟いた。


「取りあえず、罠が無いことは確認できしな…。坊主、本隊をここに呼べるか?ついでに一階の換気もしといてくれ」


 ゾンビの臭いが染み付いたこの建物を利用するかは解からないが、少なくとも調査は必要だろう。もしかすれば敵の情報を得られるかもしれない。


「ふぅ…。じゃあ魔法を解いちゃいますね…」


 タルテはそう言って、周囲にかけていた魔法を解除する。建物の振動を抑えるなんて慣れないことを長時間に渡って行使したためか、脱力するように息を吐き出した。


「ふふ…。タルテちゃんお疲れ様」


 そう言ってナナがタルテを支えるようにしながら頭を撫でる。


 俺はその風景を眺めながら、風壁を解除し、エイヴェリーさんの下へと風で声を送った。


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